11 主の親友
「ロゼル、今日はお茶会にご招待してくださってありがとう。彼はレイン・ダーニク。私付きの従者です。
レイン、こちらはキーラ画伯の第三息女、ロゼル様。私たちと同い年よ」
「同い年?」
「…息女?」
エウルナリアが互いの紹介を一気に済ませてしまうと、彼女達はほぼ同時にそれぞれの疑問を呟いた。前者はロゼル。後者はレインの言葉だ。
疑問はわかる。尤もだ。エウルナリアはゆっくりと頷いてそれぞれに答える。
「ロゼル。レインは私の乳兄弟なの。歳上に見えるでしょ?同じ十歳よ。
レイン、あの…ロゼルは、お家では動きやすい服装を好まれるの。女の子の服は絵を描きにくいから、だそうよ」
ロゼルは、友人の説明だけで納得したようだ。左手にスケッチブックと筆入れを持ち、右手は顎に添えられている。
彼女は、片足に重心を乗せた偉そうな立ち姿で、レインのことを上から下までじっくりと観察していた。
(懐かしい…あれ、私も初対面でやられたっけ)
一方、レインはまだ混乱している。目の前のロゼルと《名門のご令嬢》というイメージが結び付かないのだろう――仕方がない。慣れるしかない。
本来のロゼルは、焦げ茶色のゆるやかな巻き毛と深緑の思慮深い眼差しが印象的な少女だ。
今の彼女は髪を後ろの低い位置で結い、クリーム色のシャツチュニックの上にダークグリーンのベストを着ている。ズボンは細身の黒。脛まで覆うブーツも黒。…斜に構えた態度も相まって、ちょっと行儀のわるい令息にしか見えない。
「あ。お土産はこちらよ。南方の茶葉でね、香りも味も、とっても素敵なの。」
「…ん、あぁ。ありがとう。じゃあ、名目はお茶会なのだし、早速淹れさせようか」
混乱のレインを置き去りに、少女達は順調に会話を進める。
ロゼルの声は感情の抑揚が少なく、少女の割に甘さがない。つまり、見ていても、聞くだけでも二人はお似合いの令息と令嬢だった。
エウルナリアは気遣わしげに、なんとも言えずにいる乳兄弟の少年の顔を覗き込んだ。いつも晴れ渡っている青い瞳が、心配そうに曇っている。
「…あの…大丈夫、レイン?」
「放っておけ。第一、従者のくせにエルゥに触りすぎだ」
「いえ、あれはどちらかと言うと私が触ってたんだけど…」
「なお悪い。何それ、うらやましい」
「ふ…ふふふっ!もう、ロゼル。相変わらず訳がわかんないっ」
もう我慢できない、と言わんばかりにエウルナリアが弾けるように、どこか音楽的な声で笑う。
ロゼルはそんな彼女を幸せそうに見つめながら、向かいの席に座って頬杖をついた。
いつの間に来ていたのか、キーラ邸のメイドが既に紅茶を淹れている。四阿の隅に用意されていたポットを使ったようだ。甘い匂いと紅茶の香りが立ちこめ、その場の話題はお茶の話や都の流行の話、そして来るべき学院での生活に関する話題へと移っていった。
レインは、その間になんとか持ち直したようだ。再び静かに気配を消し、エウルナリアの側で控えられるようになっていた。
その様子を眺めていたロゼルは、すぅっと表情を消して、傍らのスケッチブックを開く。脚を組んで斜めにさせた腿の上にそれを置き、角度を安定させると、目の前の年若い主従と手元を交互に見ながら、スケッチを始めた。
エウルナリアは動じずに微笑み、紅茶を飲む。皿に戻した茶器が、カチャリと小さく音をたてた。
「本当に、貴女って変わらないのねぇ。ロゼル。どう?レインは絵になるでしょ?」
「うん。それは否めない」
「よかった。私たち、同じ学院で一緒に過ごすんだもの。三人でちゃんと仲よくなりたかったの。
…ね?これでレインとも仲よく出来るよね?」
それがずっと気になっていたのだろう。手を胸元にあてたエウルナリアは、小首を傾げて友人に問いかけた。
ふ、と僅かな息と頬の動きだけで軽く笑んだロゼルは、それを聞いて楽しげに、しかし淡々と即答する。
「無理。私は美術院で、エルゥとその子は音楽院だろう?時間的な接点は一般科目と昼休み、放課後くらいだ。
それに、容姿と佇まいは気に入ったが、何となく気に食わない。多分私、今ならアルムおじ様と色々語り合える自信がある」
「えぇ~…お父様は、レインのこと気に入ってるよ?」
「それ、絶対うそだから」
不穏だ。レインは雲行きのあまりの怪しさに、思わず気配を揺らした。
敏感にそれを察知したロゼルが、面白くなさそうに手を止めて告げる。
「ちょっと。これくらいで動じないでくれる?
今からこんなんじゃ、先が思いやられる」
男装の少女は、手にしていた描きかけのスケッチをバサッとテーブルの上に放り投げた。
――そこに描かれていたのは、幸せそうに満面の笑みを浮かべるエウルナリアと、彼女を大事そうに見つめて微笑むレイン。
え?と、レインは思わず目を見開いた。
そんな顔、してないはず――
絵の秀逸さを通り越して、そこに動揺したレインは再び一喝された。
「だから、動じるなって言ってるだろう!…エルゥ、こいつ、ほんとに大丈夫?学院に行けばもっと色んなのが居るのに。心配しかないんだけど」
半目で、かなり不機嫌そうにテーブルに半身を乗り上げて凄むロゼルは、もはや柄のわるい少年にしか見えない。
「大丈夫。レインは頼りになるのよ?同い年とは思えないくらい。ピアノだってすごいの!私も負けてられないわ!」
話している間に先日の演奏を思い出したのか、頬を紅潮させて、生き生きと楽しそうに語り出すエウルナリア。
ロゼルは、それを見て「あ~…」と得心がいったように呟いた。
「成る程、さすがエルゥ。半端ないね。
…前言撤回。レイン、仲よくしてあげる。またいつでも遊びにおいで。エルゥと一緒に絵のモデルになるなら、私は歓迎する」
「は、はい…ありがとうございます。ロゼル様。今後とも、エウルナリア様ともども宜しくお願いします」
話しかけられれば答えないわけにいかない。
レインは、何とか従者としての回答を返すことができた自分を、内心で褒めちぎった。
その様子を見て、十歳の少女とは思えない不敵な笑みを浮かべるロゼル。
エウルナリアは、これも相変わらずの彼女だなと、うんうんと頷くと「よかったぁ…ありがとうね、ロゼル!」と椅子から降りて、素直じゃない友人に思いきり抱きついた。
突然の抱擁にも、目線は合わせず「はいはい」と軽くいなす少年――のような、少女。しかし、明らかに満更でもなく嬉しそうな気配がする。
(あぁ、なるほど。姉上と似たようなものか)
主の友人の難解そうな気質をようやく理解できたレインは、ここで、少しだけほっとした。




