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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 学院での日々

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94 昼時の襲来(後)

 銀の髪――色合いは違うけど、皇王マルセルと同じ光を放つ髪は、皇族の証だ。


 現状、目の前の少女ほどの姫君の存在はただひとり。エウルナリアは素早く考えを巡らせ、ベンチに膝の上の畳んだ布を置くと、優雅な仕草で立ち上がり一歩前に進み出た。

 そのまま、淑女の臣下の礼をとる。


 ――右手を心臓の上に当て、左手はスカートの膝のあたりの生地を持ち、左足をつ、と引く。深く膝を折り、背を伸ばしたまま前傾となる――この礼は、滑らかにするのが非常に難しい。

 しかし黒髪の歌長(うたおさ)の姫君は、いとも軽やかに、流れるような仕草でふわりと(こうぺ)を垂れた。

 歌うように、小さな鈴をふるうように澄んだ声で、挨拶のことばを奏上する。


「ご挨拶が遅れましたこと、(まこと)に申しわけありません。ゼノサーラ皇女殿下とお見受けいたします――わたくしが、エウルナリアですわ」


「……そう。貴女が、アルムの『姫』なのね」


 ――来た。

 そっちの切り口か、と黒髪の少女は内心で覚悟を決めた。「えぇ、そうだと申しております」と、許しもないまま(こうべ)をあげる。毅然と、顎をひいて青い瞳はつよく前を見据えた。あくまでも柔和な笑顔のまま。


 途端に眼前の銀髪の少女――ゼノサーラは、面白くなさそうな表情(かお)になる。


「ちょっと。許しもしないのに答えるんじゃないわよ」


「―――…お言葉ですが、皇女殿下」


 さて、どう切り抜けようか……と思案していたエウルナリアの傍らに、平淡な口調とともに、すっと進み出るひとの気配があった。男装のロゼルだ。


 然り気無く右手で小柄なエウルナリアの左手をとり、エスコートの姿勢をとる。臣下の礼も、名乗りも省く。斜に構え、流すようにゼノサーラに深緑のつめたい視線を向けた。

 にこりとも笑みはしない。少し怯んだ様子の銀髪の皇女に、視線と同じ温度の声で、堂々と割って入る。


「突然現れておいて、ご自身は父君の側近の令嬢に名乗りもせず、その体たらく。母君もお嘆きあそばしますよ」


「なっ……―――!!」


 銀細工の姫君の頬に、朱が走った。

 狼狽、怒り、羞恥――さて、どれが一番つよいのだろう。冷静さを欠いていることは傍目にも明らかなので、エウルナリアは一先(ひとま)ず静観することにした。

 今、自分が出るとこの皇女様は、おそらく退()けなくなる。


 ざ、と足音がした。レインだ。

 かれはエウルナリアを挟んでロゼルの反対側に立ち、半身で庇うように右斜め前に佇む。かれも、礼は省いた。滅多にないことだ。


「……失礼。見たところ、供の者もお連れではないようですが。『平等たるべし』と謳われるこの学院内で、相応の対応をお望みならば、()ず、ご自身の背負うべき尊さにふさわしい立ち居振舞いをなさってはいかがです?

 ――中々いませんよ。従者風情にここまで言われる姫君など」


「!!!~~っんですってぇ………!」


 わぁ。言った……すみません、うちの従者が、とエウルナリアは心で皇女に謝罪する。勿論、表情には出さない。


 一触即発の気配を感じてか、ロゼルが視線を皇女から外さぬまま、赤髪の元騎士見習いを呼んだ。


「グラン」


「あぁ、わかってる。…エルゥおいで、こっち」


 いつの間にか背後にグランが立っていた。

 ロゼルは、慣れた様子で黒髪の少女の小さな手を赤髪の少年に委ねると、隙のない物腰でレインの隣に立つ。やはり、斜に構えて半身は右側のレインに向けている。

 片足に重心をかけ、左手は腰に。右手はそのまま垂らした。


「お引き取り願えないのでしたら、私達がこの場を去りましょう。

 グラン、レイン。エルゥを連れて音楽棟へ。私はあとで勝手に美術棟へ行くから、気にしなくていい。


 ―――ん?…あぁ、申し遅れましたね殿下。キーラ家の第三子、ロゼルと申します。以後、忘れていただいて結構ですよ」


 そこで、ようやくバード楽士伯家と対をなす名家、キーラ画伯家の名乗りをぞんざいにあげたロゼルは、視線の色彩(いろ)を変えぬまま、にこりと綺麗に微笑んだ。




   *   *   *




 その後のやりとりは、背にグランの手を添えられて退出したエウルナリアには知りようがない。ロゼルを案じる気持ちに、足が少し、もたついた。

 後ろ髪を引かれるように、立ち去ったあとの木立と植え込みの向こうにちらりと視線を残す。

 ―――と、グランの足がぴたりと止まった。

 かれもまた、意志のつよい紺色の目を同じ方向に向けている。


「…レイン、エルゥは任せた。俺は戻って、殿下が退かないようならロゼルの側に行っとく」


「わかりました。僕は、教諭のどなたかに、供の方を差し向けるよう伝えてきます」


 阿吽の呼吸だ。

 二人の少年は、一つ頷きあうと「じゃな」「はい」と何事もなかったかのように、それぞれの方向へと足を踏み出した。

 エウルナリアはレインに手をひかれて、いつもより速い歩調で進んだ。


 (お父様……皇女様は確かに、要注意でした)


 内心の呟きが(アルム)に届けばいいのにと、少女はつい、再び水色の空を見上げた。


悪役令嬢とかじゃ、ないんですよ?(懇願)

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