20 その告白は不可抗力
カラン、と氷を融かしたハーブティーが、涼やかな音をたてた。
――爽やかな薄荷の匂いがする。
繊細なゴブレットの形をした硝子の茶器は透明で、シンプルな形の白い陶器のピッチャーから注がれた薄荷茶の水色をいっそう綺麗に見せてくれた。
(氷室、わざわざ開けてくれたのかな…)
夏の初めにあたるこの時期。
いかに過ごしやすい皇都といえども、昼に近い時間帯の陽射しは少し、堪える。
貴重な氷を使ってもらったのは申し訳ないことだが、ロゼルとキーラ邸のメイド達の心遣いが、ただただ嬉しい。気がつくと、エウルナリアは感謝の言葉を口にしていた。
「こんなに丁寧にしていただいて…本当にありがとう、ロゼル」
「どういたしまして。さ、冷たいうちに飲んじゃいなよ。
レインも。外、暑かったろう?」
「…恐縮です。お心遣い、痛み入ります」
困り果てたような栗色の髪の少年が、姿勢よく座っている。彼は、諦めたようにそっと茶器に口を付けた。
結局、三人は先程ロゼルが提案した通りの配置でソファーに座っている。
レインも最初は固辞していたが、目の前でお茶を淹れてくれたメイドの悲しそうな顔に気付くと、折れざるを得なかったようだ。
ロゼルも、彼が大人しく座ってからは一々揶揄わない。
――つまり、彼女の中でレインは《友人の従者》から《新しくできた友人》となったのだろう。
(相変わらず、素直じゃないんだから)
口に含んだ薄荷茶が喉を通り過ぎると、お腹の中がひんやりとして体に熱が籠っていたのだとわかる。飲み終わった後は、鼻に抜けるようにスーッとする香りが残った。
エウルナリアは、友人がくれた一連の優しさが嬉しくて、茶器を両手で持ったままニコニコしてしまう。
そんな少女の様子を、隣に座ったロゼルは満足げに見つめていた。
「…で、何に困ってたの?エルゥ」
「あぁ…うん。あのね、ロゼルは歴史のお勉強って、一通りした?」
「そりゃあ、仮にもキーラ家の娘だし。一通りは越えて、今は二週目くらい。
ん…?歴史の勉強って、そんなに悩ましいところ、あったっけ?」
「う~ん…悩ましい?ふふ。そうね、悩んでる。
家庭教師の先生から口頭で出された課題でね。レガート皇国が滅びなかった理由について考えなさい、と。
…でも、どう答えたらいいか、全然わからないの」
「へぇ…面白い先生だね。何者?」
突然、ロゼルの表情にいつもの不敵さが混じった。深緑の目にきらりと光が走る。
エウルナリアは、友人の豹変に小首を傾げつつ、答えられることを口にした。
「ユーリズ学問準男爵のご令嬢よ。二十歳より少し上くらい。歴史と法制度と、マナーを教わってて…いい先生よ?」
「そっか。私は、母から教わったから随分前のことになるんだけど。それ、紙に書くなって怒られた気がする。本には載ってないやつだよね?」
ロゼルは何気ない口調で体勢を寛がせながら、一瞬だけテーブルの向こう側のレインに目線を向ける。
その視線の持つ意味に、エウルナリアはようやく気が付いた。
(そうか!ユーリズ先生もメモをとらないように仰ってた…《機密》って、こういうこと?)
エウルナリアは、あわてて小さな両手をぶんぶん振る。同時に勢いよく、早口で弁明を始めた。
「あ…あの!このことは今朝、最初にお父様に相談したの。
でも『教えない』って言われたわ。
『心から信じられる、大好きな人になら聞いてもいい』って!…だから、レインはここに居ていいの。それに聞くならロゼルが一番……って、あれ?ロゼル?」
友人は固まっていた。
手の甲を口許に当てて、何かを抑え込んでいる。気のせいでなければ、耳が赤い。
深い緑の瞳も、ちょっと潤んでいるように見える。――なぜだろう。見てはいけないものを前にした気分になり、居たたまれない。
正面に座るレインも、驚いた顔で……いや、レインの頬も少し赤かった。
(一体どうしたの、あなた達は!)
よくわからない空気に、エウルナリアは戸惑った。




