3章8話 甘いという字は樽のようにも見えるです
タイトルが迷走中です……。
噴水前は少しだけ人通りが少なかった。
代わりにカップルが多いなぁ。それでもセイラレベルの可愛い子は多くないけどね。現にカップルの男性陣の何人かがセイラのことを見ている人もいるし。あーあ、見とれている男の人が恋人にビンタをされたよ。馬鹿だねぇ。
「……すごいね」
「何がかしら?」
「うーん、どこもかしこも肉類しかない所かな。甘いものとかないんだなって」
この街の屋台は肉が有名なのかな。
僕個人としてはデートとは女性と甘いものを食べたりすることだし、ずっと腹に溜まるものばかりだと飽きるからね。ソフトクリームとかはないにせよ、何か他にはないのかな?
「砂糖が高いのに置けるわけがないかしら。ただでさえ育てるのに時間がかかるし、手間暇を考えた後で庶民にも買えるような安いものには出来ないわよ」
「なるほどね。それなら安くて甘いものが売られれば大繁盛間違いなしかな」
「……本当にやりそうで怖いのよ。まぁ、商人ギルドを敵に回さない程度で……そういえばギドは商人ギルドにも登録していたのよ。……余計にタチが悪いかしら」
「なんのことかな?」
軽くお金を払って特許を買うだけですよ?
簡単に砂糖の原料を手に入れる方法はイフ経由で何とかなるし、高ランク冒険者で大きな店の店長でもあるとか最強じゃないか? ここまでいければ結婚とかも身近になるし結構難しくはないよね。
「……試作の時には呼ぶかしら」
「ん? 逆に呼ばれないとでも思っていたの? 付き合ってもらうよ」
「……それなら許すのよ」
はいはい、なんだかんだ言って楽しみなのね。別にいいですよ、僕は異世界を開拓してみせる。元の世界以上に困らない生活を送るためにね。
でもなぁ、今は肉とか食べる気になれないし少しお金を出してでも甘いものを出す店を探すか。……この近くにはなさそうだなぁ。屋台で食べるのは諦めるか。
「……何か物足りないのかしら?」
「うーん、いや、甘いものが食べたかっただけだよ。僕のいた村だと甘いものって高くなかったからさ」
「……異世界人が近くにいて不自由がない村なんて聞かないかしら。本当に不思議なのよ。……ギドは本当に……」
「うん? どうかした?」
「……なんでもないのよ。ただもう少しだけ早く会えていればよかった、なんて甘えたことを考えていただけかしら……」
セイラが力なく笑う。
もう少しだけ早く、か。確かにそうかもしれないね。僕にはセイラの抱えている厄介事も、王国に来る理由も知らないのだから。もし早ければセイラがここまで悩む必要がなかったのなら、僕も少しだけ悔やむしかない。
「……あっ、パンケーキ屋さんがあるんだね。どうする? 行く?」
「はいはい、ギドは食べたいのね。分かったかしら。行くのよ」
よく言うよ。本当は食べたいくせに。
パンケーキ屋のパの字で瞬きが多くなったのは見逃さないよ。食べたいのなら素直になればいいのに。なんでもするの効果は切れてしまったのか。
真っ白い壁に大きな看板が取り付けられた店。大きくパンケーキとも書かれているから間違いはないよね。たださ、この世界でもパンケーキってあるんだ。案外、そこまでの文化が行き届いていないと思っていたよ。……クッキーとかドーナツとか売り始めたら高く売れそうだなぁ。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「二名です」
「分かりました! テーブル席か個室がありますがどちらにいたしますか?」
テーブル席か個室か……。
特に変なこととか長居する気もないからテーブル席で良いような気がするんだけど。……うん、ここは僕だけで決めることではないよね。
「だってさ、セイラはどっちがいい?」
「えっ、えーと……個室でお願いするかしら。大丈夫そう?」
「はい! まだ一席だけ空いていますので! うちは早い者勝ちですからね! じゃんじゃんお金を落としてください!」
「はは、そうだね。そうさせてもらうよ」
「……ここまで裏表がないのは初めて見たかしら。……でも悪い気はしないのよ」
「そこが取り柄なので! では、ご案内いたします!」
元気で声も聞き取りやすいね。
それに店での言葉は全国共通なのかな。個室がある店とかお金持ちしか来ないイメージなんだけど。お互い焼肉屋さんとかさ。まぁ、セイラなりの配慮なんだろうけど。
一番最奥の部屋に通される。その手前でたくさんのカップルが僕達を見るけど割と歳がいっている人が多いね。後はオッサンと若い女性の人が多い。なんだろう、どこかの夜のお店の同伴なのかな? アフターでもこぎつけたのかな?
もちろん、渡す気もないのでセイラの方に手を置いて近づけたけどね。何人かはものすごい形相で睨んできたけどスルーしておいた。ふはは、偽物のリア充どもめ! ざまぁーみれ! ひゃああはっはっはー!
「それで何を頼みますか?」
「うーん、見方が分からないからオススメとかある?」
セイラが驚いた顔をする。
おかしなことかな。僕はいつも食事に行く時はオススメとか聞くんだけどなぁ。分からないことは聞く、わざわざ自分の好みに合わないものとか食べたくないし、オススメと言うだけあってその店で手の込んで開発されたものだからね。適当なものを頼むよりは断然いいと思う。
「これですね!」
「フルーツ盛りか。銀貨七枚……そこまで高くないんだな」
「えっ? 何を言っているんですか! お客さん!」
「……ギドはこれが平常運転かしら。私もそれでいいから持ってきて欲しいのよ」
「かしこまりました! 十分ほど時間を頂きますね!」
簡単な注文を終えて店員さんが奥へと引っ込む。その途端にセイラが隣に来たのでどうするのかな、と思っていたら頬を抓られた。割と痛いし僕におかしな所はないと思うんですけど……。
「……銀貨七枚が安いなんて頭がおかしいのかしら。それに道中で抱き寄せてくるし……店でもそうなのよ。あんなことされたら恥ずかしいかしら」
「いや、でもさ! 今回は僕が奢るんだから別にこれくらいはいいかなって! ほっ、ほら! なんでもするの延長線だと思ってさ!」
「奢る……聞いていないかしら。てっきり私の財布を頼りに……」
「そんなわけないでしょ……どれだけ僕って信用ないの……」
デートで軽いものなら男子が奢るでしょ。
その後にその女性がお返しをくれるかどうかでその人の性格も分かるし、なによりセイラの場合は貢ぐとかじゃなくて笑顔になって欲しいから奢るだけだし。
「……それなら銀貨七枚の奴を頼んだのは失敗だったのよ……」
「セイラはそれを食べたかったんでしょ? 変に気遣われるよりもありがたいよ。今回はデートなんだし恋人が変なヤツらに目を付けられるよりは多少の恥は我慢しなきゃ」
そう、この店の同伴オヤジやチンピラのように。……あの歳であれって本当に家庭があるのかな。もしくは貴族とか? 変に目をつけられて欲しくないし。
「……今なら恥はないのよ」
「はいはい、抱きしめてほしいのね。ほれ、いくよー」
「そっ、そんな……こと……」
抱き締めたら静かになる、これ如何に?
答えはそういうことですよね。分かります。
「……本当は無理やり付き合わせて悪かったと思っているのよ……」
「それは今日のこと?」
「……違うのよ。今回の護衛依頼のことかしら。私でも思うほどに強制的な依頼かしら。私が冒険者なら怒るほどに」
そこまでのことかなぁ。
別にそこにはセイラとか、セトさんとかとの関係性があって、それで僕は何も思わないで受けるって言ったわけだし、なにより誰も反対意見なんてなかったしね。僕の家での共通認識はグリフ家は大切なお友達、もしくは上司だし。
「僕は怒っていないよ?」
「そうじゃないかしら。本当はワガママだったのよ。今回のことは。お父様が言うには私一人でもことを終えられるような。……でも、勇気が欲しかったのよ……」
今回の王国へ行く理由はそこまでなのか。
もっと軽く考えていたんだけどセイラからすれば心の持ち方が違ったと。……それで僕を呼んだっていうことはセイラからしたら僕は心を許す存在ってことだよね? やったね!
「……僕でよければ、僕達でよければそんなことを言わなくてもいいよ。確かにどうして王国に来たのかは気になるけどさ。話したくないのに話せなんて僕は言わないし」
「……ズルいのよ。そんなことを言われたらもう行きたくないかしら。……ギドに連れ出してもらいたいのよ……」
「……セイラが望むのなら」
「馬鹿……なのよ……」
セトさんがどう言うかは分からないけど、なんだかんだ言って許してくれそうなんだよね。多分、僕が思っている以上に今回の依頼は国家間の摩擦が起こるか起こらないかレベルの存在だ。
「……個室じゃないと甘えられないもんね」
「……そうね。よく分かっているのよ」
あら、素直。
可愛いなぁ、髪の毛を触ると目を細めて僕の髪にも触れてくるし。やっぱり、好きな子に髪とか触られると嬉しいよね。どうでもいい人以下なら気持ち悪くて払っちゃうけどさ。
「……頑張るのよ。だから、力を貸して欲しいのよ。私の勇者様……?」
「はぁ、僕は勇者じゃないけど、セイラが望むのなら仕方なく、ね」
「……素直じゃないのはお互い様かしら。勇者なのは分かっているのよ。ギドもロイスも」
「なんのことだか?」
うっわ、ロイスのことも分かるって大概だよね。僕ならまだしもロイスまで勇者って見抜くなんて……本当にそんなスキルでもあるんじゃないの? 実際、ステータスには??って言う謎の何かがあるし。
「……私も貴族のように傲慢なのよ。ギドを私だけの勇者にしたいのだから」
「無理だね、セイラのことは好きだけどセイラだけのものにはなれないし」
「分かっているのよ。だから私だけじゃなくてミッチェルにも、皆にもその優しさを向けて欲しいのよ。……でも、今だけは……」
「誰もいない今だけはセイラだけの勇者。それでいいよ。そうじゃないとセイラを近くまで寄せたりしないって」
「……たらしなのよ」
言葉とは裏腹ににこやかに笑うじゃないか。
可愛く感じて余計に近くまで寄せてしまう。髪と髪が触れ合って少しだけチクチクする。なぜかそれが心地よく感じてしまう。嫌な気なんて一つもしない。
「ヒューヒューですね!」
「うわっ! いたの!?」
「えっ……いつからいたのかしら?」
「そっ、そんなに威圧しなくてもいいじゃないですかー! 私は頭と頭を触れ合わせているところからしか見ていませんよー!」
「そっ、そう。……って! それでもダメなのよ!」
セイラがそっと胸を撫で下ろす。
まぁ、個人が特定出来るような言葉が並んでいたからね。確かに聞かれたらまずいよね。でもさ、この人にそれは効かないと思うけど。
「ところでどうしたんですか?」
「あっ、パンケーキが出来たので持ってきました! はい! ギドさんとセイラさんに! 後、お水です! もちろん! 私の体から絞り出したお水ですよ!」
「きっ、汚いかしら……」
「そっ、そんな……このネタが効かないなんて……そんな人がいるなんて……」
「魔法ってことですよね? 魔法が使える人や高魔力の人の水や火は高レベルで美味しかったり扱いやすかったりするらしいですし」
「そうです! ギドさんみたく私も水魔法が得意なんですよ!」
へぇ、僕みたくね。
とりあえずこの人にはチェックをつけておこっと。下手をして敵に回したら面倒くさそうだ。悪い人ではないけど目の奥が少しだけばかりしれない。
水に手をかけて飲み干す。これだけに意味がある。他人が出す飲み物を飲み干すということはその人を信用しているってことになるからね。現に店員さんの目が少しだけ泳いだ。
「それではフウさん。美味しく頂いたので後でお代わりをください」
「かしこまりました! いい飲みっぷりですね! セイラさんもどうぞ! どうぞ!」
「あっ、それならいただくかしら」
セイラがコップに口をつける。
軽く喉元に水を注いでから目を細めた。
「美味しい、のよ」
「それは良かったです! 私の自信があるうちの一つですから!」
「へぇ、負けていられないなぁ。セイラ、これも飲んでみてよ」
「……透き通っているかしら」
セイラのコップに水を注ぐ。
もちろん、僕の水魔法で出されたものだから僕の魔力の質が悪ければフウよりも美味しくないけど……そこは自信がある。
「……甘くて美味しいかしら。それも自然な感じで臭みとかエグ味も一切ないのよ」
「へっ? そっ、それならこちらに注いでください! 私も飲んでみたいです!」
……あの、それ僕が水を飲んだコップなんですけど。絶対に気がついていないよね? いや、いいんだけどさ。割とミッチェルとか怒りそうなんだけど……。バレなきゃいいか。
「ほれ」
「ありがとうございます! ゴクゴク……ん! なんですか! この甘味は!」
どこぞの社長さんみたいな声を出すなぁ。
今なら九千八百円! みたいなさ。それにしてもそこまでか。……イフに昔聞いただけでそこまでの差があるなんて思わなかったんだけど。
「……まさか負けるなんて……上には上をいると知りました! どうか弟子に!」
「いらない!」
「酷いです!」
なんとなくこの人の扱い方は分かるな。
ノリのいい人だ。好きか嫌いかと言われれば割と好印象で嫌いではない。仲良くなれるかどうかはわならないけどね。
「……私を置いていかないで欲しいかしら」
「手を握ってくるなんて可愛いなぁ。ほら、膝にでも乗る?」
「子供扱いしないで欲しいのよ!」
「ふふっ」
うん、フウが笑うのも分かるよ。
怒って否定しながら乗っているしね。しかも足を伸ばしてくつろいでいるし。僕の両手を上手い具合に抱きしめるような形に動かしてくるしね。素直じゃないなぁ。
「面白そうなお客さんで良かったです! ごゆっくり!」
「うん、美味しく食べさせてもらうね」
「……早く食べるかしら」
はいはい、せっかちですね。
抱き締める手を動かしてナイフとフォークを持つ。軽くパンケーキを切って果物を乗せて口に運ぶ。うん、甘くて美味しいな。でも日本のホットケーキよりは甘くないや。
パンケーキ自体は食べたことがないなら食べ方を知らないし、区別のしようもないんだよね。もし日本のパンケーキがホットケーキより甘いのなら想像しているよりも甘みは薄いかな。
だけどセイラは美味しそうに口に頬張るしこれが普通なんだろうね。ここで変なことを言ってもセイラの気分を害するだけだし、砂糖の量産が出来る時にセイラにより美味しいもの食べさせてあげよう。喜んでくれるよね、きっと。
3章はセイラが主人公の回! なのでセイラの可愛いところを凝縮させてみました! もう少しだけセイラとのデート回が続きます! 楽しんで読んでいただければ幸いです!
セイラの詳しい話とかそのうち出てきます!




