67 乙女の顔
「そうですか、船でセフュラに…良い経験をなさいましたね。王宮と街、どちらが楽しかったですか?」
「はい。キウォン宮は、蓮の湖の畔にあって、白い神殿のように綺麗で、異国らしくて……素敵でした。
街は、全体に細かな水路が張り巡らされていました。小舟で移動するんですよ?河の中に街があるんです!すごく、不思議な所でした…!
うぅん……どちらかなんて、選べません。
ユーリズ先生は?どちらかに行かれました?」
生き生きと、頬を染めて楽しげに語る少女。
窓から入った微風は、そんな彼女をやさしく包むように、ふわりと襟元にあしらったリボンを揺らす。
卓上に飾られた小ぶりなダリアの花は、白や赤、濃い桃色と目に楽しい。
紅茶はこの夏に摘まれた、ほのかに甘みのあるセカンドフラッシュ。
菓子は、アーモンドの粉で焼いたフィナンシェ。
――バード邸の離れのサロンにて。
灰髪の教師と教え子の少女は、夏の名残を風に感じつつ、やわらかな雰囲気で茶会を楽しんでいる。
* * *
実に、優雅な作法で紅茶を淹れた深窓の令嬢は、夏の思い出話となると途端にいつものエウルナリアになった。
きらきらと喜びに溢れた青い目は魅力的だし、風にゆれる柔らかな黒髪は初めて会ったときより、少し伸びたようだ。
――つまり余所行きでなくとも、成長しても、少女は変わらず愛らしい。
ひとつ微笑んだあと、ユーリズ女史は教師らしく滑らかに語りだした。
「私は、家で研究三昧ですわ。たまに外交府に勤めている幼馴染みと会って、お茶を嗜みながら情報交換をするくらいで…
そうそう。セフュラは建国神話に蓮の女神が出てくるのです。王宮はもともと、女神を奉る神殿だったそうですよ?ですから、エウルナリア様が感じた印象は正解です」
「そうなんですか」と言いつつ、少女の青い瞳はきらりと輝いた。話したいことのきっかけを見つけた、とばかりに。
「ユーリズ先生と、幼馴染みの方の会話に興味があります。どのようなお話を?」
灰髪の女性は、紅茶の水色を眺めながら、言葉を紡ぐ。口許はどこか、楽しそうだ。
「彼は主に、東方の国を担当しているのですけど。文化の違いは、互いの主張を通りづらくさせているようで……私から引き出せる歴史上の知識から、色々と得ることもあるそうですわ。
逆に私は、彼から仕事の愚痴を聞くことで、現状の生きた国際問題を知ることができます。これがまた面白くて……あ、失礼。つい」
ほんのりと頬をゆるめて、にこにこと話していたユーリズ女史は、ふと常と違う自分に気づいたのか。『あ』と言ったときに左手を口許に当てて、話すのを止めてしまった。
何となく、察するものがあったエウルナリアは素直な感想をつい、溢す。
「ユーリズ先生、その方のこと、お好きなんですね……」
――瞬間。
時がとまったような顔になった灰髪の女性は、みるみる内に朱に染まり始めた。
伏せられた銀にも見える睫毛の下、青灰色の瞳は、ちょっとだけ泳いでいる。
「え、いえ…?あの、ただ家が近くて昔から話しやすいと言いますか。幼馴染みの、友人ですわ…?」
(ユーリズ先生が、乙女だ……すごい。恋ってすごい!)
いわゆる「恋する乙女」を初めて目の当たりにしたエウルナリアは、内心しきりに感嘆した。
その表情をどうとったのか、灰髪の教師は慌てた様子で話題の転換を試みる。
「!!そ、そうそう。エウルナリア様、課題は出来まして?よろしければ、そちらを伺いたいですわ…?!」
今まで、太刀打ちできない鉄壁の家庭教師だったユーリズ女史はこの瞬間――少女にとって、《大人の女性だけれど可愛らしいひと》に印象を変えた。
「はい。勿論です、先生」
エウルナリアは嬉しそうに、にこっと微笑んだ。




