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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 入学前

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87 祝福の歌

 居並ぶ人びとは、はじめ、気がつかなかった。

 待ちに待った、花嫁の登場に沸き立つ親族や、友人達。

 礼拝堂の入り口を背に向かって右側。開いた両開きの扉から、父であるユーリズ学問準男爵に伴われ、娘のアリスが祭壇に向けて、一礼する。



 そこで―――……人びとは、耳に何かが届いたのを、知った。



 高い、高い天井の上から響いてくる声だ。

 決して大きくはない。むしろ、耳をそばだてなければ聴こえないほどの、抑揚をなるべく抑えた響き。しかし、柔らかい。


 誰かが、目を瞑った。

 誰かが、胸を締め付けられた。



 ―――コツ…、コツ…、と。

 ゆっくりと、一歩ずつ静かにヴァージンロードへと進む、ひそやかな靴の音。伴奏はそれだけ。


 天上の調べなどと、言うのもおこがましい。

 類い稀なる声――…例えようがない。


 誰かが、ふいに泣きたくなって、口許を手で抑えた。悲しいのではない――震えがくるほどの、歓喜で。



 声は……歌声だった。ひとの声だと、理解があとから追い付いた。

 まだ若い。…少女だろうか。音の高さによっては、とても中性的な響きを帯びる、不思議な声だ。

 透明で、切ない。敬虔で、どこかおごそかですらある。不可侵なものを感じさせる歌声。


 誰も、何人(なんぴと)たりとも彼女の歌は妨げられない。


 耳を酔わせ、心に、体に、沁み渡るほどの幸福感をもたらすそれに、人びとは、しばし意識を委ねる。



 ……コツ…、コツ…、と。

 いつの間にか花嫁達が、ヴァージンロードの中ほどに差し掛かった。


 歌声に少し、愛らしい喜色が混じる。


 そこでようやく、人びとは礼拝堂の最奥、祭壇の横に佇み、歌い上げる白い祭礼服の少女に気がついた。


 小柄だ。だが、ほんとうの子ども、ということもない。女性への過渡期特有の、繊細な透明感を漂わせる少女。だが、声には確かな芯がある。



 ―――――……やがて、歌は繰り返しの、最後の1フレーズへ。



 いっそう(ひそ)められて、囁くようにちいさな歌い始めに。



 誰かが、ぶるりと背を震わせた。

 誰かが、観念して一筋の涙をこぼした。歌の終わりを察して。…満たされた胸の(うち)から光に似たなにかが(あふ)れて、ゆき場をなくしたから。



 ……コツ。



 花嫁は、父の手を離れ、待ちかねた新郎の手をとった。

 ヴェール越しに見つめあう二人は、おそらく今、この地上で最も幸せな二人だ。

 居並ぶ人びとは、得がたい瞬間に立ち会えた喜びをかみしめる。



 徐々に小さくなる歌声を聴きながら。

 その、絹のように滑らかな余韻を胸に残しながら。



 今日、この日。

 老司祭の厳かな口上と宣言により、アリス・ユーリズ女史と幼馴染みの君は(なが)の年月を実らせ、皆の祝福を受けて晴れて夫婦となった。


マリア・カラスのシューベルト、アヴェマリア(イメージ)でよろしくお願いします。拙筆が、もげそうでした。力不足ですみません…

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