17 与えられた“なぜ?”
ユーリズ女史との対談は、マナーの実践も兼ねてお茶会の形をとることになった。
今日のところはあまり時間もないので、このままエウルナリアの部屋で行う。
隣室のフィーネを呼び、お茶の支度をお願いすると快く引き受けてくれた。
初夏なので、ソファには肌触りのよい綿や麻素材のクッションを幾つか並べてある。
一人なら、これをぎゅっと抱きしめて寛ぐところだが、今は講義中だ。エウルナリアは、ぐっと堪えて「では、どうぞ」と灰髪の若い教師に席をすすめた。
静かな部屋に、フィーネが注ぐ紅茶の音と、茶器の重なる微かな音だけが響く。
ややあって、一対のソファーに挟まれたローテーブルに、湯気をあげる淹れたての紅茶がコトリと置かれた。白い焼きメレンゲが添えられている。
(フィーネ最高…!すぐ食べたい、けど)
ちらり、と目前のユーリズ女史を見ると、くすりと笑われた。
「…結構ですよ。すぐに召し上がっても。マナーとして厳密なお茶会にするのは、明日以降にしましょうか」
「!…はい。ありがとうごさいます」
もはや、なぜわかるのかを問う気も失せてしまった少女は、焼きメレンゲを一つ指先でつまむと、はむ、と口に入れた。優しい卵白と砂糖の甘味が、ふわぁっと舌の上で溶けてゆく。
「美味しい…」
ほぅ、と幸せそうに頬を手でおさえるエウルナリア。目前の女性が、何かをものすごく堪えるような表情で見守っているが、気にしない。マナーは明日からだ。
いつものように、何度か息を吹いて紅茶を冷ますと、慎重に一口含む。
――うん。熱くない。甘味と紅茶がぴったり合う。
ほっこりするエウルナリアを見て、今度はユーリズ女史が頬に手を当てていた。ちょっと困ったように笑んでいる。
「…これはこれで、撃沈されるというか。エウルナリア様は今の段階で充分、外交府特使としての才がおありですね」
「外交府、特使ですか?」
少女は茶器を口から離し、意外そうに問いかけた。
皇国の行政府は、各分野から成り立っている。
音楽や絵画に関する芸術府。
教育に関する学問府。
経済に関する通商産業府。
騎士を束ねる近衛府。
他国との折衝を司る外交府。
それらの各長官が御前会議を開き、決められた内容によって、皇王が決定を下す――というのが、レガートの大まかな政治の流れだ。これに、民の救護を旨とする聖教会の勢力も絡んでくるのだが…それはまぁよしとして。
「芸術府と外交府は、繋がっているのですか?」
思わず、エウルナリアはマナーを忘れ、身を乗り出して問いかけた。
対するユーリズ女史は、少しの間考えるようにゆっくりと紅茶を飲み、頷いてから答えを口にする。
「…そうですね。皇国の成り立ちを考えれば、切っては離せないかと。
もちろん、芸術分野を育む機関と、外交を担う機関です。業務ははっきりと分かれておりますよ」
「皇国の成り立ち…初代のあと。二代目皇帝の御代ですね」
「えぇ」
そこまで話すと、ユーリズ女史は懐から小ぶりな懐中時計を取りだした。ちらっと見て、再び教え子に向き直る。
「時間ですし、今日はここまで。焦らずにやって参りましょう。…この調子なら、期限までには余裕をもって修了できますわ」
挨拶をし、退室する灰色の髪を見送る。
しかし、ふと扉の手前で立ち止まったユーリズ女史は、何かを思い付いたように振り向いた。視線が教え子の少女にぴたりと定まる。
「そうそう――“なぜ、皇国は滅びなかったのか?”
これについてお考えください。期限は、夏期休暇の終わりまでと致します。…では、ごきげんよう。エウルナリア様」
ぱたん、と閉じられた部屋の中で、エウルナリアは思いきり眉をひそめた。小さな顎に指を添え、小首を傾げている。
――“なぜ、皇国は滅びなかったのか?”
「…ユーリズ先生って、難しい問題を出されるときは、すっごくいい笑顔になるのよね…」
エウルナリアは、退室間際の彼女が見せた、晴々としつつも実に悪戯っぽい、いい笑顔を思い出していた。




