65 友情の、ちがい
「俺、エルゥに『好き』って言われた、ぞ!」
――カンッ カ、カカンッ!
「へぇ、僕は『大好き』って…!言ってもらいましたよっ!」
――ガッ…
「何っ…あ、やめ!うわぁっ!」
――カーーーンッ!
――夏期休暇の最終日。
今日もバード邸は、平和だ。
庭の四阿にて、隣のロゼルを招いて行われたお茶会には、当然レインとグランが付いてくる。
彼らは、木陰の茶席で談笑する…令息と令嬢のように見える二人から距離をとり、ひらけた場所で剣の稽古をしていた。
最後の高らかな音で、弾き飛ばされたのはグランの木剣。騎士を目指した矜持はどこへやら、負けたことより、相手の言い分に文句があるらしい。
両者、芝生に直に座り込んで、上がってしまった息を赤い顔で整えている。汗も、すごい。
「何だよそれ…!教えろ、もっと詳しく!」
「え、嫌です。勿体ない」
「いーから、教えろ!」
「じゃあ、グランは言えるんですか…『もっと詳しく』?」
流すような灰色の視線は、熱いのか冷たいのかよくわからないが、どこか周囲と違う温度で、確実にグランの紺色の瞳を射る。
「あぁ……うん。確かに言いたくない。でも何か、悔しいな……」
騎士見習いだった少年は、少し伸びた赤い髪を無造作にかきあげて、そのまま仰向けに転がった。
自分達が踏みしめた草の匂い。目を閉じても眼裡を灼く、陽の光。
でも、以前ほどの暑さはもうない。
夏は終わるのだと、背に当たる地面の温度で、なんとなく悟った。
* * *
「元気だね、男の子って…」
セフュラでの逗留時にも似た光景を見たな、と青い目を優しげに細める令嬢。
「あぁ、馬鹿ばっかりだ」
大好きな少女が自ら淹れてくれた紅茶を、深緑の目を伏せて、ゆっくりと味わう令息――の、装いをした令嬢。
今日の話題は、最近の社交事情――誰がどこの令息と婚約したやら、何処かの子爵が出来の悪い嫡子を勘当したやら、色々だ。
ロゼルは基本的にキーラ邸から出ることがない。なのに、とても情報が早い。それは国内に留まらず、時には公よりも早く、外国の報せを持ってくることもある。
(多分、画伯家の領分にかかわることなんだろうな……)
ロゼルは何も言わないが、彼女の父であるキーラ画伯家当主は、一年の大半を外国で過ごしている。彼女の姉達も同様だ。
『キーラ家は完全実力主義。跡取りは末子だけど私だ』とは、以前聞いた、彼女の言葉。
バード家は、たまたまエウルナリアしか子どもがいない。兄弟がいれば似た状況となるのだろうと、黒髪の少女は察した。
「ロゼルは、お婿さんはどうするの?」
聞きながら、自らも紅茶を含む。――今回は、薄く切った檸檬と蜂蜜を入れてみた。……なんとなく、船での檸檬水を思い出す。
「どうもしない。時期が来れば、優秀な婿を父が選ぶ。この格好だって、虫除けだから」
何でもない顔で、ロゼルは言った。
(虫除け……あぁ、うん。好んで着てるようにしか、見えないけど…まぁ、いいか)
「私より、エルゥだろう。どうするの、あれ」
「……『あれ』?」
男装の少女が指差すのは、二人の少年。
――なんで、知ってるんだろう…
「どうもこうも。二人とも、大好きで大事な友達だよ。今は、その…好きって言ってもらえてるけど。婚約者を決めるのは、私が学院を卒業するときだってお父様と約束したもの。
そもそも、レインは従者だし。グランは…まだ、わからないし…」
特に隠すことでもないので、淡々と話すエウルナリア。
ロゼルは珍しく、「うわぁ…」と、憐れみのこもった視線を親友の少女に投げ掛けた。
「生殺しだな……気の毒に」
「?どういう意味?」
愛らしい声の問いには答えず、「美味しかった。おかわり淹れて?」とねだると、少女は嬉々としてポットと茶葉の準備のために席を離れた。
軽やかな鼻歌が、耳を掠める。
口ずさむだけでも、甘い歌声。
「…私は、男に生まれなくて良かったよ、エルゥ」
呟いた、少女にしては低く落ち着いた声音は、頬杖をついて寛ぐ彼女自身の胸の裡に仕舞い込まれた。




