81 レガティアの星祭り(5)
サングリード聖教会――一般には《聖教会》の名で知られる建物は、大陸の何処にでも見られる。
千年以上昔、サングリードという一人の聖者が説いた教えのもと、聖職者達が日夜、人びとを守り導くとされる場所だ。
他の宗教と争う姿勢も見せず、聖職者となった者は、教義と併せて人を救うための具体的な方法――医療術を習う。
学んでいる間は、労働の見返りに最低限の衣食住が保証されるし、一人前の聖職者は治療への代価がわりに患者から施された「喜捨」を受けることができる。
妻帯も認められているし、もちろん女性の聖職者もいる。果ては、医療術に従事したいからと教会の門を叩く者もいる。様々だ。
ゆえに、サングリード聖教を国教と定めるレガートには、民の救護を旨とする国府がない。
レガティア建設後しばらくは存在したらしいが、当時の聖教会と職務があまりにも重なったため、統合・吸収されたという。――国府が、教会に。
祈りの象徴とされるのは、円の中に刻まれた星十字。
それを、中央の礼拝堂の入り口に飾った石造りの建物――聖教会レガート支部庁舎を前にして、エウルナリア達は立ち止まった。
大きい。
外観は白。
切り出された石が巧みに加工され、組み上げられた技術と美観の結晶が、ここにある。
「大きいね……それに、すごく綺麗」
首が痛くならないか周囲が心配するほど、礼拝堂の両脇に建つ二本の尖塔をぐっと見上げたエウルナリアは、呟いた。彼女の口許に白い息が漂う。――よほど驚いたのか、唇がちいさく開いている。
グランは、傍らの少女の無防備な様子に眉尻を下げつつも、口の端を上げた。きつい濃紺の眼差しが柔らかくなる。
「…医療所も兼ねた、平民にとっちゃ無いと困る場所だからな。
それに、エルゥの言うとおりレガートの支部庁舎は特に綺麗なんだって。観光客も祈りがてら、よく立ち寄るらしいぞ?」
「物知りですね、グラン」
「馬鹿にすんなよ、レイン。元騎士見習いを舐めんな。つうか、俺は元々平民よりなの。シルク商男爵家の、今の夫人――母は平民だったから」
「へぇ」
わりと淡々とした返事に、逆にグランがたじろいだ。
彼は、貴族が平民を伴侶にするのは珍しいことだと知っている。両親は結婚するために家格を気にして、いちど母を養子縁組させたほどだ。
レインはそれ以上、口を開く気配がない。
主である少女は、ちょっと困った表情で助け船を出した。
「貴族と平民の結婚は、皇国楽士団ではよくあることなの。ほら、みんな芸術学院の卒院生ばっかりだし。音が合えば気が合うことも多いらしくって」
「へぇ…」
今度はグランが、少し気の抜けた返事をした。
じっと目の前の主従を眺める。
「なに?」
「……いや、何でもない。中、入ろうぜ」
「そうね!」と元気に笑みを浮かべ、栗色の髪の従者を伴った姫君は、聳え立つ尖塔アーチ郡の奥にある礼拝堂の入り口に向けて、石の階段を昇っていった。
赤髪の少年は何となく殿をつとめる気分で、彼らのあとに続いた。




