第2話:神護島
・・・・・・なんだ・・・?
何かが俺の身体を揺らしている。
そう思った瞬間、目が覚めた。
視界に入ったのは砂。
そして、俺の身体を揺らしていたのは波だった。
どうやら俺は、どこかの砂浜に打ち上げられたようだ。
その事に気付いたからか、感覚が戻り、身体も動くようになってきた。
ゆっくりと立ち上がった時、最初に感じた感覚は
「あ、暑い・・・・・・・」
だが、その感覚はおかしかった。
なにせ今は、年が明けたばかりの一月、つまりは冬だ。
だが、俺の肌は夏の暑さを、鼻は夏の匂いを、耳は夏にしかいない蝉の鳴き声をそれぞれ感じ取っていた。
中途半端な暑さからして六月の中旬くらいだろう。
顔を上げると、目の前には森が見える。
「・・・・とりあえず森に入るしかないか・・・・・・」
俺はそう呟きながら、額に流れる汗をぬぐって、震える脚を無理に動かしながら森の中へと歩き始める。
森の中は日陰のため意外と涼しいが、歩き続ける事によって結局暑い。
だが俺は、足にまとわりつく草を邪魔に思いながらも、前へと進み続ける。
すると突然、目の前に小さな人影が出てきた。
俺は驚き身構えるが、同じように相手驚いているようでその場に立ち尽くしている。
そして、よく見るとその人影は、白い長髪と真っ白な服を着た少女だった。
その少女は、濁りのない透き通ったような白い目で、俺をジッと見ていた。
身長は小さく、まだ七・八歳と思われる。
そんな彼女は驚いてはいるものの、怯えてはいないようだった。
そして、しばらくお互い目を合わせて立ち尽くしていると、急に少女は口を開いた。
「・・・貴方は島の外の人?」
その問いに、俺は正直に答えるべきか迷ったが、ややあって頷く。
すると少女は幼く可愛さのある顔で笑顔を作り、俺に手を差し出してきた。
「ようこそ、私達の島"神護島"へ!」
神護島?
正直言って、そんな島など知らない。
もちろんニュースでも、ましてや日本地図でも聞いた事も見た事もなかった。
だから俺は、目の前にいる少女に聞いてみる事にした。
「・・・・・・なぁ、聞きたい事があるんだが、ここは日本地図でいうとどのあたりなんだ?」
問いに少女は、差し出した手を下ろさずに小首を傾げた。
「日本、地図?・・・・・・日本って何?」
返ってきた言葉に、俺は唖然としているしかなかった。
ほんの数秒の間に、異世界に来たのか?
俺は死んだのか?
はたまた、何かの特撮か?
などと考えてしまうほどだ。
そのため、頭が痛くなってきた気がした。
そして、なおも俺を不思議そうに見ている少女に笑顔を作る。
「今、聞いた事は忘れてくれ。――それより、君の住んでいるところに君が案内してもらってもいいか?」
言って俺は、差し出された少女の手を取る。
すると彼女は嬉しそうに笑い、俺の手を引いた。
「当たり前だよ。だって、約束したもんねっ。
――それじゃ、案内するよ」
約束という言葉に疑問を持ったが、その事を問う前に少女は俺を引っ張ったため、結局問いかける事なく、俺自身が忘れる事となった。
そうして歩き続けて蝉の鳴き声に慣れてきた頃、空を覆っていた木々が少しずつ開けて来たのに気づいた俺は次の瞬間、見たことのない光景を目にする。
そこには、先ほどまでの森とは打って変わって、無限とも言えるほどに広がった村があった。
上から見下ろす形で立っている俺の下では、木造建築の家や数多くの田畑。
そして、元気に走り回っている子ども達の姿が見える。
田畑では作業の全てが手作業で、トラクターなどの機械はどこを見ても無い。
正直言って、都会育ちである俺にとってこんな、失われたはずの光景を見るのは初めてだった。
とは言っても、子どもの頃には田舎に行った事はある。
だが今、目にしている光景は、今まで見てきた光景とは全く違う、そんな新鮮な感覚があった。
俺はそんな感覚を身に受けて立ち止まっていると、少女は俺の手を無理やり引いて、村へと降りて行った。
そして村に入ると、少女は俺の手を放し、くるりと回ってこちらを向いた。
「ここが私の住んでいる村だよ!どう?いい所?」
「い、いい所って聞かれても、まだ来たばかりだからわからないな・・・・・
まぁ、雰囲気はいい」
とりあえず、見たままの事を言っておく。
すると少女は、嬉しそうな笑顔になり、再度俺の手を引いてさらに奥くまで連れて行かれる事になった。
すっかり日も暮れたのにも関わらず、まだ鳴き続けている蝉の声を聞きながら俺は湯気の立つ風呂に入り、記憶の整理に入っていた。
あの後、この村の村長の物と思われる、木造の少し立派な家に連れてこられた。
その時に知ったんだが、あの少女はその長の孫らしく、名を香坂 神楽だそうだ。
そして、彼女の頼みで、しばらくこの家に泊めてもらえる事となった。
何でも、島の外から人が来たのは何十年ぶりなんだそうだ。
まぁ、何にせよ、泊まるところが見つかってよかった。
「・・・・・あの子にお礼、言っておかないとな」
そう言いながら風呂のお湯を手で掬い、顔に叩きつける。
右も左もわからないこの島。
たが、何故か落ち着いている俺。
この落ち着きは、どこから来ているんだろうか・・・・・
それさえもわからないまま、俺は風呂から出て、神楽と村長が待つ居間へと向かった。
座っている神楽の前、少し大きめのちゃぶ台の上には、ご飯とシャケ、味噌汁に漬け物が置かれており、それが三人分あった。
「あ、こうちゃん!ご飯の準備、出来てるよ!」
「こうちゃんって・・・・どうせ愛称的に言うんなら、せめてこーへいにしてくれ」
言うと神楽は頬を膨らませて、何やらブーブーと文句を言っていたが、俺が仕方なくちゃぶ台の前に置かれている座布団に座ると、すぐに機嫌を直して笑顔になった。
「ささ、食べて食べて!おばあちゃんの作った料理はすっごくおいしいから!」
「大げさにすると、お客様に期待させてしまうから、止めとこうねぇ」
かすれ気味の声がした方をみると、そこには初老の女性が少し腰を曲げて立っていた。
その女性はこの村の長であり、神楽の祖母でもあるそうだ。
名前は確か、喜美代と言ったか。
「だって本当においしいじゃん!とにかく、食べてよっ」
「わかったわかった。それじゃ、いただきます」
言いながら両手を合わせて箸を手に取り、まずは漬け物を一切れ摘んで口に含む。
噛むとバリボリという、歯ごたえのある音が鳴り、漬け物独特の味が染み出してくる。
「・・・・・うまい」
これが田舎の、お袋の味ってやつかっと思いながら、俺は夢中になって他の物を含めて食べ始めた。
そんな俺を、神楽は嬉しそうに見ていた気がする。
食べ過ぎと思えるほどの飯を平らげ、膨らんだ腹を時々さすりながら、今は神楽に案内された小さな部屋で彼女と共に布団を敷いている。
とは言っても、神楽は俺が敷いた布団の上でゴロゴロと転がっているため
一人でやっているようなもんだが・・・・・・
そんな事を思いながら、じとーっとした目で神楽を見ていると、その視線に気付いたのかどうかはわからないが、あっと声を出して俺を見た。
「明日、この島を案内してあげるねっ!」
「唐突だな」
「私は唐突に思いつく性格だからねっ。それじゃ、明日は楽しみにしててねー」
神楽はそう言い残して、両腕を広げて部屋を出て行った。
「・・・・結局、何しに来たんだ?アイツ」
そう呟きながらも、ああいう性格のヤツには慣れてしまっているため
気には止めなかった。
「はぁ、疲れた・・・・・」
軽くため息をつく。
そして、大の字になって布団に倒れ込んだ。
眠くはない、が、身体を起こす気力はない。
ただただ、何も考えずにボーっとする。
時計のカチカチという音、セミの鳴き声、そして俺の心臓の音・・・・・その全てが俺の耳に入ってくる。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
今の俺には五分とも一時間と言われても信じるだろう。
そう思い、不意にポケットに手を入れると、何か硬い物があるのがわかった。
そして、思い出す。
俺は携帯を絶対ポケットに入れる癖があり、ついでに言えば完全防水だった事に。
俺は何かに希望を持ち、急いで携帯を取り出して開いた。
「・・・・・あぁ、そうきたか・・・・」
見慣れた画面の左上にあるアイコンを見て、希望が絶望に変わった。
バッテリーは満タンだが、アンテナは一本も立っておらず圏外の二文字。
これは、日本に戻る方法が無くなったという事だ。
「・・・・・まぁ、いっか。居心地が悪いわけじゃねぇからな・・・・・」
この村は、いやこの島は、どこか懐かしい感じがするから。
「よし、寝るっ」
言ってから携帯を閉じてポケットに入れ、目蓋を閉じる。
すると意外にも、眠気はすぐに来た・・・・・
俺は森の中を走っている。
邪魔な葉や枝を両手でかき分けながら、ただ一つの場所へと向かって走っている。
・・・・・・これは夢何だろうか。
それとも、何かを思い出しているのだろうか。
だが、今の俺はそんな事を気にせず走り続ける。
すると突然、視界が開けた。
そこには草原が広がっており、奥には何かを祭っていると思われる小さな祠のような物があり、俺は荒い息を無理矢理整わせて、その祠に近付く。
するとその祠の扉が開き、中から頭に角がある可愛い女の子が出て来た。
その子の顔には影がかかっており、されど満面の笑みだけは見え、俺を見ていた。
同じく俺も満面の笑みでその子を見た。
「約束通り来てくれたね・・・・・」
そう聞こえた瞬間だ。
意識が覚醒し、目が覚める。
同時に、見慣れない天井が視界に入った。
どうやら、夢だったようだ。
頭の中から、光景が一秒残らず離れない夢。
「・・・・何なんだよ・・・・・」
あれは、俺の記憶なんだろうか・・・・
そんな事を考えている自分の頬を叩き、起き上がる。
・・・・・忘れよう。
そう決断し、居間へと向かった。
「――こーへいー、早く早くー!」
「そんなに急がなくてもいいだろ」
神楽は白く長い髪を揺らしながら、元気よく走って俺を呼んでいた。
そんな彼女を苦笑しながら見ていた俺は、周りの景色に目をやる。
今俺は、昨日神楽が言ってた村案内をしてもらっている最中だ。
最初は村の中を一周し、次は村の子供達がよく遊んでいるらしい森へと向かっている。
・・・・・にしても、まるで前にテレビで見た、昔懐かし昭和の田舎に来たみたいだ。
聞くところによると、この村にはテレビなどの電化製品はなく、唯一あるのは冷蔵庫と電灯ぐらいだそうだ。
それがまた昭和っぽさを出している。
ちなみに、発電所は誰も見た事がないらしい。
というより、その名さえ、知ってる者はいないそうだ。
ますます、不思議な島だな・・・・・
だが、村の出口付近には田畑が広い面積に展開しているため、外界との交流がなくても充分暮らしていける感じだ。
などと思いながら歩いていると、突然神楽が俺の手を掴んだ。
「もぅ、亀みたいにゆっくり歩いてないで早く行こう!」
言いながら、神楽は強引に俺の手を引いて、早足で歩き出した。
その足取りは、昨日俺が通った森にある木々が開けた道へと向かっており、一歩進む事に蝉の鳴き声が少しずつ増えていた。
まるで、俺が森に入る事を拒んでいるかのように。
「・・・・んなわけあるかっ」
とりあえず、自分にツッコミを入れておき
神楽に引かれるまま森の中へと入って行った。
まるで最初からあったかのように木々が開けている道を歩き続けている。
方向は、どうやら俺のいた浜ではなく途中で見た事のない道を進む形となった。
そして、しばらく歩いていると、木々が小縮している場所が目の前にあり神楽がそこを手で開くと、木々が全くない広場のような所に出た。
「着いたよ!」
神楽はそう言って、広場へと向かい走り出す。
対する俺は、その光景に驚きながらも、神楽の後ろをついて行く。
辺りを見回すと、円を描くようにして草原が半径四十〜五十メートルくらいまで広がっており、入って来た場所から真っ直ぐ先、円の端には
小さな祠が建っていた。
夢で見たのと、同じ祠が・・・・・
「・・・・・あれは、夢だったのか・・・・?」
そう呟きながら、俺はその祠に向かって足を動かす。
「みんな〜、早く早く〜紹介するね、あの人が――って、あれ?どうしたの?幸平〜」
後ろから俺を呼ぶ神楽の声がするが、今はこの祠が先だ。
一歩ずつ足を進める事に、祠に近付いていく。
そして、手の届く位置まで来た時、自然と手が祠の扉へと伸びていった。
その手を祠の真ん中あたりの枠に掘られている窪みに入れ、深呼吸を一つ。
「え!?あ、ちょっと待ってよ!!」
神楽の静止を無視し窪みに入れた手を思い切り引いた。
するとその中は、大人一人がギリギリ入りそうな空間の間場所に小さな石像が一つ、ポツンと置かれているだけだった。
内側の角には蜘蛛の巣が掛かっており、それから想像するに、ずっと掃除がされてないような感じだ。
殺風景で、色があるとしたらホコリなどの灰色だけだろう。
だが、この石像の目には別の色があり、俺をジッと見つめている感覚がしてくる。
その色は、祠内の灰色に負けないほどの真っ白な目で、何故か神楽を連想してしまう。
そういえば、神楽も同じ真っ白な目だったな・・・・・
「コラッ、ダメだよ開けちゃ!」
不意に隣から神楽に腕を掴まれ、無理矢理祠から引き離された。
そして彼女は祠の扉を閉めて、こちらを向く。
「この祠は昔、この島を守ってくれた人を祭っているんだから、不用意に開けちゃだめっ」
「守ってくれた人?」
言葉の中にあった節を、オウム返しのように聞く。
すると神楽は、そだよっと言って両腕をくの字に曲げて手を腰に添え、誇らしげに胸を前に出す。
「七十年くらい前、この島に来たたくさんの外界の人達が、この島の人達を次々と殺したの。そんな時、ある女の子が不思議な力を使って、外界の人達を倒したんだよ」
七十年以上も前に、そんな事があったのか・・・・
「・・・・それで、その女の子が神様のように崇められたのか?」
問うと、神楽はうつむき頷いて、すぐに顔を上げた。
その表情は、苦笑。
「まぁ、そうなんだけどね。その力を使った女の子は、命を引き換えにこの島を守る事にしたの。だからかな、祭られているのは・・・・」
でもっと言った瞬間、神楽の表情は笑顔に変わった。
「その女の子が島を守ってくれたおかげで幸平に会えたから感謝、だねっ!」
「・・・そうかよ」
「うん、そうだよ!」
言って神楽は、小走りで彼女が呼んできたと思われる子供達の元へと向かった。
その後ろ姿を見ながら、俺は考えていた。
どれだけ深刻になっても、無駄なのかもしれない、と。
それなら、今を楽しんでおこう。
そう心に決め、俺は神楽達の元へと向かう。
すると神楽は、歩いてくる俺に気付いたのか、笑顔で手を振ってきた。
「幸平〜!外界の遊びを教えてよぉー」
神楽がそう言うと、周りの子供達もそれぞれに同意の声を上げた。
・・・・・仕方ないな。
「よし、お前ら。自分の身長の半分くらいある棒と小さめのボールを持ってくるんだ。そしたら、また戻ってこい」
言うと、子供達は不思議そうな表情をしながらも、走って森の中へと消えて行った。
そしてしばらくすると、子供達は頼んだ通りの長さがある太めの枝と、小さなゴムボールを持ってきた。
・・・・・上出来だな。
「ねぇねぇ、これで何をするの?」
「早く教えて〜」
「あぁ〜、わかったわかった。俺が教えるのは、野球っていうスポーツだ」
「野球?」
子供の一人が首を傾げてオウム返しに聞いてきたという事はやっぱり野球は知らないか。
「野球ってのはな―――」
空を見上げれば、朱色に染まっており、辺りの木々からは蝉の、特にヒグラシの鳴き声がしつこく聞こえてくる。
そんな事を気にしながら、一汗かいて濡れた服を手で引っ張ったりして風を起こし、少しでも涼しくしようとしていると、不意に隣を歩いていた神楽が笑いながら話しかけてきた。
「すっごく楽しかったね!驚いたよ、外の世界にあんな遊びがあるんだもんっ」
「まぁ、暑いせいで汗がハンパないほど出たがな」
「いいじゃん、いいじゃん!寝る子は育つって言うしね」
まぁ、確かにそうなんだがな・・・・・
・・・・・・・・・ん?
「関係ねぇだろっ!?」
思わず驚きながら大声で言うと神楽は、あはははっと笑いながら早足で前に出て、くるりと回って俺を見た。
その表情は満面の笑みで、どこからどう見ても無邪気な女の子だ。
「――で、何でこの遊びを選んだの?」
問われ、俺は少し迷った。
だが、答えるべき事なんだろうなっと思い、答えた。
「・・・・・俺の職業となるかもしれないスポーツだからだ。だが、今は迷っている・・・・・」
「迷う必要って、あるのかな?」
言った神楽に驚き、え?っという声を出して彼女に問い掛けた。
「何でそんな事が言えるんだ?」
「だって幸平、野球をやっている時はすっごく楽しそうだったんだもん。それって、野球が大好きって事でしょ?だったら、やるべきだよ!」
言いながら神楽は両腕を大きく広げ、だってっと前置きする。
「人の夢って、これでも収まらないくらいおっきいんだよ?その夢が野球で満たされるんなら、それほどまでに嬉しい事なんてないよ!」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
ただ、吐息を漏らして苦笑した。
すると神楽はそれでわかったのか、先ほどよりも良い笑顔で俺を見た。
「今日はありがとね!楽しい思い出をっ!!」
「あ、あぁ」
俺は何故かその笑顔に見とれていたのか、曖昧な返事しか出来なかった。
だが神楽は、白く長い髪を揺らすようにして小首を傾け、されど笑みは絶やさずに笑いかけてきた。
そしてその表情に、愛おしさを感じる俺が居た。
だがその感情は、どことなく俺のではない気もしていて・・・・・
蒸し暑い日が続いている中、俺は祠の女の子といつも遊んでいた。
朝早くから、日が暮れるまで、ずっと。
特に決まった遊びじゃなかったけど、たった二人だったけどそれでも、とても楽しかった。
そんなある日だ。
女の子は俺に、約束して欲しい事とお願いがあると言ってきた。
その約束は――
目が覚める。
視界に映ったのは、神楽の家にある一室の天井だ。
・・・また、妙な夢で目が覚めてしまった。
しかもまだ暗いため深夜に起きてしまったらしい。
「・・・眠気がない」
それに、喉が異常に渇く。
ついでに言えば、頭痛もする。
このままだと眠りにつけないと悟り、俺は立ち上がってこの家の裏手にあると聞いた井戸へと向かう事にした。
その途中の廊下で、ギシギシと五月蝿い床下の音を立てまいと忍び足で慎重に進んだ結果、井戸に着いた時は、緊張によって余計に目が覚めていた。
「・・・・何やってんだろうな、俺」
などと呟きながらも井戸に近付き、バケツを落として水を掬い上げる。
そしてそのバケツを両手に持ち、中の水を一気飲みする。
地下水の冷たさが喉を一気に流れ、渇いていた事を忘れる早さで潤った。
その事に満足しながらも、ふと視線を開いたままの裏口に向けた。
そこから見えるのは玄関まで真っ直ぐに伸びた廊下だ。
その場所に、微かながら外へ出て行く人影が見えた。
身長の低い人影が。
俺はそれを見て、神楽ではないかと思いバケツを井戸の縁に置いて、神楽と思われる人影を追った。
わずかに見える神楽の後ろ姿を、速すぎず遅すぎず追い続けていると、行き先は森の中となっていた。
月明かりでさえも微かに、しかも開かれた道にしか照らされていない夜の森。
そんな中を俺は、ただ人影を追って歩き続ける。
と、その時だ。
不意に、人影が居なくなった。
そのため、走って居なくなった場所まで行くとそこは、今日の昼に教えてもらった祠のある広場のようなところに出る入口だった。
俺はその向こうへと何の躊躇もなく入って行く。
その先に広がった光景は一面の草原に月明かりが当たり、反射している
神秘的な光景だった。
そしてその奥にある祠の前には、やはり人影が立っていた。その人影には月明かりが射しており、白くて長い髪が光って見える。
髪型からして、間違いなく神楽だった。
彼女は祠の方を向いているため、当然ながら表情は見えない。
そのため俺は、彼女の元へゆっくりと近付いていく。
すると、彼女は俺に気付いたのか、こちらを振り向いた。
何となく見えるその表情はいつもとは違い、目は虚ろで細めており、白い瞳が妙な雰囲気を醸し出している。
そして彼女は虚ろな目を微笑みにし、小さく手招きをしてきた。
俺はそれに従うかのように、歩み続けて彼女の目の前に立つ。
「・・・・こんな時間に何やってるんだ?」
問いに、神楽は答えとは違う言葉を呟いた。
「・・・・どうして・・・アナタは・・・・姉様ばかり・・・・」
その言葉に、え?っと返したその時だ。
神楽が手を伸ばしたのと同時、腹部に違和感を感じた。
冷たい固まりが無理矢理入り込んでくるような感覚。
そしてわずかな痛み。
それに気づいて腹部を見れば、神楽の手に持っている長細い包丁が俺の腹部に刺さっていた。
そして彼女は、無表情のまま涙を流している。
姉様のせいでアナタが・・・・と呟き続けながら。
その状況に俺は混乱しながらも、腹部の傷から出る血のせいで意識が朦朧とし始めて五感が遠のき、その場で崩れ落ちるかのように倒れた。




