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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 入学前

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77 レガティアの星祭り(1)

 迫る年の瀬。一年の終わりと始まりの催しごとは、レガティアの冬をうつくしく彩る。


 平民街も、観光街も、貴族街も、いたるところで見受けられるのは銀に輝く星飾り。オーナメントの色は銀色、形は星ならなんでも良いとされているので、芸術の都と名高いこの国は、何処もかしこも作品展示会の様相を呈している。

 街路樹も、街灯も、家々の玄関さえも――



 ――それは、バード邸も同じこと。


 レインは、本邸の玄関扉にきらきらと光る輪の飾りを架けていた。

 蔓を用いたリースに、白い花と金の鈴。銀糸で編んだ星の花と青いリボンが組み込まれた繊細な飾りだ。

 ふと、灰色の目が純粋な疑問で動きを止めた。


「……ところで、なぜ新年の祝いの()()()は《銀の星》なんでしたっけ?」


 いかにも、そう言えば…という風に、従者の少年が側の主に問いかけた。

 少女は、ふむ、とばかりに片肘に手を添え、口許に指をあてる。


「あんまり国中お祭り騒ぎだから、由来を忘れてたけど…本当ね。キリエに訊いてみる?」


「母は、けっこう大雑把なひとですから、多分知りませんよ」


「じゃあ、フィーネ?」


「姉は、どうかな…現実主義者で、夢を見ないところがありますから。生活の役に立たないことは覚えていなさそうです」


 身内の女性陣に対し、ひどい言いようである。本人を前にしては恐らく言えまい――と、エウルナリアは(おもんぱか)るに留めておいた。




 ――そのとき。

 主従が背を向ける(こみち)から、落ち着いた足音とともに柔らかなテノールが響いた。


「レガート創国の故事だね」


「お父様!」


「お帰りなさいませ、アルム様」


 まだ、辺りは薄暗い早朝。

 ちょうど帰宅の途についたアルムに、エウルナリアは段上から駆け寄り、レインは従者の礼をとった。


 エウルナリアの背は、今やアルムの胸まである。さすがに受け止めきれないのでは――と、従者の少年は危ぶむが、仕事帰りの歌長(うたおさ)は、難なく娘の身体を抱き止めた。


「ただいま、エルゥ。レインも朝からご苦労様――飾り付けの手伝いかい?」


 「はい」と答える従者をよそに、少女は父の腕の中から、真っ直ぐに問いかける。


「お父様、創国の故事について、お伺いしたいのですが……あ、でも。ここでは何ですよね。朝食のときに教えていただけます?」


 アルムは「勿論だよ、私の姫君」と嬉しそうに微笑み、彼女の冷たい頬に口づけてから、玄関への階段を上がった。――久しぶりに自ら飛び込んで来た愛娘を離さず、抱き上げたまま。


 エウルナリアは、さすがに狼狽した。


「お、お父様。申し訳ありません、降ろしてください」


「どうして?」


 わかっているだろうに、小首を傾げて訊くアルム。

 父の考えが大体読めるようになったエウルナリアは、あえて儚げに見えるよう、嘆息した。


「……降ろしていただけないのなら、私、もう二度とお父様の腕には飛び込みませんわ」


「え…」


 今度はアルムが硬直した。



 ―――…しょうがないねと、笑んだ父にふわりと降ろされた少女の足が地についたのは、その直ぐあとのこと。


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