75 それぞれの課題と癒し
「あったんだな、レインにも。弱点って」
「…言わないでください、グラン」
ほう、と先程よりよほど感心した表情を浮かべる赤髪の少年に、従者の少年は抗議した。
心持ち、一つに括った栗色の髪が流れる背は項垂れている――グランの試験曲の伴奏を、たった今終えたばかりである。
黒髪の令嬢は椅子に座って彼らを眺めていた。仲が良いのはいいことだと、努めて口は挟まない。更に見守る。
「いや、まぁ…気にすんなよ。誰にでも不得手はあるからさ」
「フォローするような振りで、傷に塩を塗り込むようなこと言わないでください…!えぇその通りです。僕は初見が苦手ですとも」
トランペットを右手だけで軽く持ったグランは、ぽん、とピアノの鍵盤に突っ伏したレインの肩を叩いた。
初見――初めて見た楽譜を演奏すること。レインは確かにそれが苦手だ。
下手ではない。だが、普段神がかった演奏を聴かせてくれるので落差が激しい。ミスタッチは当たり前、楽譜の読み違いもままある。
音楽家にとって読譜能力は必須だ。確か、学院の音楽科では必須科目にあたる。……みっちり四年間。
エウルナリアは、そろそろ助けてあげようかなと指を唇の下にあてて小首を傾げた。
「…うん。まぁ、それぞれ課題が見つかって良かったじゃない。グランはまず、伴奏されること自体に慣れてないよね。ずっと一人で吹いてたからだろうけど。ピアノの音に引っ張られすぎ。
レインは…グランが言った通りだよね。引き続き、毎日キリエから特訓を受けてください」
「う」
「…はい……」
二人の少年はそれぞれ、胸に刺さるものを感じながら返事をした。
その時、コンコンと扉が叩かれ、「失礼します」と室内にメイドの女性が入室する。
「お嬢様、ロゼル様がお見えになりましたが」
途端に、ぱあぁぁ……!と気色を浮かべるエウルナリア。青い目がきらきらと輝いた。
「お通しして、すぐ。離れのサロンでお迎えします。お茶は私が淹れるから、貴女は案内だけしてくれる?」
「畏まりました」
くすくす、と微笑みながら女性は一礼して退室した。
* * *
サロンに移動した幼馴染みの三人は、四人目を迎えるためにそれぞれ動いた。
エウルナリアは室内に用意してあった焼き菓子を確認してから茶葉を選び、レインはお湯を沸かす。
グランは――彼も客なので、本来は何もやらなくていい。窓際のソファーでクッションを適当に動かしたあと、深く腰掛けて足を組み、寛いだ姿勢で主従を見つめている。
「…眼福だよねー……」
「ん?何か言った?グラン」
「いや、何も」
形のよい唇が笑んでいる。機嫌は良さそうだし、まぁいいか…と、少女が再び手元に視線を戻したとき。
コツ、コツ……と、アルムほど重々しくはないが、落ち着いた足音が開かれた扉の向こうから聞こえた。
ほどなく姿を現したのは、いつも通りの男装の少女、ロゼル。エウルナリアは嬉しそうに、扉の側に佇む彼女の元へと歩を進めた。
「ごきげんよう、ロゼル。雪の中、来てくださってありがとう」
「ごきげんよう、エルゥ。こちらこそお招きありがとう。邪魔者がいなければ、尚いいんだけど」
親友の挨拶に添えられた言葉の意味を、黒髪の令嬢は一瞬考え――「もう、ロゼルったら!」と、幼い頃から一向に変わらない音楽的な笑い声を、鈴の音のようにサロンの天井から響かせた。
書かないでいる、というのは思いのほか大変でした…でも、これからは「書けない」と感じたときは、素直に投稿を見送ろうと思います。
この頁をたまたま見つけてくださった方も、どうか体調にはお気をつけて。




