絵画を探す猫 2
「なかなか立派なアトリエですね」
僕の言葉に依頼主マリーさんは頷く。
「ええ、叔父は芸術を愛しておりましたから。広い家ですが、絵画のコレクションで狭く感じてしまうほどです」
呆れともなんともわからない口調で彼女はそう言った。その横で猫屋敷さんは何も言わず、部屋の隅々にまで目を走らせている。
僕たちがいるのは依頼人マリーという女性の今は亡き叔父の家で、位置でいえば猫屋敷調査事務所から鉄道で三時間ほど西に向かったところだ。
依頼内容は至極簡単で、叔父が持っていたというとある絵画『アルゴ・マルゴの丘』を探してほしいのだという。
鉄道を降りて、この家まで案内された僕らはその廊下に飾られている大量のコレクションを目にした。
屋敷の廊下の壁全てに格調の高さをうかがわせる絵画の数々がそこには飾られていた。マリーやその他屋敷の使用人達で例の絵画を探し回ったそうだが、見つからなかったらしい。
ちなみに叔父が死んだ今なぜその絵画を探しているかだが、マリーさんにはこんなこんな遺言が残されていたのだそうだ。
「『結婚を控えているマリーには、私が死んだ時には『アルゴ・マルゴの丘』を遺す』だそうです。
もともと体の弱かった叔父は私の結婚前にも何度か容態が怪しくなりましたので、このような遺言になったのだと思います。
ただ、それならそれでわかるようにしておいて欲しかったものですが」
マリーさんはそう言っていた。
アトリエを見学し終え、僕らは自分の部屋に戻ることにした。
ちなみに僕と猫屋敷さんで同室である。
僕が猫屋敷さんのボディーガード役であることが理由の一つで、もう一つは僕が彼女の助手だからである。まあ僕たちとしてはそんな理由だが、マリーさん達は一つ勘違いをしているかもしれない。
だからといって正したりもしないけれど。
部屋に戻って猫屋敷さんは椅子に座り込む。
二人分にしては広めの部屋を与えられたらしく、荷物を開いてもまだまだスペースがあった。ベッドももちろん二つで、高級ホテルのような感じになっている。
椅子に座って考え込んでいる様子の猫屋敷さんに僕は話しかける。
「アトリエまで見てみましたけど、何かわかりましたか? 僕は全然です」
ベッドに腰掛け、屋敷中の見学を思い出す。
屋敷というだけあってとても広く、歩き回るのも楽ではない規模だった。
「まあ屋敷中とは言っても一階だけしかみてないけどね。
少なくともあのアトリエには特に何も手がかりはなかった。絵が隠されているとしたら、それこそアトリエに置かれていると思ったんだけど」
隠されているとしたら、か。
「そもそも本当に隠されているんでしょうか」
遺す、という文言が残っていただけで、見つけてみろなんていう意味はなかったわけだ。
遺言書にも、マリーさんの叔父へのイメージを聞いてみても隠されているかどうかはわからないと思う。
「確かに確証はないね、私としても隠されている線は薄いと思うんだけど、依頼人がそう言うんだから、建前上そう言っておかないと」
「マリーさんは確かに、隠されているんだって言ってましたね。
もう散々探したんだから、隠されているに違いないって」
「どこまで探したのか聞いてみても抜かりはなかったから、そこは信用してもいいかもね」
「それで見つからないなら隠されているかもしれませんけど、それでも見落としの可能性はありませんか」
人間誰でも見落としはする。
その可能性だ。
「その可能性もある、十分にね。
だけど私としても、これは隠されているんじゃないかなって思うよ」
そう言って、猫屋敷さんは紅茶のカップに目を移す。
「すぐに淹れます」
急ぎ席を立ち、紅茶を入れる準備を始めた。
「今日はまだ一回しかみていないから、夕食の後にでも二階を探索させてもらおうか」
チラと時計を見てみると、もうすぐ夕食でもおかしくない時間だった。
「そうですね、できるだけ早く依頼を終わらせたいですし。今日中に解決しますかね」
「まあその辺は大丈夫だよ。
多分二階を歩き回ればすぐにわかると思うから」
「え、何かわかったんですか」
相変わらずな観察力だ。
情報量がどうとかいうより、情報整理や情報収集スキルが高い。情報屋っていうのはだから正確ではないのだ。
「それはね、もちろん。アトリエになかった段階で候補は絞れた。それに奇妙な点が一つあったかな」
奇妙な点が一つ、と言われても思い当たることはない。
「全然わかりません……。
普通に絵が飾られていただけでしたし、その並びとかだって特におかしい点はなかったと思います」
「そうだね、絵画の並びはおかしくないし、そのほかも普通だよ。
この奇妙な点っていうのが本当に奇妙なものなのか、これからマリー嬢に確認しに行く」
「これからってことは、ディナーの時ですか」
そう言おうとした時、僕たちの部屋はノックされた。
夕食の準備ができたらしい。