54 グランとトランペット(後)
ヴーーーーー……ヴーーー…ヴーー…
グランは、普通の金色のマウスピースだけを口に当てて、微かに合わせた唇を振動させて音を鳴らしはじめた。器用に音階も変えている。
その音には芯があり、真っ直ぐで揺るぎない。
(好きなだけあって、慣れてるなぁ)
エウルナリアは、レインが運んできてくれた椅子に腰掛けた。「何だか、長くなりそうな気がするので…」とは、彼の言。本当に優秀な従者だな、と黒髪の少女はこっそり思う。
真鍮――銅と亜鉛の合金が、トランペットなど金管楽器の素材だ。錆びにくく光沢の美しいそれは、熱を加える事による変形率がよく、汎用性が高い。ほか、金メッキや銀でコーティングすることで、音色や響き方を変えられる。
金管楽器は、ただ息を吹き込めても音は鳴らない。今、グランがしているような唇の振動音でないと、あの音は出せない。
やがて赤髪の少年は銀色のマウスピースでも同様に鳴らしたあと、白金色のトランペットにそれを装着した。手慣れた仕草だ。
第一トリガー、第三トリガー、三本のピストン…各部位と自分の指を馴染ませるように、カシャカシャと動かしている。
そして、ゆっくりと構え…――目を瞑り、閉じた唇にマウスピースを当て――息を吸った。
パァーーーーーーーーーーァン……
パァーーーーーー… パパーン!
――音が、身体を吹き抜けるような感覚。
エウルナリアは、青い目を見開いて聴き入った。
高く、速く、つよく、どこまでも遠くへと吹き抜ける音色。本来、外で聴くべき音だ。
なのに、どこか切なく柔らかく、心に沁みる。
とても真っ直ぐなのに滑らかで――繊細な響きだ。
間髪入れず、軽やかな三拍子…いや、八分の六拍子の曲を奏ではじめる。――音がキラキラしてる。上手い。
かと思えば、叙情的な旋律を、広い音域で歌い上げる。
朗々と響く最高音も、易々と伸ばし続けて――それすら苦しげな様子は一切なく、一層せつない音だった。
グランは紺色の目に、何処か遠くを見るようなぼうっとした光を湛えたまま、トランペットを、すうっと構えた位置から降ろした。
「……はぁ、スッキリした。さっすが、鳴るね。初めてなのに、すごく吹きやすい。いい楽器だよ。
あの、悪いんだけどさ。しばらく部屋借りて、吹いてきていい?手入れもちゃんとしておく。一時間くらい」
いつも溌剌としていた赤髪の少年は、先ほどまで聴いていたトランペットの音色のような、切ない表情になっていた。
エウルナリアは、そんな彼に『どうして、そんな表情するの?』と聞くこともできず。
――ただ頷いて「いいよ」としか、言えずにいた。




