47 おかえり
からりとした暑さ。湖を渡る、白雪山脈からの涼しい風。
陽光の恵みをそのままに、緑豊かに息づくレガートの島は、どことなく絵本のような雰囲気がある。
湖上から眺めて、遠目に目立つのは、緑と対をなす白っぽい漆喰の壁と、色とりどりの屋根が立ち並ぶ可愛らしい街並み。そして、最も小高い丘に建つ、五つの尖塔を束ねたような皇宮だ。
その頂には、青地に白金のラインを走らせたシンプルな国旗が、綺麗にたなびいている。――貧民街がない、ということは世界でも稀なのだという。
岸辺に近い場所には、平民達の住まいと店舗が軒を連ね、市を開くための広場もある。中腹部は観光客向けの宿泊施設が多い。その更に上からは貴族街。――ちなみにレガティア芸術学院は、貴族平民に偏らず、という意味で中腹部に建てられている。
島を東西南北に広いメインストリートが貫き、交差する。北へ伸びた先――島の北方を占める、総面積の約九分の一が、皇宮と各皇国府の敷地だ。
これらの大まかな都市構造は、二代皇帝の御代から変わっていない。およそ、千二百年は前のことのはずなのだが…
――あれから、久しぶりにちょっとだけ泣いたエウルナリアは、甲板のテラス席で静かに座り、ぼんやりとレガート島を観察している。
黒髪の少女にとって、故郷を純粋な「外からの視点」で眺めるのはこれが初めてなので、妙に新鮮だ。…そして、妙に懐かしい。
「四泊五日だったけど…長く留守にしたような、呆気なく帰って来ちゃったような、変な感じ」
風に拐われるような、ぽそりと呟かれた独り言ではあったが、側に控える少年にはしっかりと届いていた。
レインは、下船のとき主に纏ってもらう夏用のマントをきちんと畳み、手に掛けてエウルナリアの椅子の傍らに立っている。灰色の瞳が浮かべる表情は、柔らかい。
「…そうですね。僕も、過ぎてみればあっという間でした。エウルナリア様は、まだ帰りたくなかったですか?」
言われた言葉をふむ、と吟味するエウルナリア。
木の背凭れに、今はクッションを当ててもらっている。そこに沈むように脱力しながら、のんびりと答えた。
「いいえ…?やるべきことも出来たし、出会うべき人とも会えたような気がするわ。えぇと…その、思わぬ出来事も……ありましたけど」
まだ微熱がひかない少女は、自ら墓穴を掘ったことに後から気づき、つい、取って付けたような敬語で締め括る。
栗色の髪の少年は、何も言わない。
何も言わずに、にこにこしている。
いつも通りの、優しい笑顔――なのだが、妙に気圧されるものがあって、黒髪の少女は何も言えなくなる。
微熱のせいだけでなく根負けしたエウルナリアは、嘆息して――優美な弧を描く眉尻を下げたまま、そっと目を閉じた。
下船まで、あと少し。
「《ただいま》だね…。レガート」
何気なく零れた、ちいさな挨拶は、今度こそ湖を渡る気まぐれな疾い風に、拐われていった。




