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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 帰国後の夏

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48 夏のレガティアと、微熱の姫

 当初の予定通り、出立してから五日目の昼下がり。

 皇国楽士団の帆船は、レガートの南の入り江に貴婦人のようにゆるやかに、帰港した。


 お世話になった水夫や楽士、騎士の面々にそれぞれ挨拶を終えたバード家の一行は、速やかに下船する。

 迎えの箱馬車は彼らを乗せて、ポックポック、カラカラカラ…と、二頭の馬の(ひづめ)と車輪の音も軽やかに、メインストリートを北上した。


 他の楽士達や騎士達も、皆それぞれの家路につくか――思い思いの寄り道をするのだろう。まだまだ、地面に描かれる影は濃く、くっきりと短い。

 夏は、昼が長い。


 馬車の小さな窓から外を覗くエウルナリアは、微熱でぼんやりとしている以外は、特に不調なところはない。

 平民街の広場は、飲食店や土産物の(いち)が立ち、観光客向けの大道芸人の数も多い。路上演奏をする者もいて、(さなが)ら何かの祭である。


「すごい、人…これ、みんな外国のひと?」


「まぁね、夏季休暇を過ごすのにレガティアは人気だから。通商産業府としては有りがたいんだろうけど、住人としては微妙だよ」


 アルムは、迎えの御者から幾つかの書類を預かっており、ごく自然な流れで目を通している。娘の呟きにも律儀に答えるあたり、優しいというか、器用だ。


 平民街を抜け、メインストリートの交差点を過ぎても尚、車中にまで伝わる外のざわめき。

 これがあと二週間は続くのか…と確かに、エウルナリアもほんのり、げんなりした。


「そうそう。いつも通り、夏の間は極力出歩かないようにね。色んな国の、色んな人間があちこちにいるから。治安維持は、近衛府の騎士達でも、いっぱいいっぱいなんだ」


「はい。…ロゼルのところも、だめですか?」


 一瞬、考えるアルム。

 束の間、書類を(めく)る手を止めて――やんわりと答えた。


「…もし、行くのなら騎士見習いの正装をしたグラン君に付き添ってもらいなさい。…仲良くなったんだろう?レインも帯剣しておくように。

 あと、うちの守衛は二名同伴させること。ロゼル嬢を招くときも、同様にね」


「わかりました、お父様」


 こくり、と頷くエウルナリアとレイン。



 やがて馬車は貴族街に入り――懐かしく、どこかホッとする見慣れた景色が近づいてくる。

 敬礼をする守衛の男性達に迎えられ、門扉を開かれた、こじんまりとしたバード楽士伯家。


 一行を乗せた馬車は無事、その本邸に到着した。




   *   *   *




「お帰りなさいませ。アルム様、エウルナリア様――ご無事の帰還、お慶び申しあげます」


 本邸のエントランスでは、ダーニクを筆頭とする使用人の皆が整然と並び、主人らの一行を出迎えた。


「ただいま。留守中、ご苦労だったね」


 アルムは、いつもより大人しい愛娘をお姫様抱っこで馬車から降ろせたことに、嬉々としている。――その上機嫌(じょうきげん)のまま、にこりと微笑んだ。


 「きゃあ」とか、「…目映(まばゆ)い…」とか、「お会いしたかったです!」とか…色んな声が聞こえたが、古参の使用人は、通常の朝の出迎えと全く変わらない。――相変わらず(アルム)は、若いメイドからの人気が高い。


 悠然と佇むアルムの斜め後ろからは、「ひよっこどもは、再教育ね…」と呟くキリエの声も聞こえたが、エウルナリアは一切関与しないぞ、と心に決めて無反応を貫いた。

 同じく無反応を決め込んだらしいアルムも、しれっと言いたいことだけ口にする。


「じゃあ、ダーニク。早速だけど留守中の報告を…――その前に、エルゥを寝かして来る。微熱が出てね」


「は。承知いたしました。…皆、仕事に戻りなさい。キリエとフィーネ、レインは、今日は旅装の片付けやお嬢様のお世話を。手が空き次第、交代で体を休めるように」


 優秀な家令の的確な指示に、(ゆる)んだ空気は瞬時に、ぴしりと引き締まった。

 居並ぶ使用人は軽い会釈のあと、粛々と持ち場に移動し、名を呼ばれた三名はそれぞれの礼でもって優雅に応える。


 アルムは階段をゆっくりと昇りながら、ふと、濃い緑の視線を腕の中の娘に向けて、静かに話し始めた。


「エルゥ。今日と明日は、ゆっくり休みなさい。明日の朝、熱が下がっていれば明後日から好きに動いていいから。…外出の際の約束は、必ず守ってね?」


 自分を気遣う、温かな気配が心地よく、少女はふんわりと微笑む。

 微熱で潤んだ青い目の(ふち)は、睫毛の影を落として尚、上気して火照るように赤い。――熱が、上がったのかもしれない。


「…はい。さすがに、大人しくしています。

 ――そして絶対、明後日はお出掛けします。約束を、この上なくきちんと守ると、お約束しますわ」


 熱が出ても相変わらずなエウルナリアに、アルムの相好(そうごう)が崩れる。そのまま、きゅっと軽く抱きしめて、黒髪の上から楽しげに(ささや)いた。


「結構」


 盛夏(せいか)の昼下がりの陽光が、階段の踊り場を飾るステンドグラスで和らげられて、鮮やかな色の光となって父娘(おやこ)を照らしている。


 その姿はまるで、一幅(いっぷく)の絵のようだった。


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