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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 春、始まる

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21 二つの収穫、とくに一つめ

「あのね、エルゥ。間違っても、そんなに軽々しく“大好き”なんて言っちゃだめだ。私はいいけど、他の奴は勘違いするよ?」


 エウルナリアは自らが落とした爆弾発言のあと、ちょっと目が据わっているロゼルからお説教をされていた。

 ――解せぬ。では、レインはどうなるの。

 反論しても、ろくなことがなさそうだ…と、黒髪の少女は口をつぐむ。


「そうですよ、エルゥ様はご自分が他人からどう見られているか、頓着が無さ過ぎます!僕は、従者ですから大丈夫ですけど!」


 ――ちょっと待って。どうして貴方まで参戦するの。

 エウルナリアは自分の発言を思い出したが、何も嘘は言っていない。好きな人に好きと言えないとか、何それどんな拷問?である。


「ちょっと待て。お前、今エルゥって言った?」


「はい。本当は二人だけのときの約束なんですが、もういいです。これからはロゼル様も含めて、三人のときもお呼びしていいですよね?エルゥ様」


「エルゥ!ほらこれだよ。ちょっと君が優しくしたら、すぐこれ!頼むからもう自覚しろ!」


「えーと…愛称で呼んでほしいって言ったのは私なんだけど…うん。面倒だから三人のときも愛称でいいよ、レイン」


「ありがとうございます。エルゥ様」


「ああぁ、もう!そこで勝ち誇った顔するな!

 …エルゥ。こいつ、絶対見かけと全然違う。甘い顔してたら付け上がるぞ。ちゃんと躾しろ、面倒でも」


「お言葉ですが、ロゼル様。僕は身を(わきま)えています」


「弁えてる従者は、主人を愛称で呼ばないし、一々デレたりしない」


「僕は、エルゥ様の乳兄弟です。そこら辺の従者と一緒にしないでください。あと、デレてません!」


 ――白熱して来た。

 エウルナリアは、友人たちのやり取りを大人しくソファーに座りながら眺めていたが、とうとう我慢できずに口を挟んでしまう。


「すごいね…二人とも、私といるときの顔と、全然違う。絶対こっちのほうがいいよ。いつもより楽しそう」


「楽しくない!」

「楽しくありません!」


 ほら、息がぴったりと微笑むと、男装の少女と栗色の髪の従者は、同じように嘆息して互いをちらりと見ると、肩を落としていた。




   *   *   *




 思ったより長く隣家で過ごしてしまった幼い主従は、わずかな距離ではあるが帰路につく。

 既に太陽は天頂に近い。

 二人は、護衛を兼ねて来てくれたキーラ邸の守衛の男性と一緒に、なるべく街路樹の木陰を選んで歩いた。

 やがて、一行はつつがなくバード邸の門扉に到着する。

 かりそめの護衛の任を終えたキーラ邸の守衛は、妖精のような令嬢から謝意を受け、知った顔であるバード邸の守衛といくらか言葉を交わすと、にこやかに去っていった。


 主従の二人は、緑の色が濃い初夏の庭を歩く。いつの間にか、レインはエウルナリアの隣で歩調を合わせていた。


 (本当に、二人のときは自然に隣に来てくれるんだよね)


 この優しさが普通になっては、また、初めてユーリズ女史と会ったときのように、どこかで間違ってしまうかもしれない。――あのときは、フィーネの優しさに慣れきっていた自分のせいだったけど。


 庭の緑陰がきらきらと葉の光を散らして、降り注ぐ。足元の芝はふわふわの絨毯みたい。

 レインのピアノの高音部のメロディーは、木洩れ日に似てるときがあるな、とエウルナリアは思った。


「…エルゥ様の悩みごとは、いくらか解決しましたか?」


 ふいに、レインは主に話しかける。

 ずっと無言で歩いていたからか、とても静かな優しい声だった。


「いいえ。でも、ユーリズ先生が仰ったように、この夏の全ての時間を費やさなければ出せない答えなのだとわかったわ。

 今わからないのは…考えに至れないのは、まだ情報が足りないからなの。――それがわかったのが、二番目の収穫」


 おや、とレインは目を軽く見開いた。


「一番目は?」


「それはもう。貴方とロゼルの、私が今まで見たことのない顔を見せてもらえたことよ。…とっても嬉しかった!」


 エウルナリアは、隣を歩く少年の灰色の瞳を覗き込むと、輝くような笑顔を見せた。

 レインは束の間、目が眩んだようにきゅ、と瞼を閉じていたが、ゆるゆると瞳を開くと眉尻を下げて、優しく笑んだ。


「それは…良かったです」


「だからね、貴方も私に、もっとロゼルといるときみたいな顔を見せてくれていいのよ?」


 わくわく、と音が聞こえそうなほどの期待に満ちた少女の声だ。レインはふ、とどこかロゼルを思わせる意地悪な笑みを見せた。


「それは、無理です」


 ――即、却下。


 けれど、それもまた、エウルナリアが見たいと望む、彼の新しい顔だった。


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