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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 入学前

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79 レガティアの星祭り(3)

 時刻は午前九時。

 芸術の国レガートの都、レガティアは賑わっていた。


 真冬にしては珍しい晴天で、低い位置の日光を、木々や街路に積もった白雪が丁寧に弾き返している。

 加えて、今日と明日は年越しの星祭り。あちこちに飾られた銀星(ぎんぼし)が、負けじと煌めきあうものだから、薄暗い馬車から出たなりの貴人であれば、目がチカチカしたことだろう。


 観光街の中央――都を東西南北に貫くメインストリートが交わる、大円形広場にて。

 バード家の箱馬車から降りたエウルナリア達は、今まさに、そんな状態だった。


「うぅ…まぶしい…」


「大丈夫ですか?エルゥ様」


「エルゥは引きこもりだもんなー」


 行き交う人の流れに巻き込まれぬよう、それとなく主従を広場の脇に誘導するのは、背の高い、きりっとした濃紺の瞳に赤髪の少年。

 手を引かれるのは、妖精のような黒い髪の美少女。

 彼女に付き従うのは、涼しい灰色の瞳に栗色の長い括り髪が印象的な、ほっそりとした美少年。



 ――まるで、そこだけが時間を止めたかのように。



 周囲の誰かが、ほぅ…と、ため息を洩らした。




 広場の形は、中央の大噴水を囲んだ円形。(みち)の広さは、箱馬車がすれ違ってなお、露店が外周付近を埋められる程にある。

 本当の外周は一段高く、石畳が敷き詰められた歩道部分。そこから、周囲の建物へと繋がっている。

 エウルナリア達は、その歩道の脇に寄ったところだ。


 決して、人が少ないわけではない。むしろ多い。観光客も夏ほどではないが、星祭りを楽しむために遠方から足を伸ばしている人も、多数見受けられる。


 いたずらに目を引くつもりではなかった赤髪の少年――グランは、小さく舌打ちした。

 騎士見習い時代に培った立ち居振舞いで、周囲をそれとなく見回す。―――…目が合い、ぱっと外したり、ばつの悪そうな顔で立ち去る大人も少々。

 あとはグランの視線に気づかず、主従に見惚れたままのようだ。


 (さすがに、堂々と午前中から絡んでくる奴はいないか)


「…くっそ、責任重大だ……」


 軽く天を仰いだグランの呟きは、徐々にざわめきを取り戻しつつある街の賑わいに、紛れて消えた。




   *   *   *




 時は少し遡る。

 バード邸の居間で寛いでいたアルムが、そろそろ銀の星の由来について語ろうか…と、姿勢を正した時のことだった。


 コンコン、と扉を叩く音。


「どうぞ」


 アルムの応えにカチャ、とドアノブが回される。

 「ご歓談中、失礼します」と入室したのは、家令のダーニクだ。

 彼のどことなく申し訳なさそうな表情に、何かを察した歌長(うたおさ)は、ふいっと顔を背けた。


「……いやだ。行かない」


「まだ、何も申し上げておりませんが」


「いや、わかる。経験上わかるんだ――…陛下が呼んでるんだろう?」


「惜しいですね。皇女殿下ですよ。侍従の方が直接お見えです」


 アルムは、がくりと項垂れた。


「……父娘(おやこ)で遺伝してるの?その呼びつけ癖」


「私に聞かれましても」


 ダーニクは眉尻を下げつつ容赦ない。「どうなさいますか?」と、重ねて問うた。


「…行くよ……あぁ、行くに決まってるよ、楽士伯家の当主なんだから。すまないね、エルゥ。噂をすれば――だ。ちょっと行ってくる」


「あ、いいえ。その……おつとめ大変ですが…殿下に、宜しくお仕えください。私は平気です。寂しいですけど」


 本心をそのまま溢した少女は、少し困った顔で微笑んだ。そのまま立ち上がり、入り口の二人に声をかける。


「レイン。せめてお父様に、移動中に何か召し上がれるよう、急だけど用意できないか厨房に確認を。ダーニクは、私に気にせずお父様の準備をお願いね」


 凛とした令嬢の指示に、栗色の髪の親子は揃って一礼した。


「はい、エウルナリア様」


「申し訳ありません、お嬢様――お心遣いに感謝いたします。さ、アルム様。とりあえず、お着替えを」


「あぁ…うん。そうだね…」


 ため息を吐いて項垂れていたアルムは、部屋を出る際、ふと振り返った。

 濃い緑の視線は、まだちょっと名残惜しそうだが――娘のもとに残る思いを振りきるように、少し甘めの笑顔となる。


「…創国の故事だけど、自分で調べるほうが楽しいかもしれないね。外出の許可をあげよう。


 一つ、レインとグランを伴うこと。

 二つ、行動範囲は中央の大円形広場のみ。

 三つ、訪問先は、聖教会のレガート支部庁舎。


 ―――…以上の三つを守れるなら、馬車を使っていいよ。御者にも伝えておこう。どう?エルゥ」


 エウルナリアは父の提案を聞いて、じわじわと笑顔になった。両手を胸の前で組み、青い目がきらきらと輝く。


「……よろしいんですか?お父様。嬉しい…!えぇ、ぜひ、自分で調べますとも!」


 アルムも、やっと背筋が伸びた――項垂れた歌長など、誰も見向きはしないとばかりに。


 にこりと、笑む。


「じゃあ、お互い『行ってきます』だね」


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