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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 入学前

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84 星祭りの散策

 この国には、隠し事が多すぎる。


 サングリード聖教会レガート支部の司祭候補、ユシッドと別れたあと、エウルナリア達三名はそのまま、中央大円形広場の露店を回りながら星祭りを楽しんでいた。


 時刻は午前十一時。

 迎えの馬車が来るまで、あと一時間。

 聖教会が建つ南東区を起点に、ぐるりと時計回りに歩道を歩いて、今は南西区の終わり。目の前の主街路(メインストリート)を渡れば、次は北西区だ。


「よし、渡ろっか」


 左右を確認したグランが、左側からエウルナリアの背をぽん、と軽く押す。


「どうぞ、エルゥ様」


 右手は、レインが優しくエスコートしてくれた。

 素直に手を委ねるものの、少女の表情は微妙だ。言おうか、言うまいか――いや、やはり告げようと、思いきって口を開く。


「あのね、やっぱり過保護だと思うの……!」


 心持ち、恥ずかしさで頬を染めた少女の訴えは、残念なことに二人の幼馴染みによって、きれいに黙殺された。


 年の瀬の星祭り一日目、昼前。

 広場は相当な賑わいで、周囲は楽しげにさざめく人の群れ。ごった返している。


 ――が、なんとなく時計回りの人波と半時計回りの人波が漠然と内側と外側の流れを生み出しており、それに逆らわなければ特にひどい目に合うということはない。

 外周にあたる歩道の端、建物側には等間隔でベンチが配置してあるため、一休みする者は自然とそちらに流れる。


 たった三十分弱、練り歩いただけのエウルナリアでも、これくらいの感覚はわかったというのに。


「これならまだ、十歳のときの方が、ましだったわ…」


 憂い顔でちいさくため息を吐く。


 とはいえ、レガートでは珍しい黒髪を背に流した令嬢と、二人の見目よい守護騎士の取り合わせは、否が応にも人目を引いた。

 自分達に向けられる無遠慮な視線はまぁいいとして、不自然に空けられた空間が凄い。要するに、みんな一定の距離を空けて、ちらちらとこちらを見ている。歩き(やす)いのか歩き(にく)いのか、判断に困る。


「あー、諦めろ。多分、学院に入ってもしばらくはこんな感じだぞ」


「そんなこと、ないもん…」


「諦めましょう、エルゥ様。人混みとは相性が悪いんだって、早々に認めればいいんです」


「うぅ…うちの従者の口が年々悪くなるのは、どうしてなの?」


「何でだろうなー…そこは、俺も同感だ」


「うるさいですよ、グラン」


「レイン。それ、そんなにいい笑顔で言う台詞じゃないと思うの……あ。あのお店、見たい」


「畏まりました。エルゥ様」


「……ほんとお前、ぶれないな……見た目、美人のくせに」


「見た目美人は余計です」


「悪かった、《外見詐欺》」


「……」


 三人の幼馴染みによる軽口の応酬は、止まらない。

 いつの間にか東西を走る主街路を渡り終えたエウルナリア達は、北西区の歩道の中程に漂っていた甘くて美味しそうな匂いに釣られて、つい足を向けた。――主に、黒髪の少女の嗜好的理由で。


 色とりどりの、簡易テントの軒先が連なる一帯だ。サンドイッチや珈琲、紅茶、揚げ菓子などを扱っているらしい。その場で飲食できるよう、椅子とテーブルもいくつか設置してある。


 尚、少女の視線は店頭で調理されている揚げ菓子に釘付けだ。「なにあれ!美味しそう、食べたい!」と言わんばかりの、きらきらとした表情である。

 少年二人は、ちらりと顔を見合わせた。


「あと一時間弱、あるし。休憩すっか」


「ですね」


 ―――何だかんだ言いつつ、三人の舵取りが少女であることは、四年前から変わらない。




   *   *   *




「それにしても、意外だったわ……ユシッド様が、仰ってたこと」


 空いていた、白木の丸テーブルを囲んで三人は寛いでいる。目の前には、揚げたてのふんわりとした砂糖菓子。冬の寒空の日光を浴びて、ほかほかと湯気が立ち上っている。


 エウルナリアは、見るともなく広場の中央、大噴水の飛沫に目を遣り――馬車が行き交う車道、人びとが連なる歩道を順に眺めた。


 頭に、広場の俯瞰図(ふかんず)を描く。

 円形に、東西南北を貫く主街路の十字。

 中央の噴水の軌跡は、内から外への放射状の集中線。


 ――円に囲まれた、星十字。


「まさか、ここが本部で、始まりの地だったなんて。誰も思いませんよ……」


 レインが何とも言えない顔で、相槌をうった。手には、温かいココア。さすがの彼も疲れたのかもしれない。ゆっくりと口に含んで目許を和らげている。こうしていると、彼は変わらず愛らしい。


「年号まできっちり曖昧にされてるあたり、すごく作為的。二代皇帝ってきっと、滅茶苦茶、用意周到なひとだったんじゃないかな」


「かもなー。…腹黒だったんじゃないか?」


 こちらも、彼らしく適当な相槌をうちながら揚げた白身魚のサンドイッチを頬張っている。

 けっこう大きかったはずだか、食べるのが早い。さっきまであった部分がもう消えてる。どこ行ったの、それ。


 エウルナリアは、さく、と揚げ菓子に楊枝(ようじ)を立てた。少し長めの楊枝の持ち手には、小さな銀の星が輝いている。祭り仕様に、店が特別に用意したのだろう。


 (星の紋様は聖教会。銀の色は、皇族の髪――二代皇帝の妃がサングリードの孫娘で、銀の髪だったなんて…おとぎ話みたい。

 書物に残さず、口伝継承のみにしたのも、何か理由があるんだろうな……)


 行き交う、無邪気に祭りを楽しむ人びとの様子は明るい。白い吐息が凍える真冬であっても、無事に一年を終えて新しい年を迎えられること――親しい者たちが、皆で祝い合えることが嬉しいからだ。


 エウルナリアは、ぱくん、と揚げ菓子をかじった。さく、さく……と、小気味よい咀嚼音。こくん、と飲み込んだ。


「甘い……おいしいって、幸せね」


 少女の手を温めるのは、淹れたてのミルクティー。

 両手で嬉しそうに支え、湯気をとばしながら一生懸命に飲もうとする様子は変わらない。


 傍らのグランとレインは、それぞれ頬杖をついたり、灰色の目を柔らかく細めながら、そんな彼女を見つめている。


 ―――……その口許はやはり、緩く弧をえがく、幸せそうな笑顔。


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