3章7話 やはりデートで間違いは(略)
「まずはどこに行こっか」
セイラはどうか分からないけど僕に関してはこの街に対する知識もない。何か街の特産でもあるのなら買いたい気持ちもあるし、特有の魔物でもいたら倒して素材が欲しいかな。……後者は今必要な話ではないか。
この世界のデートってどんなのなんだろうね。日本なら大きなデパートとかゲームセンターに行って遊ぶけどさ。他にはカラオケとか? 得意な歌なら九十近くは出せるけど皆にせがまれるのは下手な曲なんだよなぁ。幼馴染に至っては「場を整える」なんて言って僕の前に歌うしさ。
いや、いいんだ。歌うのはいいんだ。でもさ、僕の前に九十後半出すのはおかしいと思うんだ。頑張ってもそれは超えられないって……。
「デートなのだからギドに任せますわ」
あっ、デートなんですね。
任せるって言われてもなぁ。ミッチェルなら特にどこへ行っても楽しんでくれるし、アキなら戦闘に行けばいいし、シロなら一緒に昼寝とかだし、ロイスは模擬戦とかだし……セイラに関しては本当に分からないんだよなぁ。
「デート、ねえ……。さっき平民のセイラって言ったんだから平民の楽しみ方でもいいの?」
「むしろそれがいいですわ。ギドが女性にどんなことをして楽しませるのか気になるかしら」
うわぁ、すごいプレッシャーだ……。
この世界でデートならまずは買い食いとかかな。はしたないとか言う女子がいるけどさ、僕は結構好きなんだよね。食べ方とかは気にせずに楽しめるか楽しめないかで仲が良くなるかどうかも分かるし。
えーと、場所は……あっ、ここね。ありがとう。ちなみにオススメとかは……はい、自分で探します……。
イフのバカヤロー。
別にオススメくらい教えてくれてもいいじゃん!
「……とりあえず噴水近くに行こうか」
「ええ、分かったわ」
多分、噴水はどの街でもあるんだろうね。
この街でも噴水の近くが一番の中心街みたいだ。ただ少しそれれば貧民街と言われる一種のスラム街に入るらしいけど。……ここが僕達のいた待ちとの違いだね。僕達のいた街はスラム街はなく、貧民の人はいてもセトさんのおかげで毎日が生きれるかどうか、なんてことはないらしいし。
「……やっぱり上に立つ人次第で良くも悪くもなるんだね」
「いきなりどうしたのかしら?」
「うん? 別に?」
セイラはクスクスと笑う。
いつもと違う香水の香りが軽く漂うけど嫌な気持ちもない。僕って香水が苦手なんだよね。理由としては僕の嫌いな先生が香水をバンバン使っていたからだけど。使い過ぎて香水の香りのはずなのにお線香の香りになっていて幼馴染と笑っていたよ。
「セトさんっていい人だよね。この街に来てよりそう思っただけ」
「あら、ギドに褒められるなんてお父様も喜んでいるはずですわ。あの人はギドのことを息子にしたいって言っていたくらいですし」
「それは光栄だね。でも無理そうかなぁ。昨日みたいなことをたくさんすると思うから顔を潰すことになるだろうし。なにより貴族とか面倒くさいだろ?」
「……ええ、そのせいで自由もないですわ。だから今日くらいは自由に……」
「大丈夫だよ。セイラが楽しいと思える一日にするから」
「……それは嬉しいですわ」
セイラが少しだけ儚げに笑う。
僕には理由なんて分からない。セイラの貴族としての生活も知らないし何で王国に来る必要があったのかも教えて貰っていないのだから。それでも貴族としての務めが王国に来る、自由を失う理由となっていることは分かっている。
「……多分、これが最後の、生まれて一番の楽しい時間になると思うのよ」
「……そんな悲しいことは言わないでよ。セイラが望むのならいつでもセイラの近くに行くよ。楽しめないなら僕が楽しませてあげるからさ。……っていうのは自信過剰すぎるか」
「ええ、とっても。貴族以上に傲慢ね。だけど……ありがとう」
モヤがかかっているような、前とは違う壁があるような気がする。僕なんかで楽しめるのならいつでも、っていうのは冗談にしても遊べる時は遊ぶつもりだ。
「……まぁ、楽しいかどうかは分からないけどね。僕だって女性と遊ぶ経験は多くはないし」
「嘘ばっかり。あんなに女性を侍らせておいてなんて言い草かしら」
ごもっともで。
僕の八方美人な性格も悪いけどさ、よりにもよって僕を好きになる人達も悪い気がする。僕のせいじゃないよ。僕を好きになる人達が悪い。……冗談だけどね。
「でもさ、僕もなんで僕なんかを好きになるのか分からないんだよね。セイラはなんで僕を好きになったの?」
「大切なことに嘘をつかず偽ることなく私の近くで楽しませてくれるからかしら。……って! なんで私がギドを好きってことになっているのかしら! おかしいのよ!」
「えぇ……好きじゃないの?」
お決まりの言葉。
そしてセイラの返答にも予想はつく。
「……嫌いではないかしら」
セイラはそっと頬を押さえた。
赤みに染まっていく頬は化粧のせいなんかじゃない。ほとんどスッピンを映えさせるようなナチュラルメイクはとても好きだし、なによりセイラに濃い化粧は似合わない。軽く頭を撫でるとセイラはより笑顔を濃くした。
「……仲間を大切にするところ。そうやって優しくするところがズルいかしら。少しだけ冒険者ギルドで守られたギドの仲間達が羨ましかったのよ」
「だから護衛は僕だけなのね。今日は個人的な活動だから報酬はセイラから貰わないと。セイラも僕を楽しませないと駄目だからね」
「ええ、出来ることならなんでもするしますわ」
なんでも? 今、なんでもと言いましたか?
ええ、言いましたよね? なんでも、と。それならばあんなことやこんなことを頼んでも出来ることならやってくれると。例えば(自主規制)とか(自主規制)とかもしてくれるのですか?
【想像なのに自主規制を想像するあたりマスターらしいですね。女性との夜の営みも想像出来ない童貞マスター、さすがです!】
……イフがいたのを忘れていた。
うるさいなぁ、想像したいと思わないんだよ。なんかさ、面倒くさい。そんなことを想像するくらいなら違うことをしたいし。なにより今の生活の中でそんなことを想像すれば僕の理性を止める鎖が外れてしまうだろうしね。ましてやそんな隙を見せたらイルルとウルルにつけ込まれるしね。サキュバスの名は伊達ではないと考えている。
「それなら……うん、今のところは手を繋いでいるし何もないかな。話しているだけでも楽しいし」
「そう、かしら……?」
「楽しくないなら護衛であっても二人での行動なんてしないよ。それにミッチェルに話したんでしょ? 明日は用事を入れてくれないかって?」
セイラは黙った。
恥ずかしそうに俯いて空いた片手で口元を隠す。おー、初々しいなぁ。貴族だからこそ、こんなに純粋な反応が出来るんだろうね。こんな姿を見れて少しだけ、いや、かなり嬉しいや。
「……バレたら仕方がありませんわ。そうですわよ、昨日、ミッチェルに頼んで二人にさせてくれって頼みましたわ! それが悪いのかしら!?」
「はは、悪くなんてないよ。なんかそこまで求められて嬉しいなって。セイラがこんなに大胆な行動を取るなんて初めて見たし」
「なっ、何を言っているのかしら! 別に……ギドに喜んでもらえて」
「思っていないんでしょ? それでいいよ。ただ僕は初めて遊ぶ今日を楽しみたいだけ。それにさ、好きな子が喜ぶ姿って悪い気はしないだろ?」
「好きな子……ええ、そうよね……」
嬉しいのは見て取れる。
だから今日くらいは楽しませるつもりでいるさ。それくらいの器量を見せないと、セイラを楽しませる分だけ自分も楽しまないと良い思い出になんてならない。それはよく分かっている。独りよがりなんて絶対にダメだ。
「……この女ったらし」
「最高の褒め言葉だね」
「褒めてないかしら……」
軽口を叩く。
いつもよりも友人らしく、恋人らしくいなくちゃね。
「……出来ることならなんでもするって言っていたよね?」
「ええ、変な事じゃなければいいですわ」
「それなら……素直になってみてよ。いっつもどんなこと考えているのか知りたいな」
「素直……嫌ですわ!」
はいはい、そう言うと思っていましたよ。
でも小さく「好意を持っていることが」なんて言われたら余計に、ね。あれ? こんなことをするから女ったらしって言われるんじゃ?
で、でもさ! やっぱり好きな異性は好きになるよ! 人は環境に適応する! そう! 僕はこの世界に適応、一夫多妻制に適応しただけだ!
【最低ですわ!】
セイラの声で言わないでください!
一瞬だけセイラに言われたと思って振り向いたじゃんか!
「……どうかしたかしら?」
「いや! ……それなら僕も何か言うことを聞くよ。それなら素直になってくれるかなって」
適当なことを言ってしまった。
しかも何だそれ……。明らかに握手すぎる気がする……。まぁ、口から出たら戻すことなんて出来ないし……変なことを頼まれないように願わないとね。
「……少しだけ寒いですわね。……ほら! 素直になったかしら! 言うことを聞きなさい!」
「えっ? あっ、はい!」
セイラを後ろから抱き締める。
まだ人が行き交う道の途中だ。そこでセイラを抱き締めてしまった。だけど、よくある話ではこれでミスはないはずだよね。寒いから、だから、手を繋いでとか、抱き締めて欲しいとかそんなところのはずだ!
「……馬鹿かしら……そんなんだから私も、皆も……」
「……ごめんね。我慢出来なかったから」
これが精一杯の言い訳だ。
まさか相手が求めていると思ったから、なんて言葉は最悪の返しでしかない。相手のことを考えてそうするのなら例え正解であるとしても素知らぬ振りでやらないといけない。セイラなら恥ずかしがってしまうから尚更だ。
ヒューヒューうるさいなぁ。
ここの街の住人達はそうしないと生きていけないのか! あのね! 僕だって恥ずかしくないわけじゃないんだよ!
「はっ、早く離れるかしら! 暑苦しいったらありゃしないのよ!」
「うん、でも僕がすぐに離れたくないからゆっくり、ね?」
「仕方ないわ……ゆっくりでいいわよ……」
否定されたら泣いていたけど否定されないってことはミスっていないってことだよね? 本当にギャルゲーみたいな選択肢が出てこないかなぁ。もしくはやり直し機能とか。さすがにそこまでのスキルはないよね。死に戻りとかなら死ぬの怖いし出来ないや。
「おい!」
また絡まれそうな気がしたので軽く威圧して黙らせておく。昨日のチンピラに似たい人だな。よく考えれば昨日のチンピラも最初に絡んできた、ザッコーみたいな人に顔が似ていたし。この三人は軒並みステータスが低いから雑魚三人衆って名付けておくか。
しっかりと昨日のことを踏まえてチンピラ君だけがいきなり倒れるようにしただけだよ。あれ? あのチンピラ君は熱中症にでもかかったのかな? きっと誰かがギルドか病院まで運んでくれるさ!
「なにあったのかしら?」
「さあね? ほら、行こうよ。そんな見ても毒にしかならなさそうな奴なんて放っておいてさ」
「案外、毒舌かしら。まぁ、ギドがそうしたいのなら言うことを聞くわ」
手を離して軽く頭を撫でる。
僕の撫でスキルはたくさんの女性の頭を撫でたことによって最高レベルとなっている。なんだろう、言葉だけを取ればすごく最低な人に見えるな。僕はそんな卑猥なことしていないのにさ。
頭を撫でると目を細めて静かに腕を組んできた。……僕の中では恋人繋ぎよりもランクが高いんですけど、これって好きでもない人にするのかな?
とりあえずはその足で噴水に向かった。どうかこの後の選択肢でミスをしませんように……。せっかくの好感度を下げたくなんてないよ……。
やっぱりデートを書くのって楽しいです。デートとかって作者の考えや異性への扱いが分かりますよね(笑)。えっ? 私は全部想像ですよ?




