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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 入学前

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72 三者、三竦み

 離れの入り口は、今は雪に覆われているが、春になれば白い野ばらの茂みに飾られる。


 二段しかない石の階段を昇った家人や、客人を迎えるのは、少し小ぶりな両開きの扉。

 アーチ型の上部には、本邸と同様にステンドグラスが嵌め込まれている。意匠は、夜明けの丘と白い三日月…それに、明けの明星。

 空の、紺から紫、薔薇色へと至るまでの配色が絶妙だ。


「えぇと…グラン、ありがとう。もういいよ?」


 扉の前まで辿り着いたエウルナリアは、まだグランのポケットで温められたままの左手を引っ張った。…が、指ごと絡めとられて、なかなか抜けない。


「俺はまだ、このままでもいいんだけどな…」


 ぴったりと、隣に佇む背の高い赤髪の少年。

 ステンドグラスの紺より深い濃紺の眼差しが右下に流され、ひた、とエウルナリアを見据える。


 歩きながら――話している今も、さわさわとグランの指がやたら優しく指や手を撫でる感触がするので、少女としては直ぐにでも引っ張り出したいのだが……


 (なにこれ。くすぐったい?…違う気がする。変!)


 …――嫌というわけではない。でも、ぞくぞくする。妙に胸がざわつき、手をなぞる指に意識を持っていかれてしまう。

 そのことに戸惑い、焦ったエウルナリアは、困り果てた顔で正直にお願いすることにした。


「あの…手、撫でるのやめて?」


「やだ」


「また始まった…グランの、いじめっ子…!」


「いじめてない。ほら、こんなに優しい」


 いじめっ子呼ばわりを受けた少年は、にこりと一つ微笑むと、少女の細い手首の内側まで親指で丹念に、ゆっくりと撫でてきた。


 一際(ひときわ)つよく、背筋がぞくっとした。エウルナリアの頬が、さすがに熱くなる。

 ――おかしい。普段のエスコートでも手は触れるのに。


「……ッ、そうじゃない!優しいから、困ってるの!」


 黒髪の少女は、赤くなった頬を隠すように顔を背け、潤ませた青い目だけで隣の少年を睨んだ。もちろん、手は全力で引っ張っている。



 一瞬の沈黙。

 ややあって、紺色の目の光を和らげた少年は「うわ…破壊力抜群」と、呟き、エウルナリアの指を捕らえていた力を(ゆる)めた。


「わかった。ごめんな?」


「うぅ…、わかったなら、いいよ…

 あのね?これ、他の子にしちゃ駄目よ?された側は、すっごく、困るから」


「はい、姫君」


 なぜか、敬語のグランは呆気なくポケットの中の拘束を解く。


 ――――するり、と。

 姫君の(ぬく)められた左手は、ようやく解放された。




   *   *   *




「ただいま…」


「失礼します。キリエさん、こんにちは」


 ぐったりと疲弊(ひへい)しきった様子のエウルナリア。

 この真冬に、ほくほくと嬉しそうなグラン。

 離れの二階、ピアノ室に現れた二人は見事に対照的だった。


 (何か、したな……)


 瞬時に悟ったレインは灰色の目をすぅっと細め、扉の前に立つ赤髪の少年に冷えきった視線を投げつける。


 年若い三名の様子に「あらあらまぁまぁ」と苦笑を(にじ)ませたキリエは、静かに怒れる息子を無視し、目の前の男爵令息に淑女の礼をとった。


「お久し振りでございます、グラン様。本日はようこそ。外で、なにかございました?」


「いえ別に」


 しれっと答えるグランに、隣のエウルナリアが物言いたげな気配を発する。…が、結局黙ってしまう。

 キリエは、普段おだやかな茶色の目を少しだけ、細めた。口許は微笑んでいる。


「左様でございますか?なら、良いのですが」


 (いちおう候補者の若君ですもの。それは、そう答えるでしょうね…お嬢様も、レインも大変なこと)


 ――やがて、キリエはレッスンに使った楽譜などを片付けると「では、ごゆっくり」と、去ってしまった。



 ぱたん、と扉が閉まる音。

 残された三名の間に微妙な空気が流れた。


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