9.元領主
「えっ!?」
突然実の名前を言われて、レフィは思わず声を漏らしてしまう。
「ひ、人違いじゃありませんか?」
「そんなことはないはずだ。たしか、以前王都にあった立食パーティーに顔を出していただろう? その時に自己紹介をさせてもらっていたはずだが……」
レフィが頭を捻らせると、親しげに話しかけてくる老人がいたことを思い出す。
名前はユウス・ワール。確かユーフェリアの町の領主と言っていた気がする。
つまり、この人が本当の領主だったのか。
(たしかに会ったことがあるみたいだけど、今の僕はもう実家は関係ないもんね)
「人違いですよ。だって僕は魔法なんて使えませんから。それよりも大丈夫ですか!?」
「――いや、そろそろ限界に近い……。ただ、私は他の皆が隠し持っていた食料のおかげでまだマシだが……」
まだしゃべれる元気があるユウスとは違い、周りの人たちは目を開けているのがやっとの様子だった。
「ちょっと待っていてください。今ポーションを準備しますから……」
「いや、傷を受けたから弱っているんじゃなくて――」
「わかってます!」
とりあえず時間がなさそうなので有無を言わさずに新しいポーションを作っていく。
「これを飲んでください」
出したのは栄養ポーション。ただし、即効性のあるもので今の彼らみたいに栄養不足で今にも倒れそうな人たちでも一瞬で元気にすることができるものだった。
これを急いで周りの人に飲ませていく。
「これは……魔法? ではないな。一体君は?」
ユウスに不思議そうな顔をされる。
「僕はレフィと言います。今は何でも屋の店員をしてポーションを売っています」
順番に倒れている人にポーションをのませながら説明する。
「レフィ……か。でも、魔法使いじゃないのなら別人か?」
首をかしげるユウス。
そして、全員飲ませ終わると次はユウスの前にやってくる。
「あなたも飲んでください」
「ありがとう……。でも、私は大丈夫だ」
よろよろとした体つきで起き上がるユウス。
しかし、すぐに倒れそうになっていた。
「だから飲んでください! それでゆっくり休んでおいてください。僕たちは行くところがありますので」
ようやく受け取ってくれたユウス。それを飲み干すとようやく体調が戻ってくれたようだった。
「行くところ?」
「えぇ、こんなことをした領主様は反省させないといけませんので」
レフィが気づいたから命を落とすものはいなかったが、もしこの町にも来なかったら彼らは――。
そう思うとこのまま放っておく訳にもいかなかった。
「それならなおさら私も連れて行ってくれ。私にはことの顛末を見る責任が――」
ユウスの決意のこもった目を見るとレフィはため息を吐いていた。
「わかりました。でも、無理はしないでくださいね。あと別のポーションも飲んでください」
もう一種類別のポーションを取り出してユウスに渡す。
それとは別に同じものをレフィも飲んでおいた。
「でも、ここからどうやって出て行くんだ?」
「うーん、ここって地下ですよね?」
「あぁ……」
違う可能性も考慮していたが、ユウスはあっさり答えてくれる。
「わかりました。では、飛んでいきましょう」
「えっ!?」
◇
翼を生やしてくれるポーションを作り出すとレフィ達はみんなそれを飲み干した。
すると背中に真っ白な羽が現れて、ゆっくり体が浮かんでいく。
「と、飛んでる!?」
ユウスは驚きの声を上げていた。
「それじゃあ一気に行きますよ!」
レフィ達は地下から一気に客間へと戻っていった。
もちろんその境には扉があったが、それは壁を溶かしたときと同じように溶かしておいた。
◇
「な、なんだ!?」
突然足下から現れたレフィ達を見て領主は驚きのあまり尻餅をついていた。
「ど、どうしてここに戻ってこられたんだ!」
「うーん、ポーションで?」
素直に答えるが、領主は信じていないようだった。
「何をふざけたことを! いいから『牢に戻れ!!』」
領主の目が赤く光る。
もしかして、これがさっきしていた催眠なのだろうか?
ただ、レフィ達に異変はなかった。
「なっ!?」
「いい加減にしろ!!」
催眠が効かなかったレフィ達に驚く領主。
するとユウスが領主に対して思いっきり殴りかかっていた。
「ひっ、ど、どうして、俺の催眠が効かないんだよー」
ユウスに殴りつけられると急に領主の言葉使いがおかしくなる。
今までは無理矢理領主という姿を演じていただけで、今の姿が本当の姿なのかもしれない。
「えっ、催眠が聞かない理由? ここに戻ってくる前に催眠無効のポーションを飲んだからですよ」
さすがにたくさん飲みすぎてお腹が苦しい気がする。
一度に何本も飲むものじゃないね。
それを聞いてユウスは大声で笑っていた。
「はははっ、そうかそうか、まさかそんな種類のポーションがあるなんてな。先ほど飲んだ一つがこれだったんだな。おかげでじっくり説教ができる」
「や、やめろ、お、俺は何も悪いことは……」
「それ以上はじっくり聞いてやる。じっくりな……」
無理矢理引きずられていく領主。
レフィに助けを求めていたようだが、領主には反省してもらいたいのでその手を取ることはなかった。
そのまま部屋を出て行こうとするユウスだったが、出る直前に振り向いてくる。
「レフィくん、よかったら下に残された彼らも助けてもらえないか? 私の大事な部下達なんだ」
「えぇ、もちろんそのつもりですよ」
「ありがとう……、お礼は後からさせてもらうよ。今はこの馬鹿をなんとかさせてもらうよ」
今度こそ領主が出て行こうとするので、レフィは一本、ポーションを渡しておく。
「これをかけると拘束することができますので、いざというときに使ってください」
「あぁ、ありがとう。助かるよ」
ユウスが出て行った後、レフィは再び地下に戻り、そこの人たちを客間に運んできた。




