三 初陣の少女たち
小さな碧へ、大きな男たちが襲いかかる。
「鎧仗顕現『碧鎌』」
碧の身へ鎧が現れ、手へ鎖鎌が現れる。敵兵が血しぶきを上げる。落ち着けた表情をまるで乱さず、その細い腕をいつどう舞わせたのかと鎖をさばき、風となり馬を駆っていく。
(碧ちゃん妖美くん、今大丈夫?)
碧の頭へ麗亜からの念話が響く。
(こっちはもう敵武官のとこ着くよ、そっちはどう?)
(ん、パクったな。ただ作戦変わったよ、義虎の策で)
武官の不足は痛い。
大和軍には幻術を使う藤村勝助、岩亀を使う嶺森山忠のみであるのに対し、黄華軍には天道を使う唐三蔵、宝石を使う猪八戒、液化を使う沙悟浄、白龍を使う白竜馬という四人がいる。勝助が三蔵を、山忠が竜馬を抑えたが、八戒と悟浄は、何の変哲もない武器しか出せぬ大和兵を蹴散らしている。
(なんと沙悟浄はわーが単身で抑えるのだ)
(身どもは勝助さんを自由にするため、代わりに三蔵さんを抑えに向かっているよ、美しい覚悟だ。しかし残念、せっかく美しい碧くんと美しい身どもで、美しい連携から美しい初陣勝利を飾り、美しい夜に美しいミルクティーをご一緒できると思っ……)
(ちょーっ! 妖美くんそんな目で碧ちゃんを⁉)
碧は麗亜が時々やかましいと学習する。
(おや、妬いてるのかい)
(ちょーっ!)
(分かるよ、これほど美しい身どもを奪われるのは忍び難いよね、でも安心して、麗亜くんだってとても……美しいよ)
(……ちょーっ!)
__ん、怖ろしいほど調子に乗っとるけど、お芝居でしょうね。ほぐしてやるーってしとるでしょ、麗亜も猫三郎も憐れなくらい緊張しとるもん……殺さねば殺される。わーはそんな環境で生きてきたから無問題だけどだ、平和なお家で育っとれば、初めての戦場で固くならん方が頭おかしいもん……なら妖美は何者なんだろね。
はっと、碧は跳びのく。一瞬でも遅れていれば斬り捨てられていた。
腕と武器だけ残して液状化し、大和兵の間を滑り回る沙悟浄である。
すっと、碧は決意を新たに鍛えた覇力を解き放つ。
「超魂顕現『碧巫飆舞』」
風が碧色を帯びる。
姿を巫女へ変える。
碧は浮かび上がる。
ごっと、旋風が液体をかき上げ吹き飛ばした。
英雄は遥かな空を見据えている。
真珠里。天守閣の露台へたたずみ、色の落ちつつある髭をしごくその眼差しは、静かだが確固たる覚悟を秘め、一切合切の曇りをもたない。
「麗亜を案じておるのか」
温和な声に英雄は振り向く。体の透ける同志の女傑に、彼は微笑んだ。
「ようこそ、初代さま。麗亜は立派になりましたぞ」
「喜ばしい。よくぞ大役を任せ得る志士を育ててくれた。案ずるな、あの娘の胸には将軍《九頭龍》の教えが深く刻まれておる。己が命も、友の命も、そして神宝《猛虎》の命も大事にできる」
ぐっと、九頭龍は頷いた。
「全ては我らが夢〈民が平和で自由な世〉のために」
二人の有志は、信じる同志のいる空へと視線を送った。
「碧ちゃん超魂しちゃった、ね……でも無茶だよ、武官と一対一なんて……」
「信じるしかねえ。碧たちの努力に応えるためにも、自分の戦に集中するぞ」
猫三郎へ深く頷き、麗亜は唾を飲み込む。
目の前には、辺りの大和兵を一掃した敵武官がそびえている。全身を六角柱状の緑柱石、アクアマリンで覆う豚の獣人、猪八戒。大きく、硬く、そして強そうに見える。
__大丈夫。
ぐっと、麗亜は胸もとへ下げる宝玉〈覇玉〉を握りしめる。真珠里の覇術学校で学んだこと、そして敬慕してやまぬ将軍《九頭龍》のもと今日まで努力してきたことを思い出す。
__絶対、叶えるんだ。
この世界では、誰もが自分の色の覇玉を握って生まれてくる。
覇玉を保持していれば〈覇能〉という超能力が使える。
これは誰にでも先天的に備わっている。一人に一つであり、碧の覇力感知、麗亜や勝助の念話通信などの種類がある。
だが〈覇術〉は違う。
戦人を目指す者のみが後天的に錬磨し顕現させる。一人に一つで一人一人のものが異なる、戦闘へ特化した殺しの力。
その覇術を、麗亜は身に付けた。
__お父さん……ママ……すむちゃん……。
大好きな、優しい家族を泣かせようとも。
どれだけ覚悟がいるのかと泣きたくとも。
痛くとも、重くとも、泣きはらそうとも。
愛する、笑顔と平和の日々を自ら投げ捨て、忌み嫌う、血で血を洗う修羅の道を駆けると押しきり、歯を喰いしばって駆け出した。全ては、命をかけても叶えると誓う夢、民が平和で自由な世のために。
__ボク絶対、絶対、絶対ここを勝ち抜いてくから!
覇術には三つの段階がある。
基本形態を〈鎧仗覇術〉という。
いわゆる変身、武器や甲冑を形成して武装する。
たいてい特殊な能力は発現しない。覇玉へ念じる修行で体得するもので、覇術学校の卒業条件にして、軍への入隊条件である。
第二形態を〈超魂覇術〉という。
いわゆる解放、特殊な能力を限定的に発動する。
能力には〈自然種〉〈強化種〉〈召喚種〉〈世界種〉の四種があり、装束が変化する。心身、覇力を錬磨せし者が会得するもので、戦場実習生の選抜条件にして、武官への昇格条件である。
最終形態を〈髄醒覇術〉という。
いわゆる覚醒、能力の真髄を余さず具現化する。
誰かが使うたび地図が新調されかねない奇跡の力であり、多くが人外の姿へ変わる。数多の死線を淘汰し続け、心技体も覇力も文字通りの一騎当千へと昇華させた者のみが獲得するもので、将軍への昇格条件である。
「相手は武官、髄醒はない!」
「うん、いくよ猫三郎くん!」
ぐっと、麗亜は覇力を集中し、空色の覇玉を輝かせる。
「超魂顕現『空色彗星』!」
神剣・天之尾羽張。
空色のマントをはためかせ、彗星を描く身軽な鎧を纏い、麗亜は空色の気を纏う太刀をかまえた。
「一つ目・疾風の舞」
碧の、碧色の覇玉が光る。
悟浄が弾け水が飛び散る。
どっと、周囲がどよめく。
小さな巫女が撃った碧色の一閃は、目にも止まらぬ風の槌であった。
悟浄は初めに吹き飛ばされた直後に筋骨隆々の破戒僧の姿へ戻り、風力へ抗えるよう斬り込んだ。受けて、碧は風圧を柱状に固め、一点集中で撃ち出した。悟浄の液状化が少しでも遅れていれば、体を強く傷めただろう。
__うぃー、色のある風か……。
遠くから見ていた義虎はふと思い、戦いながら念じ始めた。
「山吹色の七芒星は語る 花霞 村雨 胡蝶 空寂 あばく 双角の油売り 三面の牛飼い 掘り出す六髯の戦車乗り 御空に堂々並べて記せ」
やがて黒い瞳が山吹色へ変色し、鋭利な七芒星を浮かび上がらせたところで、再び凝視した。発狂しかけた。
__よもやあの子は……《風神》の……。
鳥居碧に関しては、不自然なほどに情報が得られなかった。
調べられなかったのではない。そもそも不明とされていた。
__合点がいったよ?
義虎の感じる、胸高鳴らずにはいられない運命の歯車を加速させるかのように、碧は華麗に舞う。
悟浄が左から走り込む、と見せかけ液状化して接近を狙えば、碧はどちらでも対処できるよう構えつつ、手の動きで、見せかけに騙され疾風を撃つものと見せかけ、液状化を誘う。
「二つ目・旋風の舞」
風速三〇メートルにも達する、人でも飛ばされるほどの暴風を起こし自身を囲い、悟浄を水から人へと戻らせる。そこへ疾風を撃ち込む。
__初陣こそ今だけど、チビの時から護身してきた……殺してきた!
はっと、集中し直す。疾風も旋風も空ぶった。
悟浄が消えていた。
「この中級武官・沙悟浄の超魂『沈流沙河』の恐ろしきは、ここからぞ」
地中から聞こえた。液状化し地面へ染み込んでいる。碧の攻撃を回避する以上に、隙を突き死角から飛び出し不意討ちする狙いがあるのは明白である。
__幸い、わーは空中におる。距離的にどっから来ようと反応できるはず……。
甘かった。
「「ぐわあっ‼」」
ばっと、碧は振り向く。大和兵たちが斬られていく。
__しくった! 標的は自分だって決め付けとった。
悟浄を追う。疾風を連射する。
上手くいかない。
悟浄は液状化と実体化を目まぐるしく切り替え、先端へいくほど広がる大きな刃へ長柄を付けた、鏟を振り回し斬って回る。これを捉えきれない。そればかりか悟浄が大和兵の密集する中を這い回るせいで、何人もの味方を打ち据えてしまう。
__やばい、これじゃ……味方に斬られる。
碧が萎縮しかけた時だった。
「後ろだ!」
はっと、碧は旋風を集め、襲いくる鏟を押し返す。
悟浄が兵を狙ったのは、碧を萎縮させるためであった。機は熟したと本命の碧へ跳びかかったが、義虎が騎馬隊を預ける兵長・仙嶽雲峰に見破られた。
「あなたは、猛虎大将軍の信じる希望だ」
雲峰が騎兵や歩兵へ号令する。
「散開せよ、風使いどのの足を引っ張るな、敵兵を近付けるな!」
「「おう‼」」
__ふぇ……。
疾風の巻き添えとしてしまった兵たちまで、目を煌めかせ戦っている。
__信じられとる……信じらんない。
なぜか。ともに戦えと義虎が言ったから。九割はそれだろう。だがたとえ一割でも、人から頼られ励まされている。
昔日にはあり得なかった。
家族を奪われ村を焼かれ、幼く弱い身一つで喉が裂けても泣きはらしながら放浪した頃、どうしようもなくて食べ物を盗み、追い立てられ殴り伏せられ取り上げられ、飢え死にしないために人を襲った。
誰も助けてくれなかった。
義虎を知ってがんばれた。
その結果が今に繋がった。
__ん、気もち悪いほど気もちいよ……。
「あり、がと」
ふっと、碧は息を整え、覇玉の光を落ち着かせる。
光る強さは使う覇力の強さを表す。個人差はあるが、覇力容量には誰しも限度がある。覇力を使いきれば、覇術も覇能も使えない。そして超魂覇術を行使するのに消費する覇力は、鎧仗覇術の一〇倍に及ぶ。
すでに碧の覇力残量は少ない。
ばっと、しかし爛々と碧色の光を輝かせた。