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閑話 もう一人の勇者1

3章の後半に続く話ですが飛ばしてもなんの影響もないです。イチャイチャ系を望むのであれば読まなくても別に楽しめると思います。


後、深夜テンションで書いているので読み直して書き直しをする可能性が高いです。暖かい目で見守ってください……(遠い目)

「昨日、シュウが女勇者を連れて王国から逃げたらしい」

「えっ?」


 俺は言葉を詰まらせてしまった。

 今、なんて言った? シュウがココを連れて外へ出た? 俺以外の勇者が二人いなくなった?


「……本当か? コウタ?」

「ああ、リュウヤが慌てるのも分かるけどムッノー様が言っていた話だ」


 俺の前にいる幸太は俯きながら話す。

 イツキが消えてからシュウも消えたのか。俺からすれば二人とも俺の前を走る大切な存在だ。消えられては少しだけ困る。イツキは御神木の下敷きになって死んでしまったけど、シュウやイツキの妹のココが消える理由がない。……もしかしたらこの世界にいるのか。


 いや、今はどうでもいい。

 俺以外の勇者はシュウとココだったのだから、勇者としての仕事は俺にお鉢が回ってきそうだな。……本当にやめてほしい。俺は静かに暮らしたいというのに。


 目の前のコウタこと鈴木幸太の職業は格闘家だ。王様の計算では勇者のパーティを二つ作ってレベルを上げていく予定だったから、俺とコウタ、そして何人かの遠距離ジョブの人を入れるはずだった。シュウはココと一緒だっただろうな。本当に羨ま……いや、なんでもない。


 その話は続いていそうだから、さて、俺は誰をパーティに誘えばいいのかな。シュウもちょうどいい時に逃げたものだ。明日にパーティを組む話がされる予定だったから、そうなれば逃げられるものも逃げられなかっただろう。


 その日は少しだけ悩みながら眠りについた。

 翌朝、早い時間に目が覚めてしまう。理由は分かっている。勇者としてのプレッシャーが俺を痛めつけているんだ。昨日までは俺よりも才能のあるシュウがいた。俺は手助けをすればいいだけなんて高を括っていた。


 でも、どうだ?

 あいつは逃げた。元々好きではなかったがより嫌いになってしまった。才能のある奴が逃げてどうするのだろう。


 俺は行き場のない、それでいて不条理だと理解している怒りを壁にぶつけた。軽く殴っただけのはずなのにステータスのせいか穴が空いてしまう。


「どっ、どうかしましたか?」


 俺に当てられたメイドが部屋に入ってくる。

 そうか、ここは俺の家ではない。こんなことをすれば普通は不敬罪で斬首ものだ。だけど今の俺は勇者、良くも悪くも俺を罰することは出来ない。メイドからすれば自分達が殺されないかでビクビクしているのだ。


「……少しだけ怖い夢を見たようだ。慰めてくれるだろうか」


 元の世界では通用しなかった技。

 それが俺の目の前のメイドには通用した。少し甘い言葉をかければメイドは膝を差し出して頭を撫でてくる。元の世界で言った時にはシュウやイツキの名前を出されて拒否されたものだけど。


 よく考えれば今の俺にそんなことは関係があるのだろうか。悪いが俺の恋の九割は二人によって阻まれてきた。よくつるんでいた事も理由としてはあっただろうが、皆からすれば俺はただの二人の劣化版でしかなかっただけだ。


 それが今は一つの個として、何者にも壊されることのない大切な存在として扱われている。例えこのままメイドに手を出したとしても俺は罰せられることはない。日本であったなら強姦罪に処されるだろうけど。


 例えいたとすれば俺よりも強かったであろうシュウはどこにもいない。ココがいないことは少しだけ悲しいが……まぁ、まだ許容出来る範囲内だ。もし俺が負けていようと次会う時までにシュウを越えていればいい。ただそれだけの事だ。


「ひゃっ……」

「くすぐったかったか? 悪いな」

「……構いません。勇者様の思うがままにしてください」


 勇者様って呼ばれ方は少し嫌だが悪い気はしない。出来れば一つの個として扱ってもらいたいが皆からすれば俺は崇拝されるべき勇者だ。嫌ではあっても悪い気はしない。


 メイドの腰に手を回す。

 太くはないんだな。それでいて細すぎるわけでもない。ちょうどいいウエストだ。抱き寄せていて心地良さ以外の何ものも感じさせない。


「ゆっ、勇者様……」

「……少し気がおかしくなっていたみたいだ」


 今、やってしまったことはただの気の迷いだ。昨日ここに来たばっかりで気が動転していた。それで説明がつく。まだ手を出す時ではない。そもそもこの状況下なら目の前のメイドよりもいい人達がたくさんいるはずだ。


 逃げ帰るように俺は部屋を出る。

 皆が起きてくる時間帯だったので誰にも不審がられることなく広間に出られた。本当に申し訳ない。メイドに悪いところなんて一つもないのに。


「皆の中には知っている者もいるだろうが、昨日、勇者であったヒロエシュウとカミヤココが逃亡した。現在、その二人の足取りを追っている」


 ムッノー様が朝食時にそんな話をしてきた。

 俺の中では悪い話なんて隠せばいいと思う節があったから、この展開は予想だにしていない。後で言い訳を繰り返すよりも信頼を得るために行動したのか。……名前からして無能だと思っていた自分が恥ずかしい。


 シュウとココの逃亡は少なからず皆に衝撃を与えた。ココのことは知らない人が多くても絶対的な指導者に位置するシュウが消えたんだ。そうなるのも無理はない。


「……こんな時でもポーカーフェイスなんだな」

「当たり前だ」


 同じサッカー部の友達からそんなことを言われたが嘘だ。昨日、コウタから教えて貰わなければ今のように無表情でいられたとは思わない。そのせいで眠りづらかったのは自分がよく知っているさ。


「静まれ! 確かに混乱するのも無理はない! だが! 今の我らにはまだ最後の勇者がいる! 何を臆する必要があるのだ!」


 勇者の代わりは勇者しかなれない。

 そう代弁するかのように嬉嬉として語るムッノー様には少しイラつきを覚えたけど、仕方が無いのだ。逆にこれで皆がまとまってくれるのなら俺はそれで構わない。一番最悪なのは後ろ盾も、周囲との関係を最悪なものへと変えてしまうこと。


「ーー力を貸してはくれないだろうか!」


 俺を俺と認めているのだ。

 現にムッノー様は俺だけを見て話をしている。俺が勇者だから。何にも代えがたい唯一無二の客寄せパンダだから。


 ああ、今だけは力を貸してもいいだろう。別に全員を守れるだなんて甘えた考えはないが、今を生きていくためには皆の力が必要だ。ムッノー様には悪いがこの王国は俺達の糧となってもらう。俺は俺なりに幸せに暮らすために何かを踏み台にする、ただそれだけを目的とするだけのこと。


 俺はムッノー様の手を取って首を縦に振る。

 こんなに好待遇な環境を捨てることはしてはいけない。食事も日本にいた時よりもワンランク上のものが並んでいるし、何より何をしたとしても俺達は罪にはならない。少しの我慢でいくらでも皆が幸せになる方法はあるんだ。手を取らないわけもない、か。


 俺は勇者だ。誰かを導くわけでもない。ただの俺を俺と認めさせる勇者なのだ。その環境を手に入れられるのなら俺はいくらでも頑張っていこう。


「その代わり一つだけ約束をして欲しいのですが」


 俺は満面の笑みを浮かべるムッノー様に笑みを返し話す。


「俺達を最大限手助けしてください。そうすれば俺は貴方が望む勇者となりましょう」

「……いいだろう」


 シュウ、お前がどんな気持ちでこの国を出たのかは分からない。十中八九、イツキが関係しているのは分かるが確信はないからな。でもお前が捨てた国で俺は名前を売っていく。成り上がってみせる。お前達に奪われ続けた名誉をこの世界で手に入れてみせる。


 小さな決心をして俺は全員のスタンディングオベーションに似た拍手を受けた。分かっているさ、皆だって不安なんだ。誰かに縋りたい気分も分かる。利害の一致で構わないから、今だけは俺に力を貸して欲しい。……もちろん、俺の本音なんて話せるわけもないが……。


 俺は頭を下げて大声で話した。


「俺は皆と共に戦いたい! どうか! 力を貸してはくれないだろうか!」


 その返答はより大きくなった拍手で分かる。

 今の俺は皆に認められているんだ。その重圧と心地良さが胸を締め付けてくる。壊してはいけない。壊せば前に感じていた世界に逆戻りだ。「シュウが良かった」「イツキが良かった」そんな言葉で済ませてはいけない。


「ありがたい。それで話は続くのだが皆にはこの後、戦闘訓練を積んでもらおうと思っている。そのためにパーティを組んでもらうのだが……詳しくは食事の後にこの者から聞いてくれ」


 ムッノー様は一足早く食事を終え出て行った。残されたのは俺達やムッノー様が最後に聞くように言っていた青年だけだ。その青年も目付きが緩やかで金髪の優しそうな見た目が印象的な人で、俺達と年は離れていなさそう。……でも、良い人には見えない。俺の第七感が警鐘を鳴らすくらいにヤバい人だと感じていた。


 全員が食事を終えた頃、青年が前に出て大きくお辞儀をした。その姿はサーカスにいるピエロのようで道化師が鎧を着込んで笑顔を浮かべている。そう評しても間違ってはいないだろう。


「お食事も終えたところで私のお話を聞いてもよろしいでしょうか」


 癪に障る言い方。

 よくよく見ると目が笑っていないのに口元は大きく弧を描いている。これでもこの人を信用出来る人がいるというのなら見てみたいものだ。


「私は剣聖、リュード・マクレインと申します。聖と言う存在をご存知でしょうか。いえ、昨日来た方々に分かるわけもありませんね」


 ケラケラと笑いながら剣聖の説明をしてくる。そこには自慢なんてものはなく、ただ当たり前のように自分が師匠である前剣聖を殺した話も入っていた。剣の全てを教えてくれた師匠を殺した時には悲しかった、と語っているがそんなわけもないよな。目だけはさっきまでとは違って大きく笑っていたのだから。


 聖という存在の継承上仕方がないとは思うが、ここまで大っぴらに説明出来るその心も理解出来ない。俺が思っているよりもこの世界では常識というものは存在しないのかもしれないな。


「ああ、私のことは信用しなくてもいいですよ。私はただ皆様を強くすることだけが目的です。それ以上の考えはございません」


 どこまで本気か分からないが思案していても進めなさそうだな。何より、リュードさんが何を考えていようと俺達に阻む手段なんてない。……軽い威圧感が俺を襲っているがそれだけで俺は座ったまま動けなくなっている。


 皆は気がついていないのかもしれないけど俺には分かる。リュードさんは俺だけに威圧しているんだ。冷や汗が流れる。俺が何かをしたのか。……分からない、分からなさすぎる。


「ふぅん、勇者と言えどこの程度なんですね。ええ、いいでしょう。これからは私が貴方を強くします。どうぞ、よしなに」


 額の冷や汗がドっと引いた。

 一瞬だった。……リュードさんは何をした? 俺はただ俯いていただけだ。その間に俺を見て近付いて、そしてこの威圧感も消えた。まさかとは思うが試していただけなのか? それだけのためにこんなにも苦痛を味わう必要があったのか?


 分からない、分からなさすぎる。

 目の前のリュードさんが人として見れないことが何よりも怖い。固く握られた手が棒のように動かなくなり、そこで気が付く。


 ああ、この人は俺以外を見ていないんだって。

 それが俺と師匠となる剣聖、リュードの初対面だった。俺はこの日を忘れることは出来ないだろう。

剣聖、リュード・マクレインの初登場です。自分で自分を客寄せパンダと語る王国の勇者、リュウヤとどのように関わっていくのか。そこを楽しみにして貰えるととても楽しめると思います。


ちなみにですがこの二人は3章で大きく関わってきます。大体の性格は閑話内で分かると思いますが一応は大きなターニングポイントの役割を担わせる予定です。ただし予定は予定で変わる可能性も(以下略称)

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