絵画を探す猫 5
「じゃあ続きといこう」
帰りの鉄道に乗ってすぐ、猫屋敷さんはそう切り出した。
「続きって、あの依頼は全部解決したんじゃないんですか?」
「いやいや、疑問はまだ残ってるんじゃないかな。
まあ大したことじゃないんだけどね、だけど私は君にはそこまで考えておいてもらいたんだよ」
「よくわかりませんが、わかりました」
僕にはって、どういうことなんだろうか。
「じゃあ、疑問に移ろう。
今回の依頼の発端は何かな」
「依頼の発端って、大きく言えば遺産相続ってことですか?」
「いやいや、もっと具体的な話。
単純に、探し物が見つからなかったってことだよ」
「なるほど」
「2つ目、どうして見つからなかったのか」
「隠されてたからじゃないんですか?
あ、いや、隠されてはなかったのか」
「そう、隠されてはいなかったのに、見つけられなかった。
どうしてだろうね」
「目の前にあったのに、見つけられなかった……。それが『アルゴマルゴの丘』だってわからなかったっていうのは、美術的な知識を持ち合わせていなかったってことなんじゃないでしょうか」
「だけどさ、美術的な知識だとか、審美眼とか、そんなものを持っていなくても絵画の判別は普通の人間にだって可能じゃない?
美術館を想像するとわかりやすいと思うけど」
絵画の判別、美術館……。
「あ、名札ってことですか」
「そうそう、名札。
あれがあるから、美術館の職員でも絵を取り違えず扱うことができる。もちろん運送業者にも取りちがえることなく搬送することが可能になる。
だけど、今回はどうだったかな」
そういえば、あの廊下には絵が飾られていたけど、
「名札はなかったですね」
「正解。
名札がなかったからとりあえずそれらしき絵を探そうともしたけど、丘を描いた絵もない」
「探しても見つからないわけですね」
美術知識がないなら確かに難しいわけだけど、ならどうして名札がなかったんだろうか。
「どうして名札がなかったんでしょうか。マリーさんが言ったように、もしあの屋敷が個人の美術館であるなら、名札をつけてコレクションされてるはずだと思うんですが」
「そうだね、そこは疑問だ。
私も絵画には名札がつけられていたと思うよ。アトリエの中にも、白紙の名札用の板がいくつかあったから。
だからつまり、名札は外されたんだ」
「外されたって、誰がそんなことを」
「そこは絞りきれないかな。
だけど、おそらくは使用人たちがやったことだと思うよ。
亡き主人の言葉を守ってね」
「マリーさんの叔父さんが、ですか。
それはまた、何のために」
「こう言っては何だけど、多分茶目っ気みたいなものじゃないかな。
『アルゴマルゴの丘』っていうのはさ、マリー嬢のためだけの絵なんだから、自分で探してみてほしかったんじゃない?」
マリーさんのためだけの絵。
真意は計りかねるが、言葉通り受け取ればマリーさんのために描かれたってことになるけれど。
「そもそもなぜ、鑑定人でもない私たちが呼ばれたのかってところだよね」
「確かにそうですね。
いえ、猫屋敷さんならできるでしょうけれど、うちは別に美術品専門とも言ってませんし」
猫屋敷調査事務所なのであって、鑑定所ではない。
なぜ調査事務所に来たのだろうか。
「マリー嬢だけど、多分うちに来る前にそういった人たちにお願いはしたんだと思うよ。だけど、依頼は達成されなかった」
「専門職が達成できなかったんですか」
「理由は、まあ思い込みだよね」
「思い込み、ですか」
「そう、思い込み。
結婚の贈り物なんだから、きっと名のある美術品に違いない。
そういう思い込み。
ここで仮定しよう。
例えば『アルゴマルゴの丘』はつい最近結婚のお祝いに描かれたものだとしてみれば、それはたとえ専門職でも知らない絵ってことになる。
専門職の人たちでも、自分たちの知らない、聞いたことのない絵画が持ち出されては判断ができない。
屋敷に行って全ての絵画を鑑定しても、鑑定人の自分がみたこともないような絵がまさか贈り物用だとは思わないだろうし。
鑑定人に当然依頼すべき内容で、それが達成されなかったのであれば、『アルゴマルゴの丘』は鑑定人には判別のつかないような絵ってことになる。
ならそれは歴史的なものじゃなくて、個人レベルで作られた絵だと見当がつく」
「最後には困り切って調査事務所にってことなんですね」
「今回の依頼は、実はあつらえられた探し物ゲームだったわけだ」
なぜ鉄道の中で続きが始まったのか。
それはおそらく、あの場ではできなかったからだろう。
理由は案外単純で、それをしてしまえばマリーさんと使用人さんたちで気まずくなるから、だったりするんじゃないかと思う。
とにもかくにも、今回の依頼は無事成功ということで終わった。
車窓から見える景色はまだまだ到着の気配を見せない。