77 レガティアの星祭り(1)
迫る年の瀬。一年の終わりと始まりの催しごとは、レガティアの冬をうつくしく彩る。
平民街も、観光街も、貴族街も、いたるところで見受けられるのは銀に輝く星飾り。オーナメントの色は銀色、形は星ならなんでも良いとされているので、芸術の都と名高いこの国は、何処もかしこも作品展示会の様相を呈している。
街路樹も、街灯も、家々の玄関さえも――
――それは、バード邸も同じこと。
レインは、本邸の玄関扉にきらきらと光る輪の飾りを架けていた。
蔓を用いたリースに、白い花と金の鈴。銀糸で編んだ星の花と青いリボンが組み込まれた繊細な飾りだ。
ふと、灰色の目が純粋な疑問で動きを止めた。
「……ところで、なぜ新年の祝いのしるしは《銀の星》なんでしたっけ?」
いかにも、そう言えば…という風に、従者の少年が側の主に問いかけた。
少女は、ふむ、とばかりに片肘に手を添え、口許に指をあてる。
「あんまり国中お祭り騒ぎだから、由来を忘れてたけど…本当ね。キリエに訊いてみる?」
「母は、けっこう大雑把なひとですから、多分知りませんよ」
「じゃあ、フィーネ?」
「姉は、どうかな…現実主義者で、夢を見ないところがありますから。生活の役に立たないことは覚えていなさそうです」
身内の女性陣に対し、ひどい言いようである。本人を前にしては恐らく言えまい――と、エウルナリアは慮るに留めておいた。
――そのとき。
主従が背を向ける径から、落ち着いた足音とともに柔らかなテノールが響いた。
「レガート創国の故事だね」
「お父様!」
「お帰りなさいませ、アルム様」
まだ、辺りは薄暗い早朝。
ちょうど帰宅の途についたアルムに、エウルナリアは段上から駆け寄り、レインは従者の礼をとった。
エウルナリアの背は、今やアルムの胸まである。さすがに受け止めきれないのでは――と、従者の少年は危ぶむが、仕事帰りの歌長は、難なく娘の身体を抱き止めた。
「ただいま、エルゥ。レインも朝からご苦労様――飾り付けの手伝いかい?」
「はい」と答える従者をよそに、少女は父の腕の中から、真っ直ぐに問いかける。
「お父様、創国の故事について、お伺いしたいのですが……あ、でも。ここでは何ですよね。朝食のときに教えていただけます?」
アルムは「勿論だよ、私の姫君」と嬉しそうに微笑み、彼女の冷たい頬に口づけてから、玄関への階段を上がった。――久しぶりに自ら飛び込んで来た愛娘を離さず、抱き上げたまま。
エウルナリアは、さすがに狼狽した。
「お、お父様。申し訳ありません、降ろしてください」
「どうして?」
わかっているだろうに、小首を傾げて訊くアルム。
父の考えが大体読めるようになったエウルナリアは、あえて儚げに見えるよう、嘆息した。
「……降ろしていただけないのなら、私、もう二度とお父様の腕には飛び込みませんわ」
「え…」
今度はアルムが硬直した。
―――…しょうがないねと、笑んだ父にふわりと降ろされた少女の足が地についたのは、その直ぐあとのこと。




