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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 南への旅

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26 どうしてここに?

 ギィィ… ギィ… と、木の軋むような、ゆったりと揺られているような音がする。


 (あぁ、船室で響く船の音だ。水に浸かって、少しくぐもってる…)


 ぼんやりとそう思ったとき、沈んでいた意識が浮上し始めた。

 ぴく、と瞼を震わせてゆっくり開くと、低い天井が目に入る。――どうやら眠っていたらしい。(から)になっていた昼食のトレイは、いつの間にか片付けられている。


 船室に備えられた寝台の上で、エウルナリアは細い腕をついて華奢な身体を起こした。

 一拍遅れて白い敷布に散らばっていた艶のある柔らかな黒髪が、少女のあとを追ってゆく。


 ぼうっとした頭のまま、船室を見回すが、誰もいない。窓越しの陽射しの強さから察するに、まだ夕方ではないと思われたが…少し、暑い。


「レイン、帰ってこれないのかな…」


 独り言が妙に大きく聞こえる。

 慣れない場所での一人は、心許(こころもと)ない。


 つい、眠ってしまう前の出来事――レインの言葉の数々を思い出してしまったが、エウルナリアにとって彼が大切なひとであることに変わりはない。

 彼の言う《好き》は、まだ自分には遠い。それが、今の彼女が出せる精一杯の答えだった。


 (それにしてもキリエ…折角の船旅で、船室から出ちゃいけないとか。余計に歌いたくなっちゃうよ!)


 うずうず、と暇をもて余しはじめたエウルナリアは、堪えきれずに寝台から降りると、無意識に脱いでいたらしい夏用の編み上げサンダルをもう一度履いた。そっと、通路への扉に近寄る。

 木目がきめ細やかな扉を開けて、隙間から顔を出し、左右を確認しようとすると…ちょうど居合わせたらしい人影の主と、ばったり目が合った。


「あ」


「…こんにちは、エウルナリア様」


 短く、無造作に散らした見事な赤髪。同い年の割に、見上げる上背。長い手足に、騎士見習いの青い膝丈のチュニックが映えている。きつめの紺色の目が印象的な彼は――


「大きな赤毛おじさんの、ご子息のグラン様?」


 (どうして、この船に?)


 思わず、以前バード邸で出会ったときの渾名で呼んでしまったエウルナリアは、ぱっと両手で口を塞ぐ…が、もう遅い。


「大きな赤毛……ふ、ははっ!」


 一瞬、虚を突かれたのか目を丸くした赤髪の少年は――すぐに破顔し、快活に笑いはじめた。


 (わぁ…笑うと、目が和らぐんだ。大型の猫科の獣が寛いでるみたい。…獅子?虎かな?)


 つくづく、渾名をつけたがる悪癖が治らないエウルナリアだったが、流石に今日はこれ以上の失態は避けたかった。名付けの欲求はぐっと抑えて、グランの笑いの波が収まったころ、おそるおそる謝罪の言葉を口にする。


「…大変、失礼いたしましたわ。シルク商男爵令息のグラン様。あの、少々よろしいでしょうか…?」


「えぇ、勿論構いませんよ。バード楽士伯令嬢のエウルナリア様……っく、ふふふっ…いや、こちらこそ失礼。面白かった」


 グランは、見た目の素っ気なさを裏切って、笑いのツボが独特なのかもしれない――そう思うと、エウルナリアの中の警戒心が少し和らいだ。

 肩の力が抜けた黒髪の少女は、目の前の少年につられて、にこっと笑みを浮かべる。


「楽しんでいただけたのなら、私も失敗の甲斐がありましたわ。あの…実は私、この部屋から出ないよう厳命されてますの。お話を伺いたいのですけど…」


「あぁ、それなら大丈夫。乳母殿から聞いていますよ。今は貴女の従者がこちらに来れないので、代わりとなるよう正騎士の兄から言われています。

 私が伴をするなら、甲板に出ても良いそうですが――どうします?」


 きつめの紺色の目に悪戯っぽい光を灯し、口許を片端だけ上げて問いかけるグラン。


 途端に「そんなの、決まってる!」と言わんばかりの喜色を滲ませたエウルナリアは――


「もちろん、甲板に。宜しくお願いしますわ、グラン様」


 かろうじて小さな淑女の仮面を守り通し、大きな騎士見習い殿に伴をお願いした。


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