83 少年と、似たひと
コツ…、コツ…と、石の床を打つ踵の音が、高い天井の上まで響き、弧を描くようにぐるりと降りて礼拝堂を巡ったあと、再び床全体へと沁み入るように返ってくるのが、わかった。
(すごい反響率。いいなぁ…ここで歌えたら、凄く気持ち良さそう……)
半ばうっとりとした表情で、少女はこの場所の音の響き方――残響とも呼べる音の余韻がもたらす軌跡を、無意識に感じとっている。
圧倒されるほど左右の壁を埋め尽くす、尖塔アーチと彫刻の数々。単なる平面の壁はどこにも見られない。
繰り返される同一モチーフの連なりは、上昇――天へと向かう気持ちを昂らせる。
(バード邸の扉やステンドグラスは、みんな普通の半円アーチだものね。そうか、ちゃんと意図があっての様式なのね…
入り口のだまし絵にしても、建物に割ける土地の少ないレガティアならではの工夫だろうし。
この礼拝堂の内装も、そう。すごいな、職人さんって……)
エウルナリア、ユシッド、グラン、レイン。
一名の少女と三名の少年達は、それぞれの異なる足音を聞きながら、静かに礼拝席の真ん中を歩いた。
黒と見紛うほどに使い込まれた、つやのある焦げ茶色の木の長椅子が、ずらりと左右に一列ずつ、整然と並んでいる。
ふと、エウルナリアは正面を向いたまま「そう言えば…」と、口を開いた。
「ここ、ヴァージンロードね。大抵の貴族は――皇族も、ここで結婚式を挙げるんでしょう?」
ガッ、
ゴッ……!
……カツン!
なぜか、少女の後ろで乱れた足音やどこかに何かをぶつけた音、つい力を込めて立ち止まったような音が、同時にした。
「?!……大丈夫?」
少女は立ち止まり、驚いた表情のまま、パッと素早く振り向いた。
その時、礼拝堂の最奥――縦に長大なうつくしいステンドグラスに、真冬の晴天の光が射す。
黒髪が浮かんで波打ち、一拍遅れて再びふわっ…と、肩と背に流れ落ちた。
澄んだ眼差しは、レガート湖の青。
一瞬の絵画に、少年達は釘付けとなる。
「あぁ、うん。……そうだね。
君がここを花嫁のドレスで歩く姿は、きっと素晴らしいだろうね。そういう、憧れってある?」
束の間、何かに考えを捕らわれたような沈黙を挟みはしたが、ユシッドは微笑みながら、穏やかに問い返した。
「それは――はい、ありますよ。想像もつきませんが……
でも、父は黙ってエスコートしてくださるかな。ちょっと心配です」
少しの恥じらいに頬を染め、隠すように睫毛の影を落とすエウルナリア。
照れをごまかすために出した父の存在は、その場では、彼女が思った以上の効果を発揮した。
* * *
「創国の故事?……あぁ、あれか」
なんとなく、誰もいない礼拝堂が心地よくて、四人は思い思いに長椅子に掛けて歓談している。レインですら、ユシッドの「まぁ、座りなよ」には勝てなかった。
(……この方、どことなくアルム様に似てるな…)
レインは心の中で呟いた。――なんとなく、大切な少女には気づいて欲しくない。
「ご存じでしたか?すごい。知りたければ、ここで調べるよう父に言われたんですが……あの、書物の類いを、こちらでは見せては頂けるんでしょうか?」
少女は、ぱあぁぁ……と嬉しそうに顔を綻ばせたあと直ぐ、おそるおそるという風に灰銀の髪の――もうちょっとで青年になりそうな少年に、問いかける。
ユシッドは口許に手を当てながら、クスクスと穏やかに、少し低めの声で笑った。
「残念。書物には残ってないけど、歴代の聖職者を束ねる司祭とその後継者なら、知ってる。私も後継者候補だから、よければ教えるけど。
―――それでいいかな?姫君」
穏やかだけど、時おり強かさを感じさせる暗紅色の視線は、今は楽しげにエウルナリアに向けられている。




