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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 学院での日々

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89 入学

 ざあぁ……っと、視界が(ひら)ける。

 観光街の北西区を占める深い森を抜けたそこは、広く整えられた淡い緑の芝生がうつくしい公園だった。


 あちこちに、柱のように大理石の彫像が飾られている。小さめの噴水もあり、訪れるものを和ませるような心地よい空間だ。


 馬車用の白い(みち)が弛く曲線(カーブ)を描く先には、幾つもの棟を連ねた建物がある。

 黒塗りの箱馬車は軽やかな蹄と車輪の音を置き去りに、傍らの歩道をゆく少年・少女達を颯爽と追い越した。



「とうとう、来ちゃったね…!」


 馬車の中、柔らかな黒髪を背に流した制服姿の少女が、嬉しそうな声を洩らしている。

 対する車内の一同――二人の少年と一人の少女は、それぞれ頷いた。


「ですね、エルゥ様」


 穏やかな笑みで相槌を打ったのは、艶のある栗色の長い髪をひとつに括った――やはり、少女と同じ色合いの制服を行儀よく着こなしたレイン。従者服姿でないのは新鮮だ。


 レインの右隣にはグラン。かれは、早くも制服を着崩している。体格が良いので、これはこれで似合っている。


「……」


「まぁ落ち着け、エルゥ。グランほど静かだと、却って不気味だが」


 少女の隣で――少年の制服をきりっと(まと)ったロゼルが、口を開いた。冬に切ってしまった焦げ茶の巻き毛は少し伸びて、無造作に(うなじ)で束ねた毛先が背の中ほどで、くるんと丸まっている。

 機嫌は悪くないはずだが、平淡な口調に加えて腕を組んで足を開き、堂々としているため、妙に令息然とした威圧感のようなものがある。


 しかし、最初に声を発した美少女――エウルナリアは動じない。「あら。そうね」と軽く受け流し、つい、と澄んだ視線を赤髪の少年に向けて、ぴたりと定めた。


「どうかした?グラン。酔った?」


 可愛らしく首を傾げる。小鳥のような仕草に思わず目を細めたグランは、それでも薄く開いた形のよい唇から、唸るように低い声を洩らした。


「んなわけ、ないだろ……」


「ん?じゃあなぜ?…まさか緊張?」


 ぐぅ、と喉が鳴る音がした。そのまさかのようだ。


「グラン、相変わらず繊細ですね…」


「うっさい!残念な《相変わらず》は、お前だろレイン。なんでいつも通りなんだよ……俺は間違ってないからな?」


 仲の良い少年達に、長い睫毛に縁取られた青眼(せいがん)を和ませる対面の少女。滑らかな頬、愛らしい唇。ほんのりと上気したような、見るものの心に幸福感をもたらす美貌――(よわい)、十四にして。


 (独奏者(ソリスト)になれるか、よりこっちの方が心配だよ……なんで、こんなに急に綺麗になんだよ!!焦るに決まってんだろ!主従そろって鈍い奴らだな、こんちきしょう……)


 男爵令息らしからぬ心情は、もちろん胸に秘めておく。

 鈍いと太鼓判を押された少女の左隣――こちらも相変わらずな男装のロゼルは、ふ、と微笑(わら)った。


「気の毒な奴だな」


「うっせーよ…」


 力ない反撃には、もはや先程までの固さはない。車内は、絶妙な均衡(バランス)で穏やかな空気に満たされた。


 やがて馬車は、目的の位置にて停まる。

 ひと走りした馬達が蹄を鳴らして、ブルルルッ……と、(いなな)いた。




   *   *   *




 その学院は、湧き水豊かなレガート湖に浮かぶ島の、北西の端に位置する。

 芸術を愛し、楽の音を極めんとするものが集い、研鑽するために、千年よりも前に設けられた場所。


 ――レガティア芸術学院。


 奇跡的に永く戦火とは縁遠くある小国、レガート皇国における掌中の宝というべき機関だ。


 ここを巣立ったものが、皇国で――ひいては大陸で、一線を画する芸術家や音楽家となる。在野の才人は無きにしもあらずだが、一国家の皇国芸術府という支援者(パトロン)の有無の差は大きい。


 ゆえに、今もレガートに才あるものは集う。


 季節は春。

 水色の空、うららかな陽射しの元。

 難度の高い試験を潜り抜けた実力者や、名実伴う推薦を受けたもの、或いは寄付金を山と積んだ良家の子息・子女らが、今年もその顔ぶれを新たに二百数十余名。



 様々な思いを胸に、一堂に会した。


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