絵画を探す猫 4
二階に上がってすぐ、猫屋敷さんは僕に指示を出した。
「丘が描かれていなくて、奇妙なところがある絵を探してきて」
これがその指示である。
「すでにマリー嬢たちが絵の捜索をしているんだ、ということは丘が描かれた『アルゴマルゴの丘』なんてそのまんまの絵は見つからなかったってこと。
そして、絵画の同定の難しさがここにあるんだけどね、今回のヒントはマリー嬢の結婚だよ。
見つけたら解説をしようじゃないか」
奇妙なところがある絵画、僕が二階の廊下から見つけ出したのは、夜の森の中を銃を持った男たちと犬が鹿を追いかけている場面を描いたものである。
そばにいたマリーさんは疑問符を浮かべる。
「なぜその絵が奇妙だとお思いになったんですか?
私にはありきたりな狩猟の1シーンを描いたものにしか思えませんが……」
確かにこの絵を見れば真っ先に思うのは狩猟だ。
しかしそれにしてはおかしい。
というのは、この絵の明るさである。
絵を選んだ僕自身が違和感を説明する。
「空は黒く塗られていて、夜だということはわかります。にしては、この中に描かれている登場人物、男たちの横顔がはっきりしすぎているんです。
それに、松明も何もないのに、この男たちが走っている場所が明るすぎませんか?
あと、鹿の数が多すぎる」
人間側が七人ほどなのに、森の奥に逃げて行こうとしている鹿は大小合わせて十何匹だ。これは奇妙だろう。
「確かに光度や鹿の数は見落としていました。
言われてみればこんなにいるなんておかしいはずなのに」
マリーさんは歯噛みする。
僕はむきなおり、猫屋敷さんに判断を求める。二階の廊下は電気がついていても少し暗く、猫屋敷さんの顔ははっきりしない。
それでも、コクリと頷いたことはわかった。
「よくやった少年君。
『アルゴマルゴの丘』はそれだよ」
再び食堂に戻り、そこで猫屋敷さんの解説が始まった。
「まずは、そうだね、絵の方から話していこう。
この絵、奇妙なところがあるって言うのは少年君が話したので終了なんだけど、じゃあどうして奇妙なところがある絵ということになったのか」
そうだ。どうして、『アルゴマルゴの丘』が奇妙な点を含む絵だと判断できたのか。
猫屋敷さんはマリーさんに目を向ける。
「ヒントはね、マリー嬢の結婚にあった」
「私の結婚ですか?」
「うん。
結婚する姪に向けて絵を遺す、ということはそこに何らかの意味があるはずだ」
「何らかの意味、例えば結婚を暗示するようなもの、あるいは祝福、ということでしょうか」
「そうだよ。
だけれど今回一階にも二階にも、結婚を描いたものは存在しなかった。祝福のような意味合いの絵画もない。
で、ここで少し変なところを見つけたんだ。一階や二階を見てみて、あまりにも宗教画、寓話画が多すぎる。それに対して、抽象画が少なすぎるんだよ」
寓話画とは、要するにストーリーがわかる絵のことだ。その中で起承転結がある感じだとか言われてた。
まあ寓話画は判断できないにしても、今にして思えば確かに宗教画は多かった気がする。
「だから抽象画を探すことにしたんだ。
結婚の贈り物にふさわしいのは、やはり結婚、愛、祝福だ。それらを表現するのに宗教画、寓話画は使われないからね。
そして抽象画を見つけるコツ、格好良く言えば手法は、奇妙な点を見つけること」
なるほど、と思った。
抽象画、宗教画というようなジャンルはすっかり失念していた。
その傾向から探し物ができることは覚えておこう、多分後々役に立つはずだ。
マリーさんは納得しつつも、まだ疑問があるようである。
「ではどうしてこの狩猟を描いた絵が、結婚の贈り物にふさわしいということになるのですか?
もちろん、これが抽象画であるということはわかりました。しかし私にはこれが何を表現するものなのかわかりません」
「考えるべきことは、この絵が狩猟そのものに視点を向けているということだよ。狩猟の最中をリアルに描いているものじゃない、ただ『狩猟』という行為を表現しているんだ。
この狩猟、追いかけているのは男と犬、追いかけられているのは鹿なんだけど」
僕にも少しわかった気がする。
男はもちろん、犬も雄性の象徴。
鹿は雌性の象徴。
雄が雌を追いかけるのは、多分、これが愛として表現されているんだ。
おそらく、男たちの横顔がはっきり書かれていたのも男であることをはっきりさせるためだろう。
「納得いたしました。
見事な手腕でございました、情報屋さん」
最後はこんな感じで、意外とあっけなく、久しぶりの短期依頼が終了した。