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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十歳篇 春、始まる

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15 お父様、がんばって!

 昼食をとっている間に、雨は止んでしまった。


 朝は食堂で父と一緒に食べるが、昼は各自でとることになっている。書類仕事や来客、外での約束など、アルムの予定は一定ではないからだ。


 一階の食堂を出たエウルナリアは、いつも通りエントランスの階段を昇ろうとして――突然、自分を呼び止める大きな声にぎょっとした。聞いたことのない、少し場違いな声だ。


「おや、なんと可愛らしい…!もしや、エウルナリア嬢では?」


 振り向いた先には、五十代くらいの男性がいた。書斎のある通路から来たこということは、父の客人だろう。


 恰幅(かっぷく)のよい紳士だ。赤みがかった茶色の髪を後ろになでつけ、襟足で一本に纏めている。

 ――太っている、とまではいかないが、圧迫感のあるやや筋肉質の巨躯(きょく)に、太い眉。彼にとってみれば、目の前の少女はさぞ、何処もかしこも小さく映ることだろう。


 (決めた。“大きな赤毛おじさん”って呼ぼう)


 父の客人に勝手に(ひね)りのない渾名(あだな)をつけたエウルナリアは、靴音がしないよう、ゆるやかに紳士に向き合った。

 ふわり、と幾重にも重なったオーガンジーの薄紫のスカートをつまんで軽く身をかがめ、優雅に淑女の礼をする。


「はい。アルム・バードの娘、エウルナリアでございます。…父とのお話は、お済みでしょうか?」


 静かに顔を上げると、少女の黒髪のずいぶん上から感心したような、「ほぉ…」という溜め息が聞こえた。明るい茶色の目が驚きに見開かれ、ぎらりとした光が宿る。


 (あ。これ、だめなやつだ)


 いやな予感に身構えたエウルナリアだったが、紳士はお構いなしである。


「いやいや…!噂には聞いていましたが、なんとうつくしい!愛らしいご令嬢だ。父君が大事に隠しておられるのも、頷ける。

 申し遅れました。私はテオ・シルク。商男爵の位を授かっております。…あれにいますのは、私の末の息子グラン。さ、グラン。こちらに来て挨拶なさい」


 なんと、通路の影から一人の少年が歩み出てきた。

 ごめんね、貴方の父親が色々と大きすぎて、目に入らなかった――とは、とても言えない。


 呼ばれた少年はぎこちなく礼をすると、素っ気ない声で挨拶をした。


「…初めまして。シルク家の第四子、グランと申します」


「初めまして、グラン様。バード家の娘、エウルナリアですわ。…お父君のお伴でいらっしゃいましたの?」


 少年の態度には少し驚いたが、エウルナリアはそつのない挨拶を返す。


 無造作にツンツンとした、父親よりも赤い髪。目尻がきりりと吊り上がった、紺色の強い眼差し。きれいな形の大きめの唇は、不機嫌そうに歪められている。身長も体格も、傍らのレインより大きい。

 ――整った顔なのだが、浮かべる表情のせいで「やんちゃそうだな」という印象が残った。


「まったく…!お前というやつは、どうして!

 申し訳ありません、エウルナリア嬢。息子は少々気後れをしているらしい。…こう見えても、貴女と同じ十歳なのです。

 宜しければ、これを機に仲良くしてやって下さい」


 大きな赤毛おじさん――もとい、シルク商男爵が、巨躯を少しだけ縮み込ませて恐縮している。

 しかし、息子は容赦のない性格らしい。

 はぁ…とひとつため息をつくと、「どうしようもないな、この人は」という呆れを目に宿したあと、キッと父親を睨んだ。


「言っときますけどね、父上。さっきもバード卿にさんざんしつこくして、断られたでしょう…さ、帰りますよ。

 お騒がせして申し訳ありません、エウルナリア様。失礼します」


 言葉の前半は父親に向けて。後半は黒髪の小柄な少女に向けられていた。本当に申し訳なく思っているのだろう。目尻のきつさが、ちょっとだけ和らいでいる。

 赤髪の少年――グランは、そのまま返事も待たずに(きびす)を返し、父親の腕を取ると、足早にバード邸を去っていった。




   *   *   *




 視線を感じ、ふと見るとレインがもの問いたげな顔でこちらを見ている。

 エウルナリアは、しみじみと深く頷いた。


「うん。あんな感じのお客様が多いらしくて…

 ね?私のせいでしょ?」


「いえ…こればっかりは、ある程度は仕方のないことですよ。エルゥ様のせいじゃ、絶対にありません」


 妙にきっぱりと、言い切られた。


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