63 みつけて、と願う心(前)
翌日、紅茶の筆記試験にて。
エウルナリアは危うい箇所もなく、見事に合格した。
――が、気分は晴れない。
夏期休暇が終わるまで、今日を含めてあと一週間。ユーリズ女史の課題は見通しがついており、本来なら丸々遊べる期間のはず――なのに。
「一番の難題だよ…」
呟いた言葉を拾うものは、誰もいない。
少女はひとりだった。
起床や食事のほか、移動が必要なあらゆる場面。
――顔を会わせる機会はいくらでもあったし、向こうは至って普通なのに。
「どうしよう。一緒にいると、つらい。喋りたくないなんて…変だよ、私」
少女は、抱えた膝を更に丸めた。
時刻はまだ、昼下がりの一時半。
バード邸の庭の中央、泉を模した噴水の畔に、彼女は隠れている。
* * *
「ばかですか」
冷めきった視線を投げかけるのは、エウルナリアの乳姉妹にして、専属メイドのフィーネ。
視線を甘んじて受けるのは、珍しく渋面のレイン。もはや、この力関係が崩れることはない。
「どこの世界に、大切な主を傷つけて、あまつさえ行方を見失う従者がいるのです?婿など言語道断、片腹痛い……まったく笑えないけど。
貴方、もう一度母上のお腹の中から出直してらっしゃい」
ひどい言われようだ。
しかし、この程度でレインは折れない。
憂える灰色の目を半ば伏せ、ひとつに括った栗色の髪をサラサラと揺らして頭を振る姿は、涼やかで繊細な美少年そのもの。
《外見詐偽》とは、セフュラで剣の稽古のとき、友人となった赤髪の少年からもらった評価だ。――言い得て妙である。
「いいえ、姉上。母上に再度、僕を育てるなんて超過労働は課せられません。婿の件は、アルム様に仰ってください。あと、そういう従者がいるのが、バード邸です。
…教えてください。エウルナリア様はどこですか?」
言い募る弟に、姉はあくまで冷たい。
女性の割に長身な彼女は、すねまで隠れる紺のメイド服だと、余計にすらりとして背も高く見える。
心持ち顎をそびやかしたフィーネは、斜め下を見下ろす姿のままで言い放った。
「『レインには教えないで』と、お嬢様からの厳命よ。私の口から言う訳がないでしょう。
……貴方、よほどあの方を困らせて、怒らせて、悲しませたみたいね。多分、今も胸を痛めておいでだわ」
「なら何故、姉上はエウルナリア様をお一人にしたんです!?」
焦れたレインは、少し声を荒げた。
幾分か悔しそうなレインに、フィーネは「ふぅ…」と息を吐く。
「だから『ばか』と言ったのよ、愚か者。主の気持ちを察しなさい。年ごろの女の子が、同い年の優しかった男の子から、手酷い仕打ちを受けたのよ。
……話を聞いたあとは、そっとして差し上げるのが一番なの!この、ヘタレ唐変木!
今の貴方が、お嬢様に選ばれることはないわ。よく覚えておきなさい」
本邸の、ひとけの少ない通路にて。
弟を見限った姉は、踵を返して職務へと戻っていった。
「……エルゥ様、一体、姉上にどこまで話したんですか…」
残された栗色の髪の少年は、知らず赤らんだ頬を隠すように、長い指の目立つ、年の割には大きめの手のひらで口許を覆い隠した。




