51 土産話のお約束
「あ、そうだ」
場が何とか落ち着き、茶会の体をなした時。
エウルナリアは、持参した小ぶりな手持ち鞄をごそごそ…と探り始め、ふいに「あった」と呟いた。
「?」
その、小さな鞄のどこに探すほどの物が詰め込まれているのだろう…と友人達が見守る中、黒髪の少女は、ちらりと青い目を向けて、正面に座る親友を窺う。
僅かに上気した頬に「わくわく」と書いてあるかのような、楽しげな表情だ。
「これね、セフュラで見つけたの。良かったら貰ってくれる?二つとも」
ことん、と卓上の青紫の朝顔の隣に置かれたのは、小さな匂袋と何かの小瓶。
「わぁ…!ありがとう、エルゥ。嬉しい…!
手にとってみても?」
「えぇ、もちろん!」
豊かな焦げ茶のゆるやかな巻き毛を、あっさりと束ねて背に流しただけの親友――男装のロゼルは、おそらく今日一番の少女らしい顔で、お土産を手に取り、まじまじと眺めた。
好奇心からか、年相応の輝きに満ちた深緑の瞳は日頃の冷静さをどこかに置いてきたようで、いっそ、愛らしい。
花の模様の入った生成り色の匂袋に顔を寄せ、そっと睫毛を閉じて香りを聴くところなどは仕草の一つ一つに品があり、なるほど芸術の名門・キーラ画伯家の令嬢なのだと自然に思わせる。
(…こうしてると、女の子が男の服を着てるだけって、わかるんだけどな…)
絶対に口にしてはいけない類いの感想を、赤髪の少年は抱いた。
レインは大人しくアイスミルクティーに添えられた薄荷の葉を千切って、グラスの中に落としている。
小さくとも、女性が二人以上で会話する場面には、決して立ち入ってはいけない。
――彼自身の母と姉への対処法は、栗色の髪の少年に、こういった場面での如才ない立ち回り方を教えていた。
つまり、空気を読んでいる。
「茉莉花…?」
「正解!たくさんの匂袋があったんだけどね。ロゼルに、似合いそうだなぁって。きりっとしてて、神秘的で…どう?あんまり好きじゃない?」
見事、香りを当てた親友に、エウルナリアは嬉しそうに微笑んだ。そのすぐあと、心配そうに眉尻を下げて問う。
大好きな少女のくるくる変わる表情に、笑みをひとつ浮かべたロゼルは、頭を振った。
「ううん。好き。…ところで、この花模様の染め抜き、貝紫?」
「!えぇ、そう。さすがロゼル…よくわかったね?セフュラの特産品。海の巻き貝から、ほんの少しとれる色なんですって。深くて、澄んでて、綺麗な紫色…」
エウルナリアは、そこまで話して、ふとジュード王のうつくしい紫の瞳を思い出した。
芋づる式に、あれやこれやを思い出して、つい、にこにこしてしまう。
珊瑚の砂と、小さな白い貝が入った小瓶も手にとってさらさら…と流れる様子を楽しんでいたロゼルは、言葉を途中で止めた黒髪の少女に気づき、怪訝そうに見つめた。
「…?ご機嫌だね、エルゥ」
「ふふ、セフュラの国王陛下が、同じ色の瞳でね。面白い方だったの」
ぴん、と何かを察したロゼルは、大人しくミルクティーを飲んでいるレインに、す、と深緑の視線を流して寄越した。――そこには、いつも通りの冷静な光が宿っている。
栗色の髪の少年はひとつ頷いたあと、従者らしく控えめに答え始めた。
「ジュード国王は、アルム様の学院時代のご友人だったそうです。エルゥ様をひとめ見て、大層気に入られまして…宴の際は、ずっと膝に抱いておられました。
明くる朝も、わざわざ部屋までお越しいただき、エルゥ様と歓談なさったあと、自ら王宮敷地内を案内しておいでです」
へぇ、と呟き、今度は傍らの赤髪の少年に問い掛ける。
「グランから見て、どうだった?敬語は取ってくれ」
「いや、あれは…普通、だめだろ。来年も招聘するって宣言してたぞ?最後の船の見送りで、エルゥに」
「とうとう、国境を越えたか…」
どこか、遠い目でため息を吐くロゼル。
目を瞑り、同時に頷く二人の少年。
自分を置き去りに進む、この空気には覚えがあるなと思いつつ、黒髪の少女は恐る恐る、口を挟んだ。
「えぇと…越えたよ?初めての国外旅行だったもの」
――――そう。
…だけど、そうじゃない。
エウルナリアを除く三者で、妙につよい、友情に似た連帯感が芽生えた瞬間だった。




