68 “なぜ?”の答え
ちっとも甘くありません。ある意味甘いですが。苦手な方はスルーで…
エウルナリアは、扉付近で控えているレインをちらり、と見た。主の視線に気づいた従者の少年は、すぐに「なにか?」と歩み寄る。
少女は、申し訳なさそうに彼を見上げ、一つのお願いごとをした。
「ごめんね、レイン。紅茶を淹れ直したいから、厨房でお湯を沸かして来てくれる?それと、違う種類の茶葉もいくつか」
「…はい。心得ました」
少年は、一拍の間のあと、優しい笑みを浮かべて退室した。
――このサロンでも、湯を沸かせることは知っている。茶葉も茶器も、一通り揃えてある。
けれど、『少し、聞かれたくないの』という彼女の本意は正しく伝わったらしい。
(ほんとうに、たまに暴走しちゃう以外はすごく優秀な従者なのよね……)
コツ、コツと遠ざかる足音を聞きながら、少女は知らず、肩に力が入ったままなのを自覚した。
――…緊張している。
たかが課題、されど課題。アルムの思わせ振りな態度も気になったが、エウルナリアはこの問いが、どうもただの歴史の課題とは思えなかった。
先生も父も、友も。皆、口を揃えて《機密》と言った――その理由は、とても重大なことに繋がっている。そんな予感がしたから。
“皇国は、なぜ滅びなかったのか?”
――小さすぎる、一都市ていどの国土と人口。
文化的な価値と観光産業のみの収入。
軍事力は皆無に等しく、攻められれば必ず負ける。
経済封鎖も同様で、降服するより他にない。
長所は、大陸随一の芸術都市であること。そういった人材の宝庫であること。
地理的に恵まれた場所であること…それだけ。
皇国楽士団は、表向き外貨を得るための使節団だが、その代表者は外交府特使として各国の王族と何らかの交渉をしていること。
また、おそらくはキーラ画伯家を筆頭に、諜報活動にも余念がないこと……――
調べたことや気づいたことを、エウルナリアは滔々と正面に座するユーリズ女史に語った。
灰髪の教師は、口を挟まず、ただ、たまに頷きながら静かに耳を傾けている。
「……加えて、気になったのは初代皇帝と二代目皇帝の名がどこにも残っていないことです。
消してしまったのでしょう?二代目皇帝ご自身が。おそらくは、レガートが一度は大陸を統一したという事実を、出来るだけ早く風化させるため……必要以上の関心を抱かせないために」
長い、長い教え子の論を聞き終えたユーリズ女史は、そこで、ぴしりと問い質す。
「では、課題の問いの――『答えは如何に?』」
エウルナリアもこれに応えて姿勢を正し、青い瞳に力を込めた。
「私は……二代目皇帝が貫いた遺志を、当時の臣下や各国の代表達が守り抜き、今もその多くが遵守しているためと考えます。
答えは“誰も滅ぼそうとは、しなかった”
――『是か、否か?』」
旧い、しきたりに従った問答様式。
エウルナリアは、これ以上の考察は今の自分にはできないと、冷静に捉えている。
沈黙して、待つこと少々――――……
微動だにしなかった両者のうち、灰髪の教師の女性が、すっと瞼を降ろした。やがて、薄く口許に笑みを浮かべ……ゆっくりと、目を開く。
同時に、にこりと微笑った。
「『是』……良いでしょう。及第点といたします。お一人で、その年齢で…よく、がんばりましたね。本当に、素晴らしいです」
エウルナリアは、風船がしぼむように、しゅうぅ……と、自らも縮まったように思えた。がんばり過ぎた反動で、肩を大きく上下させ、「はぁぁ~」と、盛大な溜め息を吐く。
過酷な課題を出した張本人は、少女の目の前でくすくすと笑った。
少女は、それをじとりと睨みながらも、新たに生じた疑問をぶつける。
「…及第点、と仰いましたね。では、どう違うのです?」
あぁ、という風に表情を明るくしたユーリズ女史は、欠片ほどの躊躇も見せずに答えた。
「過去、盟約を反故にした国から、何度も攻められそうになっていますわ。
それを事前に察知し、立ち回り、手を打って未然に防ぐ――というのが、ここ八百年ほど、レガートのお家芸となっております。担い手は……わかりますね?」
「…はい。よーく、わかります…」
“君か、お婿さん。どちらかには、必ず皇国楽士団に在籍してほしい”
――へとへとになった少女の脳裡には、あの日、大好きな父が歌うように告げて来たあの一文が、くっきりと浮かび上がっていた。




