閑話 もう一人の勇者4
ニースに見送られ食堂に集まる頃には皆はもう席に着いていた。昨日のパーティ組み分けで分かれており俺はコウタに連れられて一番前の席に座る。
今日はムッノー様は来ていないようだ。あの人も王様だから来れないのは仕方ないと思う。逆に昨日まで俺達のために来てもらって申し訳ない気持ちもある。ただし何か裏がなければの話だけど。
そういえばライトノベルでよくあるような王族に囲まれる、なんて展開は一度もないな。というよりも王様のムッノー様以外、俺は見たことがない。王妃様も王子もいるのか、それともどこかに匿われているのか。
勇者召喚でよく見る展開としては調子に乗った勇者陣営の人達が王女様を襲うこともあるし、もしかしたら過去にそんなことがあってお披露目していないのか。……もしくは国としての問題でもあるのか。
空っぽの胃袋に食事を運びこむ。
それが終わる頃にはリュードさんに連れられて戦闘班は外へ出た。数十人という大規模な兵士がいて全員が槍を持って剣を腰に差すテンプレに近い見た目だ。その後ろには大きな馬車が一つと中くらいの馬車が五つある。中くらいとは言っても三畳よりも大きくて、そこで暮らすことも出来るくらいに広い。
「今から全員で街を出てすぐの森へと向かいます。武器はそこで支給するので安心してください。また多数の精鋭の兵士達が皆様の手助けをします。そこまで構えずとも安心して大丈夫ですよ」
どっと肩の力が抜ける。
俺が構えて皆を守る必要がない。それが分かるだけで結構、心に余裕が出来るからな。てっきりリュードさんだけが同行してくれると思っていたから。それだけ異世界人はイレギュラーな分だけ強いんだろうな。
馬車に乗る。兵士達は乗らずに護衛するようだ。俺達のパーティは一番大きな馬車に連れてこられた。リーダーとして認めてくれているのか、皆から不満の声が上がることはない。
馬車の中は豪勢だ。
何かの毛皮が床に敷き詰められ大きな窓から外が眺められる。流れていく街並みが故郷である日本の街並みを懐かしくさせてくる。この世界に来て良かったと思うけど戻りたい気持ちも薄くだがある。
「どうした? 外なんて眺めてさ」
「ああ、コウタか……。いや、外が綺麗だったからね。少しだけ昔のことを思い出していたんだ」
まだイツキとシュウに嫉妬も憧憬も持っていなかった純粋な時代。それが俺の頭を過ぎる。何も考えずに楽しく生きていられた毎日。家に帰りたがらないイツキと一緒にシュウの家によく泊ったものだ。
俺はシュウに可愛がられていた。
その優しさがとても好きで嫌いだった。
俺では二人に勝てない。そんな嫉妬心がいつからが生まれ始めた。出来ればこれ以上の汚い感情を芽生えさせたくはない。この綺麗な街並みに浄化されてはくれないだろうか。
俺は無理やりため息を吐く。
喉元に刺さった魚の骨のように取れない汚い感情を外に出し切りたい。だけど俺の心の奥に刺さっているのか、ため息ごときでは砕けることも抜け落ちることもない。
この綺麗な空気が心を通過してくれればもしかしたら、この感情は……。
「……大丈夫ですか?」
「サクラ……ああ、いや、少しだけ考え事をしていただけだよ。コウタもそんな顔をしなくていい」
宥めて街並みが過ぎ去るのを待った。
少しずつ吐かれる息に汚染されていく街並みが、勇者の話を嗅ぎつけて野次馬に来た民衆達が、とても空虚で、俺の心から抜け落ちた何かのように感じられた。
街を出てすぐに馬車は森の中へと突き進んでいく。白樺のような大木が並ぶ、それでいてたくさんの魔物がいるテンプレートな森だ。
あれはゴブリンだろうか。
小鬼がいて棍棒を持っている。そんな存在が近づけば兵士が槍を突き刺して倒していく。
次に近づいてきたのは狼だ。
青と茶色の中間色の毛皮を羽織ったプライドの高そうな顔。それが簡単に槍の錆にされて息絶えていく。
こんなにも命が簡単に消える世界。
俺も簡単に消えていくのだろうか。
もし兵士の怒りを買って、リュードさんの怒りを買って、強大な敵が現れて、俺は立ち向かったところで倒しきれるのだろうか。そんな勇気が俺にはあるのだろうか。
木のない拓けた場所に馬車が止まり俺達は降りる。先に兵士達が周囲に展開して中間に俺達のパーティから順に縦に並んでいく。一番端が俺達で隣が後ろの馬車。その真ん前にリュードさんが立っている。
「それでは君達には武器と防具を支給します。最初は勇者様から順に渡していきましょうか。どうぞ、私の前に来てください」
「分かりました」
俺はリュードさんの前に行く。
すぐ真後ろに後続の馬車のパーティリーダーがいて、目の前にはリュードさんがいる。軽く会釈をするとリュードさんは笑い続けた。
「まずはこの聖剣です。昔の勇者様に仕えていた鍛冶師の少年、シシジマ様が作ったとされる最高傑作です。銘はデュランダルです」
「これが……」
鞘から軽く剣を抜く。
純白の剣がキラリと煌めく。
「……綺麗だ」
「ええ、これはシシジマ様が完璧を求めてお作りになった聖剣ですから。王国に仕える気はないと少し前に国を出てしまいましたけどね」
悲しそうに笑いながら剣の説明をする。
それを聞きながら剣を鞘に戻して再度頭を下げる。
「次はこちらです」
なるほど、どこから出したのかと思ったら小さな袋から武器を出していたみたいだ。リュードさんはそこから聖剣に負けないほどの真っ白い鎧を出し手渡してくる。
着方が分からないけど……まぁ、ここは異世界だ。羽織るように体に通せば勝手に着れるんだろう。俺は静かに鎧を着て腰にデュランダルを差す。
「こちらもシシジマ様の最高傑作です。本当に惜しい人をなくしてしまいました……」
いや、死んでないと思うが……。
まぁ、でも一度は会ってみたかった。人となりによっては仲良くなれる気もしたし。俺に合った武器も作ってもらいたかったしな。
そして他の人達に武器と防具が配られていく。デフォルトとして職業を教えていない人は片手剣で、職業を教えている人にはその職業にあった武器が配られている。大体が鉄製のものばかりでイマイチ価値がよく分からない。この世界では鉄製が一番ランクが低いのだろうか。
「これから森の中で戦闘をすることになります。くれぐれも身勝手な行動はやめてもらえるとありがたいです」
俺はやらないが全員がやらないとは言いきれないしな。リュードさんがそう言うということは過去にそうした人がいたのだろうか。リュードさんは若そうだから昔の勇者の手助けをしていた兵士達が伝え続けていたのか。
「それでは私は勇者様のパーティを担当します。他は兵士の指示に従って戦闘を行ってください」
全員の声が重なって大きな返事となる。
兵士の半分が他のパーティに、もう半分はこの場に残って馬車の番をするようだ。逆にリュードさん一人で俺達の護衛が出来るという方がすごいと思うが。
「日が少し傾いた頃に終了とします。それまでは生死を分ける命懸けの戦いです。そこをよく考えて行動してください」
次は兵士の声も重なって大きな返事となる。
リュードさんが「それでは散ってください」と言うと蜘蛛の子を散らすように兵士が先に行き、その後を他のパーティの人達が続いていく。
リュードさんも無言で進み始めたので俺達も後を付いて行った。
「グギャギャ」
そのまま小道にそれてすぐにゴブリンが現れた。俺で百七十五あるがゴブリンは俺の半分ほどの身長だ。それに伴って装備品である棍棒も俺達からすれば、子供が遊びで持つ小枝くらいの大きさでしかない。ただゴブリンは子供のように可愛げがなく、汚くしわくちゃな顔はサクラをいやらしい目で見るだけだ。
「君達に聞きますが私が先に倒し方を見せた方がいいですか?」
「……このくらいなら出来ます」
プライドを傷つけられたのか、イオリが少し考えてから返事をした。俺もそう思うが戦闘をしたことはないから見たい気持ちもある。コウタも首を縦に振っているみたいだし、リュードさんはどう対応するのか。
「それなら頑張ってください。いいですか、油断は絶対にいけませんよ」
「分かっています」
コウタとイオリが走り出す。
そして二人の拳がゴブリンに刺さった瞬間にゴブリンは死んだ。……早いな、これがステータスというものなんだろう。
「よく出来ました」
「……ありがとうございます」
少しも馬鹿にした感じはなく心からリュードさんは褒めている。それにイオリは驚きながら感謝の言葉を述べていた。たかだかゴブリンを倒したぐらいで褒められるのはおかしい気がするけど。
「こうして魔物を倒していくと経験値が得られます。今回は最弱と呼ばれる魔物だったので戦い方などは関係がありませんでしたが、そのうち必要になってきます」
「経験値が得られればレベルが上がるという考えでいいんですか?」
「そうですね。後は勇者様達でパーティを組んでもらって経験値の共有をすれば、そこまで苦労せずに全員のレベルが均等に上がるはずです」
パーティのメリットは経験値の共有か。
でも均等にということは同じ量で割り振られると考えて良さそうだな。デメリットは自分が強くてばかばか敵を倒しても、その時に得られる経験値はパーティ共有で特別感はないな。
その後はリュードさんにパーティの組み方を聞いて全員でパーティを組んだ。ゴブリンではさすがに戦闘経験は積めないので、さて、どうしようかな。
ここら辺で閑話が半分くらいまで進んだような気がします。……いや、でも書かなければいけない話が結構あるので気のせいかもしれないです。……早くギドの話を書きたい……。




