19 仲良きことは美しきかな
じゃあ十日後までに、五日分ほどの旅支度を整えてね、と軽く父親から告げられた朝食後。エウルナリアは自室でキリエとフィーネに手伝ってもらいながら、荷造りの計画を立てていた。
初めての国外旅行である。浮き立つな、と言うほうが無理だった。
「どうしよう、キリエ。セフュラは暑いよね?レガートが涼しすぎるんだって、本には書いてあったよ」
「まぁまぁ。落ち着いて下さいな、エウルナリア様。一通り真夏用の支度をご用意させていただきますから、大丈夫ですよ」
年長者の貫禄だろうか。この中ではキリエが一番どっしりと構えている。いつものフィーネなら、ここはにっこり笑って「体型の貫禄、の間違いですわね」などと返しそうなところなのだが…今日は、どうも様子が違った。
予定外の仕事に集中しているのだろう。いつもは優しげな表情が消え去り、きりりと引き締まっている。その雰囲気は、驚くほど彼女の父である家令のダーニクを彷彿とさせた。
「お母さま、けれど、暑さの質が違いますわ。日除けの帽子や傘、扇子も必要ですし。防熱用のケープや、薄手のマントもあった方が良いかもしれません。日焼け後のお手入れ用の品ですとか…常備薬の類いも。一度、きちんと調べなければ」
「そうねぇ…」
キリエとフィーネはそのまま小さな主人の大きなクローゼットを開き、細々とした話し合いを始めてしまった。
ここまで来ると、エウルナリアは完全に置いてけぼりである。
(仕方ない、あとは任せよう。あ、でも!)
夏期休暇といえば、ユーリズ女史から課せられた難題がある。それも同時進行で考えないといけない。
――どうすべきか。
考えあぐねてキリエ達から視線を逸らすと、同じように室内で取り残されていたらしい少年と目が合った。
エウルナリアは、何となく声を出さないほうが良さそうだと判断し、彼に「おいでおいで」の意味でちいさく手招きをする。
「?」
何ごとかと、少年の灰色の目が丸くなった。
不思議そうに首を傾げているが、呼ばれているのはわかったらしい。小さな主の傍らに、静かに近づく。
エウルナリアは、ぽんぽん、とその肩を軽く叩くと背伸びをし――目線より少し上にある少年の耳に、みずから顔を寄せた。手を添えて、内緒話のようにひそひそとお願い事をささやく。
「(あのね、お隣のロゼルのところに、先触れに行ってくれる?)」
「――ッ!?……(あの…どのようにお伝えすれば?)」
主からの不意打ちにレインは顔を真っ赤にさせたが、すぐに同じ方法で応じてくれた。
耳の中で直接響く優しい声が、くすぐったい。
エウルナリアは口許を手で押さえながら、小さく鈴を振るような笑い声が出そうになるのを、一生懸命に我慢した。
「(…今からお伺いに行っていいですか?って。ロゼルは、特に用事がなければ会ってくれると思うの。お願い!)」
ごく近い距離で、湖のような青い目と懇願の表情を見てしまっては――元々拒否権はないが――否やがあろうはずもない。
目線だけで静かに頷いた少年は、まだ顔は赤かったもののエウルナリアに一礼すると、スッと音もなく退室した。
* * *
「ごきげんよう、エルゥ。どうした?困った顔をしてる」
開口一番。
急な訪問でも気にすることなく、ロゼルはエウルナリアを迎え入れた。
キーラ邸のメイドに案内されたのは、ロゼルの私室だ。エウルナリアの部屋と違い、ふわっと感は全くない。
品のよい調度品が揃えられており、色合いは白とダークブラウンが基調になっている。唯一、アクセントのように濃紺や渋い赤のクッションを配置された広めのソファーセットは、とても居心地良さそうだった。
「ごきげんよう、ロゼル。ごめんね、急に来ちゃって…」
「どうして?エルゥが困ってるのに、頼りにされない方が問題だ。来てくれて嬉しいよ。
…とりあえず座って。今、冷ましたハーブティーを運ばせる」
彼――に見える彼女は、エウルナリアの小さな手をそっと両手で包み、優しい笑みを浮かべてその顔を覗き込んだ。
エウルナリアも、そんなロゼルに眉尻を下げて「ありがとう」と微笑んでいる。
ちょっと乱暴だが、凛々しい令息に見えるロゼルと、妖精のようなエウルナリア。お似合いとしか思えない浮世離れした絵面に、側で控えるレインは未だに慣れない。
「…あ、レインもご苦労様。私はエルゥと二人がけのソファーに座るから、君もそこに座っていいよ?」
ロゼルが指し示したのは一人がけのソファー。
いえ、さすがに…と辞退するレインだった。




