49 お叱り、再び
二日後がやって来た。
天候は快晴――絶好のお出掛け日和。
どこまでも青く、水色を帯びて澄んだ空は雲ひとつない。朝露を含む緑の庭には、時折ザアァァ…と、梢を渡る風の音と、鳥の声だけが静かに響いている。
午前中の大気にはまだ何処か、朝のしん、とした涼しさの名残がある。
「…では、こちらに掛けてお待ちください。只今、ロゼル様をお呼びして参ります」
白と薄桃色のシフォンのワンピースを纏った、妖精のような少女に椅子をすすめてくれた使用人の男性は、にこっと笑うと規則性をもって植えられた木立の向こう、邸の方へと歩み去った。
ここは、初めてレインを伴ってお茶会に招かれた場所。
キーラ画伯邸の四阿だ。
宣言通りに熱を下げたエウルナリアは、見る者が貰い笑いしてしまうほど幸せそうな笑みを浮かべて、大人しく椅子に座っている。
その後ろ、右側は、水色の従者服が爽やかなレイン。左側は、騎士見習いの群青と金の正装をさらっと着こなしたグラン。
――どこかで見た配置だ。もう、定位置なんだろうかと、ちょっとだけ黒髪の少女は思案したが…結局何も言わず、目の前の丸いテーブルに視線を向けた。
今回のテーブルクロスは、糸を厳選された上質な綿が放つ、光沢のある白。縁に、きらきらと光るビーズをあしらったレース模様が涼しげだ。
卓上の花は、四阿の柱を飾る蔦の空色朝顔の色違いだろうか。まだ、いくらか露をつけたままの青紫の花弁が透明な硝子の花器に生けられている。
――はじめに、沈黙に耐えられなくなったのはグランだった。控えの姿勢のまま微動だにしないレインと違い、もう体勢を崩して気楽な様子で立っている。
「初めて来たけど…バード家とキーラ家って、ほんとに隣同士なんだな。エルゥ、ロゼル嬢ってどんな人?」
エウルナリアは思わず目を閉じて、空を仰ぐように「ん~…」と、唸った。優美な眉が難しい形になり、その問いの、彼女にとっての深さを窺わせる。
「……とってもいい子よ?」
「…俺は、その間の方がとっても気になるんだが」
「そう?ふふっ…でも、いい子なのは本当。きっとグランは、好きになるわ」
少女の何気ない一言は、少し、赤髪の少年の気持ちを引っ掻いたらしい。
グランは紺色の目を不機嫌そうに細めると、徐に手を伸ばし――エウルナリアの柔らかな黒髪を一房指に絡めて、くんっ!と引っ張った。
「きゃっ…何?なんで引っ張るの?」
慣れない感覚にびっくりした少女は、青い目を大きくして、ぱっと左後ろを振り向く。
悪戯を成功させた騎士見習いは、その様子に満足したのか一転、上機嫌だ。艶々とした手触りを楽しみながら、にこにこしている。
「別に?なんとなく」
「…なんとなく、で大事な主の髪に触れないでください。グラン」
今まで微動だにしなかったレインから、真夏なのに冷たい気配が洩れ出した。
す、と動いたかと思うと「ぱしん!」といい音がして、エウルナリアの髪が解放される。
――グランは、叩かれた手をひらひらさせながら、ぼやいた。
「いって…叩かなくてもいーだろ。減るもんじゃなし」
「減ります。勿体ない」
「えぇ…これくらいじゃ、抜けないよ?」
彼女としては、自分の髪は引っ張られたくらいじゃ減らない!と主張したいのだが…少年達にしてみれば正しく、そうではない。残念な擦れ違いだ。
しかし、一見味方を得たグランは嬉しげに笑った。
「だよな?うん、ぜんぜん減らない」
そう言って、椅子に座る少女に近づき、右手で彼女の頭を抱き寄せてしまう。
「ちょっ…近い!グラン!」
さすがに慌てるエウルナリア。
静かな怒気を発するレイン。
三者それぞれ、口を開こうとしたその時――
「…またなの?エルゥ。しかも、なんで増えてるの」
この場の誰よりも底冷えした声を発したのは、黒髪の少女が待ちかねた親友、凛々しい男装のロゼルだった。




