13 やさしい小雨
「レイン。よかったら今日は午前中、離れで付き合ってくれないかな?」
「!!……はい、喜んで!」
少し間があった気がするが、エウルナリアは気にしないことにした。本当に嬉しそうだ。よかった。
あの日、キーラ邸でのお茶会の後、レインは目に見えて落ち込んでいた。実母のキリエですら心配していたのだから、間違いない。
(ロゼルは言い方がきついからなぁ…)
エウルナリアは、レインが表情を偽るのが苦手な所も含めて好ましく思っている。
普段は涼やかなのに、ふとした拍子に赤くなったり、灰色の目を大きく開いたり、逆に細くしてにっこり笑ったり。
それは、美点だと思うのだ。
天候は、春の小雨。
朝食後、霧のような雨にけぶる庭を窓越しに見つめながら、まだ初々しい主従は渡り廊下を並んで歩く。
本来は、主人が前に。従者はやや後ろをついて行くのが正しい。でも、落ち着かないので邸にいるときは隣を歩いて欲しい、と頼んだのが一昨日。そのときも、灰色の瞳は驚きつつ、嬉しげな表情を見せていた。
サアァァー…と、霧状の繊細な雨音が包む長い通路に、コツ、コツ…と規則正しい靴音が二人分響く。
「…私ね、雨の音、好きなの。嵐は苦手だけど」
エウルナリアは、ぽつり、ぽつりと呟いた。
「今くらいの、静かなやつ。晴れた日も好きだけど、こういう日は目を閉じて聴き入っちゃうの。
残念ながら、離れは防音設備ばっちりだから、歌や楽器の練習のときは聴けないんだけどね。
いつもより世界が小さくて、穏やかに包まれてるみたいな。少し寂しいんだけど、それがまたいいの。…変かな?」
エウルナリアは、そこまで滔々と話してから、ふとレインの表情を確認したくなった。
彼女の頭頂部は、レインの耳くらいの高さだ。だから、隣の顔を見ようとすると覗き込む形になる。
レインは、眩しいものを見るような顔で、小さな主人を見つめていた。
「…変じゃありません。僕も、好きです」
涼やかな従者の少年は、一音、一音を区切って大切に。けれど囁くように答える。
隣を歩く距離は変わらない――けど、どこかふわふわとして、心地よい。
「そう?…よかった」
感じたことを否定されなかった安心と、レインの声音の温かさに嬉しくなり、エウルナリアはそのまま彼に、にこっと笑いかけた。
もうすぐ離れに着く。
いつも即興になるレインのピアノは、先が読めない。けれど、それが楽しい。
(私も即興で、歌えたらいいな…)
今日は、きっとこの小雨みたいに優しい音か、落ち込んでたのが治った、明るい音を聴かせてもらえる気がする。




