34 姫君の探検(4)
――自分を挟んで二人の少年達が、頭一つ高い位置で視線を結ぶように睨み合っている。
…レインは、まだ離してくれない。
『ちゃんと躾しろ、面倒でも』
途方に暮れて半目になったエウルナリアの頭に、ふと、大好きな友人の顔と過日の言葉が浮かんだ。
(躾…!そうね、教育って考えれば良かった。
うん。必要だったね、ロゼル…大変だったね、キリエ!)
――レインは、本当に見た目と違う。
主人として決意を固めたエウルナリアは、レインの腕の中からするりと抜けて、グランの元へと歩み寄る。
たったの四歩の距離だったが、グランは身動きもせず、目の前に立った黒髪の少女の整った顔に見入っていた。
少女は、すっと身を屈めて最大限の淑女の謝礼をした。
「…!」
「従者の非礼を、お許しください。宜しければ、エスコートをお願いしても?」
エウルナリアの背後で、レインが息を呑む気配が伝わる。グランも、驚愕に紺色の瞳を丸くした。
「あの…敬語、戻ってるけど」
言うのはそこか、と内心で突っ込みつつ、エウルナリアは止まらない。
「エスコートしていただけないなら、敬称も戻します。けれど、貴方の寛大なお心で、先の従者の非礼を許していただけるなら、この面倒な敬語は即刻止めますわ。えぇ、今すぐにでも」
すらすらと、口上を述べる黒髪の美少女に――赤髪の男爵令息は、陥落した。おそらくは、笑いのツボという意味で。
「ふっ……はは、あははは!や、悪かった!ごめん、頼むから戻ってくれ、エルゥ。もちろん許す!許します!
…く、苦しい…笑えて、つらいとか…。勘弁してくれっ……」
グランは、まだ腹部を押さえてひぃひぃと苦しそうに笑っている。
この時、後ろでレインが抗議の声を上げようとしたが――これも即、却下された。
「レイン。私は、グランの用事の場所までは彼の隣を歩きます。不服があるなら、ここで舟の番を命じるわ。それも嫌なら、私もかなり寂しいけど、貴方が私の愛称を呼ぶのを禁じます。
…どう?反省できる?」
最後だけは、眦を和らげて小首を傾げて問う。
――もちろん、レインも陥落した。おそらくは、惚れた弱みという意味で。
* * *
笑いを収めたグランに連れられたのは、不思議な店だった。
灰色の石造りの土台の上に、木の家が建っている。特に看板はないのだが、入り口をくぐると、所狭しと様々な木材や皮革、大小の金具に極細の鎖、…あとは、弦の素材だろう馬の尻尾の毛などが陳列していた。膠のような、独特な匂いもする。
「おーい!いるかー?」
グランは、慣れた相手なのか、かなりぞんざいな呼び掛けをした。店の奥から「いるよー!」と、返事が聞こえたが、こちらもかなり気安い様子だ。
ややあって現れたのは、頭に布を巻いた、日に焼けた初老の男性だった。
眉と口髭に白いものが混じっていて、布から覗くのは黒っぽい髪。容貌は荒っぽいのだが、優しい焦げ茶色の目をしている。
(熊ひげお爺さん…)
エウルナリアは、胸のうちでまた悪癖を閃かせていた。




