39 我が儘の影
時は戻り、宴の最中。
耳に染み入るように長く伸ばされた歌声と、優しい音色の伴奏の余韻も甘やかに。
今宵、予定されていた演奏曲目は、全て終了した。
しん、と辺りが静寂に満ちる。
ふわりと幸せそうな笑みを浮かべたアルムが、歌い手としての感謝の礼を優雅にとって見せると――
ドッ…!と、広間を割れんばかりの歓声と拍手が包み込んだ。
賑やかな口笛も聞こえる。皆、とても満ち足りた笑顔で――中には、涙ぐんでいるご婦人もいた。
アルムは、そんな聴客達を晴れやかな笑顔で見渡してから振り返り、背後の楽士団に右手をかざす。
それを受けて、総勢四十一名の皇国楽士達はスッと立ち上がり、楽器を左手に持ちかえると――全員が右手を胸にあて、恭しく感謝の礼をとった。
広間に、再びの拍手が沸きあがった。
* * *
「よい演奏、よい歌であった」
「勿体ないお言葉にございます――有り難く、頂戴いたします」
時刻は夜半。
宴もたけなわであり、人びとはうつくしい音楽のあと、美酒に酔う。
演奏を終えた楽士達は、既に小宮殿に下がったあとのこと。
広間に残る客人は、国王ジュードから杯を与えられ続けるアルムと、膝から降ろしてもらえないエウルナリア。それに、彼らに葉扇で風を送る役目をこなすレインだけ。
男性の貴族達はまだ盛り上がっているが、王の妃は誰も残っていない。
ジュードはとっくに玉座から降りて、アルムと目線を同じくしている。彼もまた、琥珀色の酒杯を何度も空けており…一体いくら呑んだのか。側に控えるレインも、途中からは数えていない。
「…しかも、大変よい娘までお持ちだ」
「えぇ、エルゥは最高です。でも差し上げられません」
「妻に、とは言ってないだろ」
「当たり前です。養女にだって、させるわけがない」
「だめか?」
「しつこい男は嫌われますよ」
だんだん、大人達の会話が怪しくなってきた。エウルナリアも、そろそろ睡魔が…と思うと抗えず、こてん、とジュードの胸に頭を預けて寝入ってしまう。
ぴたり、と風が止む。
男達の会話も止まった。
「…いいものだな。娘というのは」
「陛下には、たくさんの奥方がいらっしゃるでしょう?」
紫の目に、優しい光が灯る。少女が寝やすいように抱き直すと、空いた右手の長い指で、柔らかい黒髪を愛しげに梳いた。
指に絡めれば、冷たく滑らかな手触りを残してするっと解けてしまう。丹念に育てられた少女の、艶やかな髪だ。
「…妻が多くいれば、良いというものでもない」
ほんの少しの自嘲に、形のよい唇が歪められる。アルムは、滅多に素直にならない悪友の弱音の欠片に、眉尻を下げた。
「…陛下も、本当に不器用な方ですね」
「エウルナリアをくれないのなら、放っといてくれ。――もう退出する。ついでに送ってやるから先導しろ、歌長どの」
珍しい顔は、やはり一瞬だけ。
アルムは「はいはい」と、小声で答えた。
「御意。…レイン、御苦労様。ついておいで」
幾分か、ほっとした表情の従者の少年を連れ、眠る少女とレガートの歌長とともに、セフュラの国王は宴を中座した。




