表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 南への旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/119

47 おかえり

 からりとした暑さ。湖を渡る、白雪山脈からの涼しい風。

 陽光の恵みをそのままに、緑豊かに息づくレガートの島は、どことなく絵本のような雰囲気がある。


 湖上から眺めて、遠目に目立つのは、緑と対をなす白っぽい漆喰(しっくい)の壁と、色とりどりの屋根が立ち並ぶ可愛らしい街並み。そして、最も小高い丘に建つ、五つの尖塔を束ねたような皇宮だ。

 その(いただき)には、青地に白金のラインを走らせたシンプルな国旗が、綺麗にたなびいている。――貧民街がない、ということは世界でも(まれ)なのだという。


 岸辺に近い場所には、平民達の住まいと店舗が軒を連ね、(いち)を開くための広場もある。中腹部は観光客向けの宿泊施設が多い。その更に上からは貴族街。――ちなみにレガティア芸術学院は、貴族平民に偏らず、という意味で中腹部に建てられている。

 島を東西南北に広いメインストリートが貫き、交差する。北へ伸びた先――島の北方を占める、総面積の約九分の一が、皇宮と各皇国府の敷地だ。


 これらの大まかな都市構造は、二代皇帝の御代から変わっていない。およそ、千二百年は前のことのはずなのだが…


 ――あれから、久しぶりにちょっとだけ泣いたエウルナリアは、甲板のテラス席で静かに座り、ぼんやりとレガート島を観察している。


 黒髪の少女にとって、故郷を純粋な「外からの視点」で眺めるのはこれが初めてなので、妙に新鮮だ。…そして、妙に懐かしい。


「四泊五日だったけど…長く留守にしたような、呆気なく帰って来ちゃったような、変な感じ」


 風に(さら)われるような、ぽそりと呟かれた独り言ではあったが、側に控える少年にはしっかりと届いていた。

 レインは、下船のとき主に(まと)ってもらう夏用のマントをきちんと畳み、手に掛けてエウルナリアの椅子の傍らに立っている。灰色の瞳が浮かべる表情は、柔らかい。


「…そうですね。僕も、過ぎてみればあっという間でした。エウルナリア様は、まだ帰りたくなかったですか?」


 言われた言葉をふむ、と吟味するエウルナリア。

 木の背(もた)れに、今はクッションを当ててもらっている。そこに沈むように脱力しながら、のんびりと答えた。


「いいえ…?やるべきことも出来たし、出会うべき人とも会えたような気がするわ。えぇと…その、思わぬ出来事も……ありましたけど」


 まだ微熱がひかない少女は、自ら墓穴(ぼけつ)を掘ったことに後から気づき、つい、取って付けたような敬語で締め(くく)る。


 栗色の髪の少年は、何も言わない。

 何も言わずに、にこにこしている。


 いつも通りの、優しい笑顔――なのだが、妙に気圧(けお)されるものがあって、黒髪の少女は何も言えなくなる。


 微熱のせいだけでなく根負けしたエウルナリアは、嘆息して――優美な弧を描く眉尻を下げたまま、そっと目を閉じた。


 下船まで、あと少し。


「《ただいま》だね…。レガート」


 何気なく零れた、ちいさな挨拶は、今度こそ湖を渡る気まぐれな(はや)い風に、(さら)われていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ