表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 帰国後の夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/119

54 グランとトランペット(後)

 ヴーーーーー……ヴーーー…ヴーー…


 グランは、普通の金色のマウスピースだけを口に当てて、微かに合わせた唇を振動させて音を鳴らしはじめた。器用に音階も変えている。

 その音には芯があり、真っ直ぐで揺るぎない。


 (好きなだけあって、慣れてるなぁ) 


 エウルナリアは、レインが運んできてくれた椅子に腰掛けた。「何だか、長くなりそうな気がするので…」とは、彼の(げん)。本当に優秀な従者だな、と黒髪の少女はこっそり思う。


 真鍮(しんちゅう)――銅と亜鉛の合金が、トランペットなど金管楽器の素材だ。錆びにくく光沢の美しいそれは、熱を加える事による変形率がよく、汎用性が高い。ほか、金メッキや銀でコーティングすることで、音色や響き方を変えられる。


 金管楽器は、ただ息を吹き込めても音は鳴らない。今、グランがしているような唇の振動音でないと、あの音は出せない。


 やがて赤髪の少年は銀色のマウスピースでも同様に鳴らしたあと、白金色のトランペットにそれを装着した。手慣れた仕草だ。

 第一トリガー、第三トリガー、三本のピストン…各部位と自分の指を馴染ませるように、カシャカシャと動かしている。


 そして、ゆっくりと構え…――目を瞑り、閉じた唇にマウスピースを当て――息を吸った。





 パァーーーーーーーーーーァン……


   パァーーーーーー… パパーン!





 ――音が、身体を吹き抜けるような感覚。


 エウルナリアは、青い目を見開いて聴き入った。


 高く、速く、つよく、どこまでも遠くへと吹き抜ける音色。本来、外で聴くべき音だ。

 なのに、どこか切なく柔らかく、心に沁みる。

 とても真っ直ぐなのに滑らかで――繊細な響きだ。


 間髪入れず、軽やかな三拍子…いや、八分の六拍子の曲を奏ではじめる。――音がキラキラしてる。上手い。


 かと思えば、叙情的な旋律を、広い音域で歌い上げる。

 朗々と響く最高音も、易々と伸ばし続けて――それすら苦しげな様子は一切なく、一層せつない音だった。


 グランは紺色の目に、何処(どこ)か遠くを見るようなぼうっとした光を(たた)えたまま、トランペットを、すうっと構えた位置から降ろした。


「……はぁ、スッキリした。さっすが、鳴るね。初めてなのに、すごく吹きやすい。いい楽器だよ。

 あの、悪いんだけどさ。しばらく部屋借りて、吹いてきていい?手入れもちゃんとしておく。一時間くらい」


 いつも溌剌(はつらつ)としていた赤髪の少年は、先ほどまで聴いていたトランペットの音色のような、切ない表情になっていた。


 エウルナリアは、そんな彼に『どうして、そんな表情(かお)するの?』と聞くこともできず。

 ――ただ頷いて「いいよ」としか、言えずにいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ