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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 入学前

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70 少年従者の憂慮

 “姫へ


  レガティアはもう冬だろうか。こちらはまだ、寒さからはほど遠い。

  先日は久しぶりに其方(そなた)の顔を見られて幸いだった。


  正直、楽士団も歌長も、私にとっては付き添いのようなものだ。来年以降は姫だけで良いとアルムに伝えてくれ。


  一年にいちどしか会えないのは寂しいが、会うたびにうつくしくなる姫を見るのは楽しい。初めて会ったときは易々と抱き上げられたのにな。

  従者にも伝えてくれ。「遠慮を覚えたらどうだ」と。


  おかげさまで、後宮から(ようや)く妃を一掃できたことに感謝する。苦節……何年かは忘れた。私も年齢は気にしないことにする。


  最終日の夜、余人を(まじ)えぬことを条件に聴かせてもらった其方の歌が、未だに耳に残って離れない。


  …だめだ、何も書けそうにない。

  あれは危険だな。私は姫の父親じゃなくて良かったよ。心臓がもたない。

  前言撤回だ。可哀想だから、次回以降はアルムだけ同伴で構わない。


  来年と言わず、いつでも来るといい。

  来なければ、また招こう。


  学院で更に学び、成長した姫と再び(まみ)える日を楽しみにしている。

  達者でな。


              ジュード”




   *   *   *




「ふふふ……」


 閉じられた窓の向こう、灰色の空からは、舞い降りた雪がちらついている。

 冬の、早朝――暖炉に投じられた(まき)が、ぱちんとはぜる。

 飴色の机で、異国の友人からの手紙に目を通していた令嬢は、抑えきれなかった笑いをつい、()らした。


「ジュード王は、何と?」


 華奢な背を震わせる黒髪の令嬢のうしろ、頭上で、声変わりを経て少し低くなった涼しい声がした。

 腰まで伸びて一つに括られた栗色の髪が一房(ひとふさ)、さらりと視界に映る。左側にそっと置かれたのは、ピアノが似合う大きめな手――レインだ。


 彼は、背が高くなった。しかもまだ伸びるらしい。


 黒髪の令嬢は、いくらか伸びたものの、十四歳の割にはやや小柄だ。


「相変わらず、楽しい方よ。貴方にも伝言があるわ――ほら」


 つい、と手紙を左側に寄せて見上げると、出会ったときより頬の線がすっきりとした、綺麗な顔が見えた。


 (睫毛、あいかわらず長いな…生まれた性別、間違えたよね。レインって)


 主の失礼な内心は、もちろん従者の耳に届かない。彼は、あっという間に読み終えると淡々と感想を述べた。


「しょうもない……エルゥ様。お返事には『貴方が年齢を忘れるから、従者が遠慮を覚えないのです』と、書いてください。あと、これ、アルム様にも見せてくださいね?」


 一国の王を『しょうもない』と言い、直筆(じきひつ)の手紙を『これ』呼ばわりするレインには、確かに遠慮など何処(どこ)にもない。エウルナリアはゆっくりと(うなづ)いた。


「えぇ、勿論(もちろん)お父様にもお見せするわ。レインも――ずいぶん、ジュード様と仲良くなったのね?」


「…勘弁してください……」


 困り果てた笑顔で、従者は呟いた。


「さ、準備、やっちゃおう。楽しみね。この冬が終わればやっと、学院生よ!」


 隣に立つ従者に、惜しげもなく嬉々とした笑顔が向けられる。


 ――愛らしさは一片(いっぺん)(そこ)なわれることなく、成長の途中であることを匂わせる、すんなりと伸びた肢体(したい)

 緩やかに波打つ黒髪はつややかに、身動きするたび冬の日光すら集めて、弾く。その丈は背の半ばと細い腰の、ちょうど間。

 表情こそ無邪気だが、どこからどう見ても――


「……だめだ…無自覚だから性質(たち)がわるい。余計な(やから)が寄ってくるところしか、想像できません」


「えぇと……何だか、ナーバスね?

 まぁ、あんまり悲観しないで。確かに貴族の面倒な派閥はあるみたいだけど、気にせず(さば)いていこうよ。ね?」


 立ち上がった主は、頭頂部がレインの(あご)くらい。青い目が見上げるように彼の顔を覗き込み、よしよしと栗色の頭を撫でている。


「――……」


 エウルナリアの、白くて小さな優しい手。

 距離の近さと、気遣う心で警戒が解かれた、透き通った甘い声。


 …――どうしよう。不安しかない。


 四年前から焦がれてやまない、主の手の感触には一切の抵抗も見せず、従者の少年は灰色の目を瞑り、嘆息した。


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