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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 春、始まる

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16 灰髪の教師と、可愛い教え子

 窓に面した飴色の机に向かい、柔らかな黒髪の令嬢がペンを走らせる。

 そのとなりに椅子を並べて教鞭を執るのは、二十代前半ほどの女性の教師。

 机の上には『大陸近代史 四巻』『レガート爵位名鑑~付録・主要貴族の系図つき~』など、令嬢の年齢にしては実践的且つ難しい内容の本が開かれている。

 流れる空気は穏やかそのものだ。


 既に、いくらか素養のあった令嬢は、これらを丁寧なおさらいだと思っている。

 ――実際は、皇国学問府が発行する、十六~十八歳向けの高等教材なのだが…知らないとは、平和なことだった。


 春をいくらか過ぎ、近づく夏の気配に、陽射しの影が日に日に濃くなっている。

 窓からの風は、都をぐるりと囲む湖を渡って来るため、涼しい。

 令嬢の前髪が風にそよそよと揺れ、白く愛らしいおでこを覗かせた。


 うつくしく、可愛らしい生き物を前にして、長く笑顔を禁じるのは不可能だ――とは、この三ヶ月の講義期間中に女性の教師が出した結論だった。

 よって、表情は取り繕わない。思うままに眼福を享受する。


 彼女の髪は風に揺れない。

 本人はお婆ちゃんみたいだ、と評している灰色の髪はきっちりと結い上げられ、隙なく纏められている。

 でも、目の前の令嬢は、先生の睫毛は髪と同じ色で、陽に当たると銀色に見えますよ、と屈託なく目を細めて教えてくれた。「とても綺麗です」と。


 ――この天使に、心を撃ち抜かれない人間なんて、いるんだろうか?


 ぱたん、と分厚い本を閉じ、女性の教師――ユーリズ女史は教え子の少女に告げた。


「よろしい。では、エウルナリア様。今日からは本を見ずに、対談形式の講義といたしましょう」


 きょとん、と青い目を大きくしたエウルナリアは、今日も可愛らしい。

 ユーリズ女史はにこにこしながら、本を全部片付けた。




   *   *   *




「あの、先生?よろしいんですか?私、まだまだ習っていないことが、たくさんあると思うのですけど…」


 自信なさげに、エウルナリアはユーリズ女史を見上げた。彼女は既に立ち上がり、てきぱきと持ってきた教材を鞄に詰め込んでいる。


「いいえ、大丈夫ですわ。むしろ、この後の部分は今この時。現在の諸問題に直結しております…メモはとらないように。

 バード卿から伺いましたが、エウルナリア様は皇国楽士となられるのでしょう?」


「はい。歌い手として」


「では尚のこと、自国と他国の関係は押さえておかねばなりませんね。

 普通の奏者は国内行事や額面通りの演奏使節団ですけれど、歌い手や独奏者(ソリスト)は、各国王族とも渡り合える外交手腕を求められます…ご存知でした?」


「いえ…恥ずかしながら」


 (ということは、お父様も?)


 エウルナリアは赤面し、知らなかった己の無知を恥じる。なぜ、父は教えてくれなかったのだろう?

 察したように、灰色の髪の教師は頷いた。


「そう。バード卿ももちろん、その立場にいらっしゃいます。貴女がご存知なかったのは、本来、この事実が機密事項だからですわ」


「…先生、心を読まないでください」


 まるで、読まれたようなタイミングだったことにエウルナリアは驚いた。つい、憮然とした顔でユーリズ女史を見てしまう。


「あら、心は読んでおりませんよ?貴女の表情は読みましたけど」


 教え子のジト目にも動じず、教師である彼女はにっこりと笑った。


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