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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 帰国後の夏

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60 乳母のお仕置き(後)

 キリエの《美味しい紅茶の淹れ方とマナー講習会》は、いよいよ後半戦へ。


 あれからエウルナリアは実際にポットと茶器を温めておいて……という、初歩の初歩からやってみた。

 茶葉は正確に(はか)り、熱湯で蒸らし、茶葉に応じた砂時計を使って、きちんと計る。人数分の茶器に濃さが平等になるよう、慎重に注ぎ淹れる。


 ――それらは思った以上に繊細な作業で、少女はまるで薬師か、伝説の練金術師にでもなったかのような、わくわくとした気持ちになった。


 楽しそうなエウルナリアに、他の三名もつい、目的を忘れて和気藹々(わきあいあい)としそうになる。


「…お茶会のとき、招待主として大切なのはお客様に気持ちよく過ごしてもらうこと。その一言に尽きますわ。

 その一環として、場を調(ととの)え、季節の花を見目よく飾ったり、茶器を(こだわ)ったり、相応(ふさわ)しい茶葉や菓子を選んだりするのです」


 ふくよかなキリエは、今は黒髪の少女を招待主としてテーブル脇に立たせ、自分はお手本役として側に立つ。

 フィーネとレインは客役で椅子に座っている。


「お嬢様は、立ち居振舞いは大丈夫です。あとはポットや熱湯の扱いなどに慣れて――《茶の心》さえ抑えられれば、よろしいかと」


 先ほどの、怖々(こわごわ)と熱い湯のポットを傾ける仕草を見抜かれた少女は、ふむ、と指を唇の下に当てて頷く。


「――これからは、積極的に自分で淹れる機会を作ったほうが良さそうね。…フィーネ、レイン。度々つかまえては、色々()いてしまうと思うけど、宜しくね。

 で、キリエ。《茶の心》ってなぁに?」


 ふわっと客役の乳姉弟(ちきょうだい)たちに微笑みかけたエウルナリアは、素直な気持ちで乳母に問う。


 キリエは手元の紙にさらさらと携帯用のペンで何か書きつけたあと、「そうですね…」と答え始めた。


「ある意味、なくとも良いものなのです。拘りなど。茶は喉を潤せばそれで役割を(まっと)うしている、と――けれど、そうではないことをお嬢様は、もうご存じですよね?」


 こくり、と頷くエウルナリア。

 それを見て、満足そうな笑みを浮かべた乳母(キリエ)は、再び滑らかに語り出す。


「茶を淹れる側と、飲む側は、その一瞬を以て繋がっているのです。たとえ、その場だけの客の一人だったとしても。

 互いに互いの立場を尊重し、思いやる心――それが、《茶の心》と私は心得ておりますわ。

 …そして、それが(おろそ)かになると、昨夜のお嬢様のような飲み方となるのです。お分かりいただけまして?」


 ―――返ってきた。

 ここで、再びそこに戻すか……?!という徹底ぶりが安定のキリエ。流石だ。


 エウルナリアは勿論、それに歯向かうなどといった、恐ろしくも愚かな真似は一切しない。

 事実その通りだとわかるので、ここは全面降伏が正しい。


「えぇ。理解しています。――フィーネ、ご免なさいね。私、貴女にいつも甘えてる。これからは、貴女に相応しい主となれるよう、心がけます」


 黒髪の少女の乳姉妹は、そこでかたん、と席を降り、椅子の傍らで淑女の礼をして「勿体ないお言葉と存じます」と、応えた。流れるように控えめで、洗練された動きだった。


 レインは、女性達のやり取りには基本的に入ってこない。いつも通りの綺麗な姿勢で、場をいたずらに乱さぬよう、静かに会話に耳を傾けている。

 その姿はあくまでも自然で、何の(りき)みも見受けられない。


 (この姉弟の母なんだもの。すごいわ……今日の《凄い大賞》は、やっぱりキリエかも)


 エウルナリアは内心で、いつも通りの渾名(あだな)付けを楽しんでいる。

 ――口に出さなければ、誰の迷惑にもなりはしないと、最近は居直っている。


 カチン、と携帯用のペンに(ふた)をしたキリエは、手元の紙と懐の紙束を卓上でトントンと合わせて揃えながら、仕えるべき主家の令嬢に問いかけた。


「さて。ではお嬢様は――休暇明けのユーリズ先生を、どのようにお迎えなさいますか?」


「…そうね。まず、その日の天候に()りますが、相応しい茶葉と茶器、お菓子を決めます。花の手配も。自然とどのような休暇だったか、互いに楽しんで話せる空気を作れるよう、心がけるわ。

 ――あら。《茶の心》を優先させると課題のことって、ずいぶん後回しになるのね…?」


 自分の解答に、自分で驚いている。

 そんなエウルナリアに、彼女の乳母はにっこりと微笑み、合否を告げた。


「結構です、お嬢様。では……」


「?」


 小首を傾げ、まだ何かあるの?と言わんばかりの青い目に映ったのは、乳母の手元の紙の束。

 まさか――


「はい。こちらは、各種茶葉の味や産地、相応しい配合に蒸らし時間などを記したメモにございます。三日後にテストを行いましょう。それを以て、皆伝(かいでん)と致しますわ」


 ――――うそ。容赦がない。なさすぎる……


 うっかり(しお)れそうになる心を奮い立たせ、エウルナリアはきっちり、最後まで令嬢として振る舞い通した。


「わかりました、キリエ。一回で皆伝となるよう、こちらも努めましょう。

 …今日は時間を取らせて申し訳なかったわ。二人も、付き合ってくれてありがとう」


 乳母からは、爽やかなやり遂げた感が。

 乳姉弟からは、かわいそうな子へと向けられる眼差しが。

 黒髪の少女は、彼女達の気配を正確に察知し、ざっくりと、この三日間は遊べないな…と覚悟した。

 

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