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3章10話 信頼とは、です

「また迷惑かけちゃったね……」

「あれは仕方ないかしら。昨日の話もなかったことにしたいくらいに頭がおかしい人だったのよ……」


 セイラが辛辣なことを言うけど、僕も弁解する気もない。ましてや、あそこまでしつこくて負けん気が強い人は初めて見た。頭がおかしいと言われても全然おかしくないね。


「……なんで話さなかったのかしら?」

「うん? 何が?」


 いきなり話しかけられて少しだけ戸惑う。

 だけど僕のポーカーフェイスを崩せるレベルではないな。まだ僕の心には余裕があるのだから。これが戦闘の時とかなら反応が出来ないかもしれないけど。


「さっき私が魔法国の貴族の娘だと言えばある程度は牽制ができたのよ。その存在を殺すと言えばそれだけで大きな罪となるのに、なぜギドはそうしなかったかしら」


 なんでしなかったか……。

 なんでだろうなぁ。別に助けを求めなくても対処出来たからか、もしくはフウがいたからか。もっと案として出すのなら他国の市民同士のいざこざに貴族を介入させることに忌避感を覚えたとか。こっちがそんなことをすれば相手側もそうするだろうしね。ランクが高いということはそらだけの伝手はあるだろうし。


「もしかして……信頼されていないのかしら……?」

「それはないね」

「どうして言いきれるのかしら? 私でも信頼していると言って心ではその反対のことを思うことも多いのよ?」

「信頼していないなら一緒にここまで来ないだろうに。デートと言われれば僕だったら好きだったり近くにいても心置き無く楽しめる人としか行かないよ」


 僕の言葉に少しだけセイラは喜んだ表情を見せたが、すぐにその表情が悩んだものへと変わってしまう。


「私は貴方よりも上の存在でギドをグリフ家の名前を使って有名にしたわ。そのせいで無理をして付いてきている可能性もあるのよ」


 なるほど、そんな考え方が出来るか。

 でもなぁ、それってダウトだよね。それだったら店の中であんなことや店の外でのあんなこと、ましてやエスに絡まれてイラつく必要性もなかったし。セイラが殺されて腹が立つのは父であるセトさんが一番だろうけど、それと同等に僕もぶちギレてしまう。もしそれが誰かによって殺されたのなら僕は復讐を試みるだろうしね。


 僕にはなんでセイラをここまで大切にするのかは分からない。好意を持たれたからかもしれないし、天性の八方美人な性格が影響しているのかもしれない。もっと言うのなら愛しているって言う気持ちは言葉にするほど理解していないし。


 ミッチェルのことは大好きだ。他の仲間だと思っている人も。だけどその好きと愛しているは同じなのかがよく分からない。比べる方法が僕の中でその人が他の知らない男とイチャついて腹が立つかどうかだからね。学生レベルの好きはよく理解しているけど一生を共にするほどの好意はよく分からない。


 それでもセイラのことは学生レベルでは、僕以外の人とイチャついていたり楽しそうに話していたらヤキモチは妬いてしまう。だから好きなんだと思う。一緒になるには立場が違いすぎるから無理だし、何よりも誰とも結婚する気は未だにないのにセイラだけを特別扱いは出来ないからね。


「それならこんなことはしないだろ?」


 朝ほどの人通りは多くないので道の端にそれてセイラを強く抱き締める。さっきよりは表情が晴れたけどそれでも微妙だ。頭を撫でても朝ほどの反応はない。


「……無理をしているようにしか思えないのよ」


 そこまで言われれば僕にはどうしようもないね。これに関してはイフに聞くのはズルいだろうし頼る気もない。これは僕とセイラの問題だ。僕のせいでセイラを誤解させたのだから誤解を解くためには僕のやり方と言葉で表さないと駄目だならね。悪いけどこれは僕なりのエゴだ。自分でやらないといけないことは自分でやる。


 それじゃあ、どうするか?

 イチャイチャしたり言葉で表してもセイラには届かない。それならば違うことで見せつけなきゃいけないだろうね。となれば……行動で見せるしかないか。だけどなぁ、例えばどんなことがいいのか全然分からないや。


 自分の秘密でも教えれば信用になるのか。

 かけがえのない思い出が信用になるのか。

 何にも変え難い好意が信用になるのか。


 考えれば考えるほど分からないや。だったらどうしようか。……そうだ! 下心丸出しで接してみるのはどうだろうか? ある意味逆転の発想ということで上手くいくかもしれないし。


「話は変わるけどまだまだ明るいね」

「えっ……? そっ、そうね……」


 言われたいことと違ったからか、セイラはとても悲しそうな心底ガッカリしたような目をした。だけどここからが本題なんだよね。さぁ、僕の童貞心よ。僕のピュアさを見せつけるのだ。


【最低なことをしようとしている人が何を言っているんでしょうね?】


 確かに! でも、これが最善のはずだ。

 少なくとも僕はこれしか思いつかなかった。


「僕の家にでも行かないか? いっつも忙しそうで来たとしてもすぐに帰ってしまうでしょう? 今なら僕の仕事とかも見せられるかなって」

「……出来るのならそうしたいわ。でもここからじゃ行くには時間がかかるし、私の空間魔法が目当てならそこまでのスキルレベルはないかしら。行きたくても行けないのに何を言っているの?」


 まず一つ目、セイラから行きたいと聞けた。

 これで無理やりではないことが確定するしセイラの本心も知れた。特に下の方をやるわけじゃないけどね。


「それは僕に任せてよ」

「まさか、ね。……私よりもすごい空間魔法が出来るわけないかしら……」


 二つ目に僕の秘密となる部分だ。

 これで空間魔法という稀有な力が高いレベルで使えることを教えることになる。そして三つ目にも当てはまることだけど僕の仕事場を見せる。つまりは戦闘だけではないことをセイラに教えてしまうってことだ。最後にもう一つあるけど……それは後のお楽しみでいいか。まだまだ今日が終わるまでには時間があるし。


「それがね、出来るんだよ」


 路地裏にセイラを連れ込みイフから近くに人がいないことを確認してから転移する。今の魔力量なら街までの転移はそこまで苦じゃないし仕事をするだけなら何とかなるはずだ。それにポーションも飲むからね。辛くはならないはずだ。


「えっ……?」


 一瞬のうちに殺風景な横を見れば汚い壁の間で、少し見渡せば放浪者の住処のような布が置いてある空間から抜け出ている。見渡しても今いる空間は毎日のようにエルドとキャロによって清掃された空間で、悪徳貴族のような悪趣味なものは置いていないし道の途中に白い壺がいくつか置かれているだけだ。これは花を挿すための花瓶なんだけどね。ぶっちゃけ花があっても大して映えないから要らないってなって挿していない。


 セイラの驚愕の表情を見る限り転移は初めてなんだろうなぁ。初見ならこうなるよね。目の前の光景が一気に違うものに変わるんだから。僕の場合は変化した情報についていけずに頭痛がしたけど。


「ええっと、初めてじゃないのは知っているけどさ。お客様としては初めてもてなすからここは一つ。……僕はこの家の主でありBランクパーティのザイライリーダー兼商人の役職を持つギドと言います。以後、お見知り置きを」


 セイラの右手を取って甲に軽く口付けをする。アニメとかで見たイメージでしかないから間違っている可能性は大だけどね。


「あら……ごほん、私はセイラ・グリフ。グリフ家の長女にしてセトの娘。貴方のお名前、しっかりと覚えたかしら」

「それは何より」


 ニッコリとほほ笑みかける。

 ここで茶番はいいよね。ぶっちゃけくすぐったくて続ける気にもならないし。セイラの右手を離してしっかりと左手で握る。


「……はぁ、面倒だね、こんなこと」

「言う割には上手だったのよ。最近の貴族にはこの程度のことも出来ない人が多いかしら。働いて稼げているのに加えて礼儀も覚えている。欲しい人はたくさんいそうですわ」

「セイラもその一人ってことかな?」

「……さぁ? そこまでは言えないかしら。私にもグリフ家の教育や理念というものがあるのよ」


 つまりは正直にならないことは教育のせいだと。

 まぁ、一人娘なら大切な戦略結婚の道具として扱われるのが多いだろうから、簡単に恋をするなんて出来ないことは分かるけどね。とはいってもこれもアニメのイメージでしかないけど。


「教えてくれないとは、残念」

「心がこもっていないのよ。本当は理解しているはずしら?」

「そりゃあね。セトさんといえども貴族の、それも有名な家系の主だ。分からない方がおかしいでしょ?」

「……それだけじゃないわ。お父様だけなら私の幸せを、って言って無視することも出来たかしら。だけどギドは気がついているのですよね?」


 気がついている、というのはどこまでなんだろうね。簡単に一言で言えば分かる部分は分かるし、今の一言で納得せざるを得ない部分も理解した。


「国でしょ? 薄々、初めてあった時から思い当たる節はあったんだ」


 例えば王国へ行く道の途中で馬車が襲われていたりだとか、セトさんの異常なまでの怒り方と慌て方。あれはセイラを道具とすることを良しとしていない感じだった。


 ましてやセイラはこうと決めたらそのまま突き進む、そんな強い意志がある。その人が自分を殺してまで動かない理由なんて結構絞られてくるからね。確信は今のセイラの言葉でだったけど予想は少しだけついていた。


「……よく分かっているかしら」


 ゆっくりとセイラは首を縦に振る。

 表情には悲しみのそれが入っていて見ているだけでも悲しくなってくる。望まない婚約なんて幸せになれるかどうか分からないからね。もちろん、縁談とかで幸せになれる人もいることは知っているけどさ。


「それも王国の身分が高い人。ここからは予想でしかないんだけどね。セイラがそこまで言うのならかなり有名な人なんでしょ?」

「……そこまでかしら。さすがに話していい事と悪いことがあるのよ」

「そうか……ごめんね、深いところまで聞いて」

「……私の方こそ悪かったかしら。信頼していないとか決めつけて無理難題をふっかけたりして」


 確かに! 女性のワガママとはよく聞くけどこのレベルが毎日なら既婚者は辛いだろうね。人生の墓場と呼ばれるだけはあると思うよ。


「それじゃあ、話を戻して。今日はあまり人には見せない仕事をしているところを見せようと思う。まだ信頼感は示しきれていないと思ったからね」

「それは素直に嬉しいかしら。でもいいの? 物を作る職人にとっては作り方すら財産とよばれるのよ?」

「職人じゃないしそれを含めての信頼や信用でしょ? それに僕が人に見せないのは相手によっては仕事どころじゃなくなってしまうからだしね」


 例えばミッチェルだったら見せている間に怠惰心が湧いてきて作るよりもゆっくりすることを取るし、アキだったら簡単なこと以外はモフりたくなる。シロなら僕がセイラにやるように悪い方へ導いてくるし、他の人もそれなりにやりたくないなぁ、って気持ちを生み出させるから見せたくないんだよね。


 セイラに関しては少し考えることはあるけどセイラのためにも目の前で見せたいことがあるし、そんなことにはならないって自信があるから目の前で見せるって決めたし。


 それに見せられないことはない。

 そこまで含めての信用でセイラには見せたいと思えることが最大の好意だと僕は思う。他に自分自身が抱いている好意とかを感じる方法が分からないんだよね。鼓動が早くなれば心不全かと思うし。


 まぁ、言い訳を連ねたけど本当に見せられない理由はないし、僕のやり方を真似出来るのならすればいいと思っている。だって消費量も生産量も普通の商人とか薬師とかのギルドに所属していれば、僕みたいにたくさん取り貯めておいて作り続けるなんて出来ないし、何よりも僕の作る量を超える量なんて早々作れないでしょうに。MPが僕を超えていないと難しいからね。


「それならいいのだけれど」

「別に話しながらでも出来ない仕事じゃないよ。セイラが見たくないなら別だけど見たいなら全然構わないし、それに作らなきゃいけないものも多いからね。鱗粉とか気になるものも多いし」


 鱗粉はアキとかのおかげでかなりあるからね。割と使い道は多そうだし薬草も結構ある。護衛途中で取ってきてくれたみたいだしありがたく使わせてもらおう。後は鉱石類だけどそこら辺も抜かりない。予備として残しておいたものがある。


「それなら近くで見させてもらうかしら。後で情報が漏れても知らなくてよ?」

「僕と同じことが出来るのならやればいいと思うな。そう、出来るものなら、ね」


 冗談めかして言うセイラに同じように軽口で返す。僕の働きは営業で例えるなら一日で十件の契約を完了させるくらいには難しいらしい。それもあまり長い期間を置いてとかではなくてね。


 セイラは「本当に楽しみよ」と笑いながら僕の手を強く握る。僕はその手を取りながら地下室へと向かった。明かりはないのでしっかりとランプに火をともしてからね。僕やミッチェルとかアキとかなら洞窟暮らしも長かったからそこまで困ることはないけど、暗闇でのいきなりの発光は目に毒だ。


 昔の日本で起きたアニメの事件みたくなるからね。あれで何十人ものの人が病院に運ばれてテレビのテロップに『テレビは明るくして離れて見てね』と書かれるようになったくらいだし、セイラにとっても結構なダメージになるだろうね。僕は暗視のおかげで目が暗闇に慣れることもないからダメージは薄いけど、無い人には真っ暗で慣れてしまった目には微かな光でも強い光に感じてしまうし。


「……いきなり眩しいのよ」

「セイラの方が眩しいよ。目が眩むくらいに」

「馬鹿を言っていないで早く進むかしら」


 ちぇ、つれないなぁ。

 僕はセイラの手を強く握り返して肩を寄せる。ここから先は道が狭いからね。二人で進むならこの程度は我慢してもらわないと。大丈夫、セイラとの関係はより良くなるはずだ。僕には確固たる自信があった。

書く時間が取れたので書いてみました。もう少し仕事が長引きそうなのでゆっくりと待っていてもらえると嬉しいです。もうそろそろでイベントに繋がるかなぁ……という理想の中で書いています。


後、少しずつセイラの心境にも触れていくので3章はまだまだ続きそうです。終わりは分かれど道は分からず。

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