90 違う意味での洗礼
広々とした公園で、遠目にも大きく存在を示していた一群の建物は、温かみのあるクリーム色の壁と、赤みのつよいオレンジ色のとんがり屋根が特徴的な学舎だった。
敷地を囲う壁も門扉もない。開放的な、ほのぼのとした造り。
――童話に出てくるお城のようだ、と少女は感じた。
学舎前の石畳の広場で馬車から降りると、左右に建つ二つの塔の間を繋ぐ廊下が渡されており、等間隔で柱が立っている。屋根だけで壁はない。
石の階段で、やはり石造りの廊下に上がると、奥に向けて同じだけ降りる。
そこは、周囲を同じ色、異なる形の学舎に囲まれた中庭だった。
――広い。バード邸の離れは楽に入りそうだ。程よく木が植えられ、ベンチが配置してある。休み時間などは、ここで寛ぐのも良さそうだ。
階段と同じ幅の石畳が中庭を突っ切って、奥へと続いている。
真っ直ぐ進むと、正面の一際大きな建物に辿り着いた。開かれた両開きの大扉の横には「中央講堂」と記してある。周囲の真新しい制服を着た生徒は皆、この扉の中へと流れていた。
* * *
「入学の式典か。確か、皇王陛下が見えられるんだよな。お言葉もいただけるって」
聞くともなしに、耳に入る周囲の声。
既に、定められた場所に着席したエウルナリアはぴくん、と反応した。
「え、じゃあ皇子殿下と皇女殿下もこの中に?!」
話を振られた少年が、きょろきょろと周囲を見渡している。黒髪の少女の右斜め前なので、とても目につきやすい。
片割れの少年が、笑いながら答えた。
「ばーか。そんなわけ無いだろ。殿下方は、今日は不参加だって。いくら平等にって言ったってさ。俺らが平静でいられるわけないっしょ」
「そっかー……まぁ、そうだよな。残念!
あ、でもさ、確か今年はバード家とキーラ家のご息女も入学するって聞いた!めっちゃ見たい!見られるかな?」
更に、周囲を見渡す新入生の少年。
それがふと、斜め後ろを振り向き――青い目のエウルナリアを見て、止まった。
……止まっている。
まだ、固まっている。
さすがに「おい…」と声をかけた隣の少年も、友人の視線の先に気づき、同じように固まった。
ちら、ほらと、周囲で視線の波が同じ方向を向いては縫い止められている。
中々ない、嘘みたいな現象だ。
エウルナリアはちょっと辟易した。
(うん…そうね。何故か分からないけど、人込みとは相性よくないよね、私。浮いてるのかな…)
――仕方がない。
諦めて、ふわっと微笑んでみる。
すると、なぜか皆一様に顔を赤くした。その上、口許を手で抑えて目を逸らし、困った表情で俯く生徒までいる。
(いや、困ってるのはこちらなんだけど…)
その時。
左右の幼馴染み達の気配が、すっと変わった。
左隣のグランが、おもむろに姿勢を変えて足を組んだ。ついでに腕も組み、元からきつい濃紺の眼光も鋭く、周囲を見返している。――苛烈な印象が増した。怖い。
右隣のレインは、姿勢こそ変えないものの纏う空気を変えた。――冷たい。
もともと怜悧な整った顔は、こうすると温度を感じさせない灰色の瞳も相まって、とても冷ややかに映る。
その甲斐あってか、周囲の不躾な視線は忽ち散開した。
エウルナリアは、ほっと安堵の息を吐いた。
「……ありがと、グラン。レイン。」
「どういたしまして」
「当然です」
少年達は、しれっと返事を返す。
少女はそれらを聞きながら眉尻を下げ、こっそりと観念した。
―――……新しいお友だちは、すぐには出来ないかもしれない、と。




