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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 入学前

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82 星祭りの邂逅※

「これは…壁?…扉がないんだけど……」


 歩道から見上げたときは気づかなかったが、礼拝堂があると思われた尖塔アーチ郡の奥は、黒く塗られた木の壁だった。

 おかげで、かなり奥行きがあるように見えた通路は、存外に長くないと判明したのだが。


だまし絵(トリックアート)とかじゃないですか?」


「まさか」


 エウルナリアは早速、文字どおり壁にぶつかった。

 もう少し落ち着いて、離れて全体を見てみよう――…そう思い、壁を見上げたまま後退(あとずさ)りした彼女は、どん!と誰かにぶつかった。


 目の当たりにしたレインは、思わず「エルゥ様!」と声を張ってしまう。


 ぶつかられた人物は、バランスを崩してよろめく少女の肩を危うげなく支えた。


「おっと。……平気?」


 ――肩に触れる手の大きさと指の感じ、それに声。

 総じて『知らないひとだ』と瞬時に判断した少女は、わたわたと慌てた。


「っ!…ご、ごめんなさい、失礼を…」


 ぶつかった相手がグランなら、軽く流してもらえる。そんな淡い希望は、相手の最初の一声で既にない。謝罪しないと…と、焦りばかりが先に募る。


「いいや、こちらこそ――…ん?…“エルゥ”……?」


 慌てる少女を支える手の主は、なにかに引っ掛かったらしい。穏やかな(こた)えは途中から、小さく口のなかで呟かれた独り言に取って代わられている。


 耳聡く、ぴん、と反応するエウルナリア。


 (私の愛称、知ってる……?知らないひとじゃ、ない?)


 首から上をできるだけ(ひね)って後ろを窺い、更に見上げる。外からの逆光で見づらいが――


挿絵(By みてみん)



 かれは、グランよりも背の高い、少し年上の少年だった。青年というには、まだ瑞々しい雰囲気が頬の辺りに残っている。


 驚きに見開かれた目は少し垂れて、ガーネットや柘榴(ざくろ)を思わせる暗紅色。やんわりとした包容力を感じさせつつも、意思のつよそうな眉。髪は灰銀。柔らかそうな質感で、襟足は短いが長めの前髪がふわりと揺れている。

 はっとするほどの美貌でありながら、普段は穏やかに微笑んでいそうな顔立ちだ。


 エウルナリアを受け止めたとき、その体幹は少しも揺るがなかった。おそらく、剣などをきっちり嗜んでいるのだろう。


 どことなく癖のある、柔らかいのに強い眼差しの持ち主―――……やはり、心当たりがない。一度見たら忘れようのない雰囲気があるのに、と、エウルナリアは内心で首を傾げた。



 礼拝堂への通路の真ん中にて。

 黒髪の少女と灰銀髪の少年が、互いを見つめながら固まってしまっている。


 レインは遠慮がちに、しかし、はっきりとした牽制を込めて年長の少年に()()、声をかけた。


「…失礼、主を助けていただき、感謝申し上げます。実は初めてこちらに参りましたので、入り口が分からず……お怪我はございませんか?」


「ん?…あぁ、大丈夫。君は彼女の従者だね。入り口、教えようか?ここだよ」


 青年の、一歩手前くらいだろう少年は、年長者の余裕でにこりと笑んだ。ごく自然にエウルナリアの手を優しくとり、レインの元へと導く。

 ――エスコートに慣れている。貴族の子息だ。



 そこへ。

 殿(しんがり)のグランがようやく辿り着いた。すでに何かを諦めたような、呆れを含む声が通路に反響する。


「何で俺が目を離した隙に、絡まれてんだよ…大丈夫か?エルゥ」


 黒髪の少女は、しょんぼりした。


「……平気。むしろ絡んだのは私だし、転びそうになったのを助けていただいたの……ご免なさい。不注意でした」


 エウルナリアは、つとレインの手から離れると、灰銀髪の少年に淑女の礼をとった。


「…申し遅れましたね。バード楽士伯家アルムの娘、エウルナリアですわ。先程はご迷惑をおかけしました。ご容赦を」


 少年は暗紅色の目を丸くして、少女をまじまじと見つめた。

 一瞬のあと、ハッと気づき、優雅にやさしく紳士の礼を返す。


「こちらこそ。名乗らずに恐縮です、エウルナリア嬢。

 ――ユシッド、とお呼びください。家名を告げることは、固く禁じられていますので」


「構いませんわ」


 姿勢を直した両者は、何となく波長が合ったのか。同時に、ふわりと微笑みあった。




   *   *   *




 黒い壁は最初にレインが言ったとおり、確かにだまし絵(トリックアート)だった。見事にだまされた。


「この壁は外観上、奥行きがあるよう見せるために黒く塗られてるんだよ。で、通用口はここ」


 キィ、と蝶番(ちょうつがい)が軋む音をたてて、大きな黒壁の右下部分が開いた。

 確かに、よく見ればわかる。

 しかし――


「まるで、巨人のお家の扉に、こっそり人間用の出入り口が作られてるみたいですね?」


 少女の言葉に、エスコートを申し出た灰銀の髪の少年――ユシッドは、眩しそうに目を細めて微笑(わら)った。


「そう。私も小さい頃、初めてここに来たとき、同じことを思ったよ。

 ……うん、教義の講話は終わってる。いちおう静かに入ってね。そこの、姫君の守護騎士くん達も」


「……はい」

「承知しています」


 悪戯っぽい暗紅色の視線が、エウルナリアの後ろの二人に投げかけられる。




 明らかに上位貴族の子息。

 しかも聖教会に通い慣れている。

 加えて、その髪と目の色。



 レインとグランは、その家名に心当たりがあったが、ユシッドの口許にそっと寄せられた『静かにね』の人差し指の仕草に、違う意図を察してしまい――――かりそめの騎士として、()()従った。


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