31 姫君の探検(1)
セフュラの王宮――キウォン宮、というらしい――には、賓客用の小宮殿が一棟、建てられている。
案内された回廊の終着点は、その棟をぐるりと囲むように配置された浅い水路と、色とりどりの花を浮かべた噴水、涼しげな葉陰を成す背の高い椰子の木々で飾られた中庭だった。
回廊のアーチ型の門から、小宮殿の入り口までは中庭をちょうど真ん中で区切るように、丸みを帯びた四角い敷石が等間隔で並んでいる。
きっと、幼い子どもならそれを浮き島に準えてぴょん、ぴょんと飛んで遊びそうな、良い塩梅だ。
…勿論、エウルナリアはその誘惑を断ち切った。何より、彼女は未だに父のアルムの腕に抱えられている。
一行は何の面白味も危うげもなく、淡々と白い浮き島の庭を渡り終えた。
「滞在の間は、皆さまでこちらの棟をお使いください。まずは、朝食をご用意致しますので、それぞれのお部屋が決まりましたら、広間にお集まりを」
おそらくは、高位の女官なのだろう。四十代ほどの落ち着いた雰囲気の女性は、案内を終えると一礼し、来た道を戻って行った。
* * *
「お部屋だ~!揺れないお部屋!」
たった一日ではあったが、ずっと船の中にいたので揺れない部屋と寝台に、エウルナリアは大いに癒された。
こちらもセフュラ風の開放的な造りで、窓は開け放たれて硝子はない。代わりに、うつくしい幾何学模様の格子が嵌め込まれ、居室となる空間には四方をぐるりと囲むように紗の薄布が重なるように垂れ下がっている。
足元は、さらりとした麻で織られた敷物と、直接座るタイプの平たいクッションに、筒状の背もたれ。高さを合わせた低めの小卓が備えられていた。――察するに、どうやらここでは裸足で過ごすものらしい。
何かに香を焚き染めてあるのか、そこはかとなくジャスミンの花の薫りがする。
「エルゥはここを使ってね」
と、父親の腕から降ろされてすぐ、黒髪の少女はサンダルを脱ぐと、紗のカーテンをひらりと捲って中に入り、低めの寝台にころん、と転がった。
やや遅れて、アルムと入れ替わるようにカーテンの内側に入ったフィーネが、あらあら、という表情を浮かべる。
「お部屋の外では、ちゃんとなさってくださいね」
くすくす笑うフィーネは、とにかくエウルナリアに甘い。――その、手早く荷ほどきをする手元をぼんやりと見ながら、少女は乳姉妹のメイドに問いかけた。
「セフュラ王との朝食を兼ねた会談はお父様だけだし、宴は夜でしょう?私、街に行ってみたいな。…だめだと思う?」
ぴたり、と手を止めて思案するフィーネ。
「そうですね…私も急きょ、ビオラ奏者として加わることになりましたし。お供と護衛は必要ですね。
はぁ……不本意ですが。本っ当に不本意ですが、レインと、あとは船に残っている護衛騎士の方に相談してみましょう」
(あれ?なんか二回繰り返したよ、フィーネ!それ、そんなに大事なこと…?)
フィーネの怒りは深いらしい。
――昨夜、レインは『要約すると』と述べていたが、これは、かなり端折ったのではなかろうか。
これ以上、この話題を続けるべきではないと判断した黒髪の小さな主は、「…ありがとう。じゃあ、よろしくね」とだけ告げて、できるだけ柔和に、にっこりと笑った。




