九四 武で凌ごう
畜生道が消えていく。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは」
ばっと、赤き翼を雄々しく広げ、空へ舞い上がり大音声、戦人は今にも枯渇しそうな覇力をふり絞って呼ばわっていく。
「大和国大将軍《猛虎》空柳義虎なり!」
大和軍が朦朧としながらも顔を上げる。
「義虎は身一つで、才なき奴隷兵から帝国の総大将を張る最高武官へ上り詰めた」
トナカイだった奴隷兵に震えながら凝視されている。他の奴隷兵も同じである。
「されば大和が同胞たちよ威張れ! 同じようなことをやり遂げたではないか!」
はっと、皆から注目される。
「よくぞ生き残ってくれた!」
かっと、義虎は眼を見開く。
「大和魂たぎらす誇らしき兄弟たちよ叫べ……六道、破ったり!」
「「うぉおおおーっ‼」」
「そして義虎はさっき言ってしまった、太公望を武で凌ごうと!」
びっと、戦場が張り詰める。
「漢に二言などあってはならない、賛同するなら猛りて雄叫べ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
黄華軍もヒトへ戻っていく。よって覇術を使えるようになる。畜生道も野菜の罠も攻略された今、姜子牙へ残された手は、陣形も戦法もあったものではない、単純なる総力戦のみである。
「総力戦なら我らが押し勝つ、いざ押し出せえーっ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
「鎧仗顕現『鉄刃』」
義虎と戦っていた獣たち、煌丸と戦っていた鳥たちは、人間化しながら姜子牙のもとまで下がり守りを固める。見て、義虎は偃月刀を放り拍手する。姜子牙は自身の側近たちを揃って鳥類へ変えていた。鳥類であれば敵に肉食かどうかを見分けられにくく、生き残りやすいからだろう。
「斬る」
斜めに回転しながら偃月刀を掴み突っ込み斬り付ける。
「鎧仗顕現『信刀』」
ヒョウから変わった将軍に打ち込まれ、押し込みつつも受けきられる。哪吒の姉にして義虎に父と兄を討たれた《恵岸護法》李木吒である。
どっと、みぞおちを膝蹴りする。
うっと、李木吒が上体を崩しかぶさってくる。
ごっと、その横面を殴り抜いて吹き飛ばし、疾駆し突入する。
「総大将に遅れるな、かかれえっ!」
鷲朧である。猛然と飛んでくる。
樹呪も走り、勝助も立ち、煌丸も降りてくる。
「いざ魔の聖域をうち建てん!」
「太公望がおるのだな、首級を挙げるのだな!」
「てめえら根性見せろ、一家の仇討ちじゃ、蹂躙しろおっ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
「超魂顕現『恵岸信仰』」
義虎を行かせまいと、李木吒が信仰を強いる柑子色の霧を広げる。しかし橙系は煌丸が弾く野菜の色に含まれている。効かない。
「超魂顕現『毒蝕覇換』」
「超魂顕現『梨火槍禍』!」
「超魂顕現『軟玉刃鎧』!」
李木吒の側近たちも唱えつつ向かってくる。
__されど、なんかする暇なんざ与えんよ?
アナコンダだった、竜虎の罠を掛けんと動く韓毒竜を打ち伏せる。
ワニだった、李木吒を傷め付けられ憤慨する孫焔紅を打ち上げる。
ホッキョクグマだった、義虎に弟を討たれた黄天禄を打ち退ける。
「超魂顕現『悪道導現』」
「うぃー、さっき殴ったん正解だった」
義虎が理不尽に殴ったトラは、韓毒竜とともに碧を苦しめた薛悪虎へ変わっていた。着物の色を見て察し、歓喜し、打撲だらけの体がわめく悲鳴を無視し、再び本気で殴り飛ばし転げ出す。
「よくもまあ」
呆れられて顔を上げれば、姜子牙はもう目の前にいる。
「女人へ対しためらいなく暴力を振るえるものじゃのう」
「差別なさるとは感心せぬ、戦う覚悟に男女があろうか」
「現場主義を貫徹するか、よかろう」
姜子牙がついに自ら白兵戦へ出た。
「鎧仗顕現『堕鞭』」
あくまで鎧を付けずに引っさげるは、竹のような節で打つ短兵器、打神鞭。金属で作るべき鞭を木製とするという犠牲を払い、畜生道において神となり得る存在、つまりヒトの生み出す覇力を打って無効化する。
跳んで向かってくる。飛んで向かっていく。
がっと、偃月刀と打神鞭がぶつかり合う。
「うぃー、ほんとに覇力を揺らがされる」
「宝貝と思え。お主らも見せてやれい」
「では猛虎をもらいます」
ツルから変わった義虎似の上級武官・白鶴が進み出る。
「超魂顕現『飛傑白鶴』」
__速っ⁉
白い鶴の羽を織ったように袖の広がる道服を纏い、金色に光る棒を構えたかと思えば、一瞬で接近して打ち込んでくる。かわしきれず、柄を横倒しにし受け流しにいく。
__重っ⁉
白鶴の欧撃も重い。だがそれだけではない。自分の身体まで重くなった。
動ききれずもろに喰らい、柄をへし折られ、鎧へ喰い込まされ砕かれた。
そこを打神鞭に強襲される。
「鉄へ触れるな」
鷲朧が翔け入ってきた。腕を前後し構え、覇力を使わずいなしてみせた。
「鷲王さま、超絶にイケメンです」
「そなたがな。よく戦ってくれた」
しかし囲まれている。
「超魂顕現『孔子鳥翔』!」
ハクチョウから変わった上級武官・洪錦が巨鳥を召喚する。
原始的な鳥類、孔子鳥ことコンフキウソルニスである。
「超魂顕現『甲冑魚遊』!」
コンドルから変わった中級武官・武吉が巨魚を召喚する。
いわゆる甲冑魚を代表するダンクルオステウスである。
「超魂顕現『獣弓牙駆』!」
ハヤブサから変わった中級武官・魏賁が巨獣を召喚する。
恐竜以前で最大の捕食者、イノストランケビアである。
「うぃー、畜生道……」
イノストランケビアが噛みついてくる。跳んでかわし頭を踏み付け、つんのめらせつつ宙返りし、突きかかってくる孔子鳥もかわす。水はないのに遊泳するように浮遊して、全長十六メートルもある甲冑魚も突っ込んでくる。
「やっと終わったと思ったら、お次は陸海空の古生物とは」
__とりま甲冑魚カッコいい。
鷲朧が鉤爪を開いて飛びかかり、骨の板に覆われていない腹部を捉え一閃し、のけ反らせる。妨害する李木吒らを抜いた煌丸も加わり、筅槍をしごき、自分の胴より大きなイノストランケビアの牙を突き折り、持ち替え振り抜き打ち倒すや、孔雀の尾羽を開いて威嚇し、孔子鳥も追い払う。
「おもしれえな!」
「マジでそれね⁉」
__うぃー、体が重いんは治っとる。
白鶴を睨めば、フラミンゴから変わった中級武官・韋護が立ち塞がる。
「超魂顕現『盾鏡光陣』!」
複数の盾を召喚し浮遊させ、やや斜めにし立て並べてくる。
「目くらましかな?」
素早く、大和将は腕を掲げ目を守る。義虎が勘付いたとおり、凄まじい光攻めがきた。鏡のように磨いた面であらゆる光を反射する盾である。視力を守りつつ、他の敵がどう動くかと神経を研ぎ澄ませる。
まず古生物たちが踊りくる。
「超魂顕現『死神呪陵』」
将軍《禍津日》嶺森樹呪が降臨する。
装着する、鬼女をかたどる般若面で光を緩和し、左手を掲げ左目を隠し、身の丈一〇メートルへ及ぶ死神を進撃させ、瘴気をふり撒かせる。白い刃のぎらつく大鎌が唸り、発病する甲冑魚が刈り落とされる。
そして韋護も発病し、盾が崩れ落ちる。
ここぞとばかりに樹呪の側近たちが畳みかける。
「超魂顕現『始祖鳥翔』」
上級武官・髭右近髭ノ介は始祖鳥ことアーケオプテリクスを召喚する。
始祖鳥は孔子鳥へ飛びかかり、巨鳥同士で鉤爪を突き出し取っ組み合う。
「超魂顕現『樹森拳宴』!」
中級武官・嶺森樹拳はリーゼントをてからせ木々の根を突き出していく。
獰猛なイノストランケビアが激しく連撃され、一方的に突き上げられる。
「超魂顕現『時機尺陽』~」
初級武官・叶みなみは魔法少女の格好をして変なリズムで遊んで進む。
いきなり疾駆し、猫口のまま蛇腹剣を操り蛇行させ、武吉を攻めたてる。
「超魂顕現『匠穴掘道』!」
初級武官・白梟白苦無はアナホリフクロウらしく穴を掘って消える。
弾丸と化して魏賁の後ろから飛び出し、鋼鉄の鉤爪を閃かせ襲いかかる。
ばっと、三将軍は斬り込んでいく。
李木吒と女武官たちが立ち塞がる。
「七つの大罪、色欲じゃな。呪うぞ」
流星さながらに樹呪がほとばしり、大鎌一閃、李木吒を押し込んでいく。
だが義虎は急に頭痛に襲われ、煌丸に至っては断末魔を轟かせ悶絶する。
鷲朧がなんともないのを見て、義虎は察する。紫紺の霧に呑まれていた。
韓毒竜である。
覇力を使えば使うだけ毒となり返ってくる。笑い飛ばす。
「霧が野菜の色しとれば、モヒカン極道が無効化するよ?」
「超魂顕現『藤霞幻誘』」
藤村勝助である。
藤色の霞が紫紺を包み、白く変色させる。
「大根の色であると錯覚させる幻なのだな」
「ふざけるな、手品ごときで私の毒を……」
「しっかり抹消できてんぜ⁉ 俺さまさえ錯覚すりゃいいんだからよお!」
煌丸が突きかかり、韓毒竜を押し込んでいく。
薛悪虎が駆け付け、韓毒竜を援けて打ち合う。
鷲朧は黄天禄へ、義虎は孫焔紅へ斬りかかる。
孫焔紅は火炎放射器を兼ねる槍、梨花槍から放つ火へ柳の炭を付与し、目くらましも狙ってくる。火力も強く、軽く触れただけの偃月刀が熔けている
「鎧仗顕現『鉄刃』」
「鎧仗顕現『旭刃』!」
がっと、奴隷兵が飛び出し薙刀を打ち込み、孫焔紅を押し込んでいく。
「駒と申しまする。ここはお任せあれ、どうぞお先へ」
「君はトナカイだった……後で語らおう、必ずだよ駒」
「……ははあっ」
頷いて走るが、限界を訴える体はぐらつく。
勝助に支えられる。振り向くので倣えば、煌丸の側近たちも来ている。
「超魂顕現『暁烏暁生』!」
上級武官・暁烏暁丸が抱卵するカラスを召喚する。
矢継ぎ早に増殖し、成長して暴れるカラスたちである。増えながら韓毒竜と薛悪虎へ群がり、煌丸の手を空けさせる。だが韓毒竜が引き受け、薛悪虎に突破させんとする。
「超魂顕現『榎楠枳柱』!」
初級武官・榎楠枳丸が三種の木々を発射する。
白鶴が棒を振り抜き打ち落とす。と、棒が熔解していく。木へ見せかけ柱状に固めた熔岩であった。次弾を練るところへ、カラスを突破しきった薛悪虎が斬り込んでくる。
「超魂顕現『生物初王』!」
初級武官・丱円丫丸がアノマロカリスを召喚する。
鋭利なトゲを並べる二本の触手を鎌のごとく巻き込み、甲殻類を思わす巨体の左右に縅のごとく備えるヒレを動かし、薛悪虎を捕食しに襲いかかる。
いよいよ、姜子牙を守るは白鶴のみ。
捕食するように三将軍は迫っていく。
「じゃが後ろから来る大軍はどうする」
「我が側近たちが防ぐ」
鷲朧が断ずるとおりであった。
「超魂顕現『猛将白嵐』」
上級武官・白梟白嵐は、全身が嵐の塊である巨鳥と化す。
「超魂顕現『人喰酸花』!」
上級武官・花英隼湊は、強烈な酸を発する花を生み出す。
「超魂顕現『綿貫風船』!」
中級武官・四月一日お多福は、風船を破裂させ驚くべきものを飛ばす。
「超魂顕現『玉髄鎧鷲』!」
中級武官・西油鷲東は、全身をカルセドニーと化す。
「超魂顕現『愛尽戦尽』」
中級武官・面梟はあとは、敵兵長の愛情を支配し指揮系統を惑わす。
彼らが指揮する大和軍に突き崩され、黄華軍は一兵たりとも進めない。
「うぃー、もう詰んだんじゃない?」
「だぁが降伏するたぁ言わせねえぜ、なんせ一家の仇ってのぁよお」
義虎は姜子牙へ向かい偃月刀をかつぎ、煌丸が筅槍を突き付ける。
「討ってなんぼだろぉがよ⁉」
「報いを受けな、逃がさぬぞ」
「髄醒顕現『天翔翼水晶鳳』」
そして将軍《鳳凰》棘帯鷲朧が水晶の鳳凰と化した。