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九六 託されし命を無駄死にさせぬ

「……みごと」

 義虎は万策尽きた。もはや《太公望》姜子牙(きょう・しが)を討ち取れない。

 __二郎神という保険を打っとった、太公望がさすがだった。

 だが覇術は解かない。

 足手まといになるまいと自ら首をかき斬った張伯时(ちょう・はくし)を抱え、その主である《二郎真君》楊戩(よう・せん)のもとへ降りていく。静かに寝かせ、敵味方に直視されながら立ち上がる。

 楊戩が睨み付けてくる。低く問う。

「義虎を下賤と思うか」

「思わぬとでも思うか」

 かっと、義虎は眼を見開く。

「さように思うのであれば君は一国を背負う大将軍にはなれぬ」

 煌丸(きらめきまる)樹呪(じゅじゅ)も、鷲朧(わしおぼろ)も黙っている。

「一騎討ちとは侵すべからざる神聖なるもの、それも君と戦っておられた鷲朧将軍は義虎にとり、大恩あり敬慕してやまぬかつての主である。これを理不尽に中断させるのみならず人質をもち出し脅すなど、まさしく神事を汚すあさましき非道……されど義虎はやった」

 楊戩が歯ぎしりする。

「大和軍よ聴けい! 畜生(ちくしょう)道でどれだけの戦友(とも)を喪った⁉」

 悲壮に殉職した張伯时を見て、大和軍は消沈していた。

 しかし奮起していく。

 鋭く煌丸が吠え抜く。

 義虎は声を響かせる。

「生き残りし我らは戦友の無念を晴らしたい! 戦友を喪わせし太公望を斬り仇を討ちたい! 太公望は恐ろしく強い、やれることは全てやらねば勝てはせぬ、非道だなんだと臆していては散った戦友が浮かばれぬ! ここは戦場、数知れぬ命をやり取りする生き地獄、故にやり取りさせる大将軍に要るは……」

 がっと、刀を握る拳で左胸を打つ。

「非道とそしられようが託されし命を無駄死にさせぬ鉄の覚悟!」

挿絵(By みてみん)

 奴隷兵の(こま)が泣いている。

 勝助も鷲朧も頷いている。

 高々と義虎は刀を掲げる。

「戦には勝った! されどもはや太公望を討ち取れぬ、されば誰でもよい一人でも多く敵将を討ち取り、単なる勝ちを大いなる勝ちとし、戦友の犠牲へ報いようではないか! 見よ、恵岸護法(えがんごほう)とその主従が実体化したままぞ、二郎真君(じろうしんくん)に登録されておらぬと見える、しかも霧を出せぬ故に信仰操作も竜虎の罠も使ってこぬ、されば討てる、将軍首を挙げるは今ぞ、いざ押し出せえーっ!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 どっと、楊戩が詰め寄り二郎刀を突き出してくる。

 刀を一閃し、弾くや刃を返し斬り込み、回る柄に受けられる。

 その柄を蹴って突き飛ばすや、刀を投げ込む。

「鎧仗顕現『鉄刃(くろがねやいば)』」

 刀を弾く楊戩は、体勢が整っていない。

「斬る」

 斜めに回転しながら偃月刀を叩き込み、寸でで防がれるも放り飛ばす。

 だが着地するやいなや向かってくる。野獣さながら獰猛に跳びかかる。

 がっと、偃月刀と二郎刀が激突する。

 振り抜かれ押しきられ、距離を取る。

 __うぃー、ヤバい体が悶絶しとる。

 《鳳凰》鷲朧を見る。頷かれる。

「鉄よ、二郎真君が恵岸護法らへ近付かぬよう、わしが一騎討ちするぞ」

「お頼み申す、いっそ討ち取って下さいな」

石遁(せきとん)、変われ」

 巨大な鷲朧が急降下し、楊戩が横にある水晶へ触れる。

 巨大な剛腕が突き出され、鷲朧を受け流し起き上がる。

 水晶の鳳凰が咆哮する。

 水晶の巨人が咆哮する。

 水晶の将軍が爆ぜり合う絶景を背にし、義虎は《恵岸護法》李木吒(り・もくた)とその一党を討ちに飛んでいく。そして奮える。すでに大和軍が寄って集って攻めまくっている。

 __うぃー、勝った。大いに。

「いざ魔の聖域をうち建てん!」

「目指せ、上級武官であーる!」

 《禍津日(まがつひ)》樹呪が死神を操り病ませ、李木吒を追い詰めていく。

 樹拳(じゅけん)が木々の圧倒的な物量をもって、薛悪虎(せつ・あくこ)を追い詰めていく。

 枳丸(からたちまる)が木に擬態した熔岩を撃ち、丫丸(あげまきまる)がアノマロカリスを猛進させ、槍で火炎放射する孫焔紅(そん・えんこう)を追い詰めていく。

 お多福(たふく)が飛ばしていく風船が破裂し、ほとんどが綿をばら撒き視界を奪うなか、ある二つからアナホリフクロウの白苦無(しろくない)、そして体を玉髄に変える鷲東(わしあずま)が飛び出し、体を翡翠に変える黄天禄(こう・てんろく)を追い詰めていく。

「くっ、舐めるなっ」

 韓毒竜(かん・どくりゅう)は疾駆し跳躍し、髭ノ介(ひげのすけ)の操る始祖鳥をかわして跳び乗り、羽を切り裂きよろめかせる。

 __それを傍観する魔女がおる……さて。

「勝さん駒くん、敵兵がおるよ⁉」

「任すのだな、さあ奴隷兵、暴れるのだな!」

「「おう‼」」

「奴隷の守護神《猛虎》が見ておるのだな!」

「「おう‼」」

「不屈の闘士へ、不屈の闘志を示すのだな!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 噴水が消えたことで、楊戩の霧も消えている。

 よって、すでに発動した変化(へんげ)は解けないが、新たな変化もできない。

 姜子牙たちは変化したと同時に楊戩の分身となり、楊戩が自分にしたように、他の登録者を変化させていた。一人につき七二人まで変化させ得るため、変化した者がまた他の七二人を変化させ、連鎖的に変化が広まっていた。

 それでも万単位の兵がいる。

 半数近く、風に変化できなかった黄華兵が残っている。

 《孔雀明王(くじゃくみょうおう)煌丸(きらめきまる)暁丸(あかつきまる)隼湊(はやぶさみなと)、はあと、そして《幻君(まぼろしのきみ)》勝助が大和兵を率い、突き崩していく。

「白王(びゃくおう)さま、業火を討滅して下さる⁉」

「任せよ、ちょうど向かっておる!」

 全身が嵐となった巨鳥《金鵄(きんし)白嵐(びゃくらん)が翔け抜けていく。

 __業火が消えればどうなる?

 煌丸および勝助の霞が復活する。野菜と同じ色を有する、あるいは有することにされる霧は全て弾かれる。すなわち畜生道も、変化も、信仰操作も、竜虎の罠も、野菜の罠も発動しなくなる。ならば楊戩としては、業火を残し煌丸らを封じたまま、己だけでも覇術を使える状態で戦う方が勝機はある。

 __石猿んとこの女法師がそうだった。

 天道を使う唐三蔵(とう・さんぞう)は、霧を吹き飛ばされようと、自分だけは天道の能力を有したままだった。楊戩も同じだろう。

 故に業火を消す気配はない。ならば狙う。

 業火が遁走し、白嵐が追いすがっていく。

「童顔~」

 ぬっと、義虎はみなみを見る。

「あいつさ~ みどを~ いじめたんでしょ~ やっつけよ~」

「うぃー、その節はうちの子がどうも。タイミング任せるよ?」

 にっと、偃月刀を構える。

「韓毒竜~ こっち見ろ~」

 とっと、みなみは疾駆し跳躍し、蛇腹剣を伸ばし唸らせ、うごめかせ、いきなり打ち付け、韓毒竜が剣を追い付かせ払いのける間に始祖鳥へ着地するや、蛇腹剣を縮め斬り込み、鍔ぜり合う。そして唱える。

「どんぐり沼~」

「斬る」

 びっと、義虎は飛び出した。みなみが韓毒竜を遅くした。斜めに回転しながら偃月刀をぎらつかせ、沸々とたぎる瞳を薄め、叩っ斬った。

 韓毒竜、討ち死に。

 髭ノ介がそれを叫び広め、李木吒らを硬直させる。

 機を逸さず、樹呪が李木吒へ迫り大鎌を刈り込む。

 覇力も体力も尽きた義虎は座り込み、静かに笑う。

 はっと、笑いやむ。

 孫焔紅が鎌を受け止めていた。

「我が君、諦めてはなりませぬ」

「焔紅……分かった。いけ」

 孫焔紅は咆哮し、樹呪を押しのけ、梨花槍(りかそう)を突き付け火炎放射する。

 砒霜(ひそう)を混ぜている。猛毒である三酸化二ヒ素が生じる。

 うっと、樹呪が嘔吐する。さらに下痢を起こし、頭痛にさいなまれる。

「姉上仮面、しゃきっとするであーる」

 __いや、まずいのでは……。

「我が君を狼藉した罰だ。将軍を討ち取るのは、この孫焔紅だ!」

「七つの大罪、強欲(グリード)じゃのう傲慢(プライド)じゃのう怠惰(スロウス)じゃのう。呪うぞ」

 __怠惰(たいだ)? うぃー、なるほど巧い。

 孫焔紅の首はすでに、稲穂でも刈り上げるかのごとく、巨大な死神の大鎌にきっさきを突き付けられていた。そして樹呪はすでに、死神の発する瘴毒を取り込み害毒を中和させ、健康体へ戻っていた。

「毒をもって毒を制すじゃ」

「馬鹿な、そんなことができるはずは……」

「わらわにペルソナを汚させた罰を受けよ」

「「待てえっ‼」」

 李木吒らの叫びは届かなかった。

 孫焔紅、討ち死に。

 しかし、崇敬する主君を救う時間を稼ぎきった。

 業火が突っ込んできて、樹呪らは跳びすさった。

 病んだ李木吒へ、薛悪虎と黄天禄が駆け付けた。

 __白王さまがやられた⁉

 義虎は白嵐を探す。空中できりもみしている。視力強化し凝視する。

 __暴風に捕まっとる⁉ あの白王さまを押さえ込めるとあらば台風なみか……待ちな、登録者は新たに変化できんくなっとる、つまり暴風は二郎神本人⁉ されば……。

 木々が業火を打ち据えるが、焼け落ちて攻めきれない。

 __鷲王さまがやられた⁉

 鷲朧を振り返る。陸海空の古生物にのしかかられている。

 __あり得んわ⁉ 鷲王さまを押さえ込めるサイズじゃな……うぃー。

 白鶴(はっ・かく)もいる。

 __重量操作したか。しかも持っとるんは……。

 義虎は看破した。姜子牙が念話し司令していた。

 まず、姜子牙が変化したまま鎧仗覇術を唱え、打てば覇力を無効化する打神鞭(だしんべん)を宙に出現させた。次いで、触れたものの重さを上下させる白鶴が変化を解いて超魂覇術を唱え、打神鞭を掴んで飛び降り、鷲朧を打ち据えた。鷲朧が覇力を乱したわずかな隙に、楊戩は業火を解放するため、白嵐を止めに離脱した。同時に洪錦(こう・きん)武吉(ぶ・きち)魏賁(ぎ・ほん)が変化したまま超魂覇術を唱え、鷲朧の上へ古生物たちを出現させた。そして、振り払われるに先んじ白鶴がそれらへ触れていき、重さを一〇倍にして鷲朧を足止めした。

「お三方、覇玉を集められよ」

 業火が喋った。楊戩へ仕える中級武官・姚公麟(よう・こうりん)である。

 __いかん!

「大和将! 恵岸を討て、急げ二郎神が来る!」

 樹呪らが走るも、義虎の叫びは届かなかった。

「風遁、火遁、戻れ。風遁、変われ」

 暴風が降り立ち、張伯时を担いだ楊戩へ戻り、李木吒らへ覇玉をかざし瞬時に登録し、実体化した姚公麟を合わせ、六人まとめて気化させた。

 消え去った。

 __うぃー、終わった……。

 ぐっと、義虎は立ち上がる。息を吸い込み声を張り上げる。

「敵は逃げた、勝ち(どき)じゃあ! えい、えい、おおっ!」

「「えい、えい、おおっ‼」」

「えい、えい、おおっ!」

「「えい、えい、おおっ‼」」

「えい、えい、おおおーっ!」

「「えい、えい、おおおーっ‼」」

「ところで姉上仮面。七つの大罪をキャメロット語で言ったであーるな」

「そこじゃ脳筋愚弟。どうやら幽冥界へ続く青銅の門へ手を添えかけるという禁忌(タブー)を侵したことで、さらなる暗黒(ダークネス)混沌(ケイオス)の高みへ至るよう祝福され、至高なる啓示を賜ったようじゃ。ありがたや、神の御名において(ビスミッラー)!」

 __うぃー、死神だけに四の体系を混沌させとる……。

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