3章19話 シリアスは得意じゃないのです
祝三十万文字突破
結構書いているんだなって実感しました
真っ暗い空間。
まるで何もない宇宙に僕達だけが飛ばされた感覚に陥る。でも違う、後ろの扉からは陽の光が差していて、そんな幻想的な世界でないことを知らせてくる。
部屋というべきか、それが構成して作られた空間というべきかは分からないけど、僕達はそこにいた。
辺り一面に黒い空間になっていて地面から一本だけ支柱のような、それでいて先端には小さな花のようなものが咲く何かがあった。そこから僕達が入っている空間と、仮に謎の何かを花としたら、その花が繋がっていて何かを伝えようとしてきているのは分かる。
心霊映像のオーブのように何かを伝えようとしてきているのだろうけど、実際何を伝えたいのかは分からない。ただイフに聞かずともここが何なのかは分かっている。
魔力溜りの根源。
僕でさえも息苦しさを感じるし心が淀んでいく。後ろにいる二人も本当にいるのか分からなくなるほどに心が淀んでいる。集中力も欠けてしまっているしイフ以外の外部からの情報も得られない。……気が狂ってしまいそうだ。
【魔力溜りの解消の仕方はよく分かっていません。文献にも研究結果が書かれているものがありますが詳細は不明と書かれています】
つまりは僕がこれを壊そうとしても出来ないということか。それならこれを作り出した人はどうやって作りだしたのだろう。万能と考えられていたイフでさえ分からないことをやり遂げる人物……本当に分からない。
「主!」
「大丈夫……触れても特に変わらないな」
「……ギド、冷や汗がすごい。早く出ることをオススメする」
冷や汗……出ているのか?
僕自身のことすら僕は気がつけていないのか。なんだ……これはなんなんだろう。
不意に何かを押してしまった感覚が指に伝わる。段々と目の前の咲き誇る花が枯れていく。散るわけではなく頭を垂れて空間と同化している。
儚く散っていく中で小さな種のような真っ黒いものが地面に一個だけ転がっている。黒い空間はそこに引きづられるように、吸収されていくかのように集まっていく。
触れると壊れそうなほどに柔らかい。
まるで生きているみたいだ。赤ん坊のほっぺの様に心地良い感覚に襲われる。でもそんなに良いものでは無い。扱い方によっては小さな国が簡単に落ちるからね。
「……初めて見た。もしかしたら……」
「うん? どうかしたの?」
「……何でもない。今はまだ話せないから」
何かを隠すようにイアは首を振った。
そう言われてしまえば僕も何も言えない。来る者拒まず去るもの追わず、だね。それにたくさんのことを望めばそれだけの対価が必要だし。
ギャルゲーなら好感度が足りないだけだ。
そんな問題なんてイアを見ていればすぐに解決される気がするしね。それよりも僕達がやらなければいけないことは魔力溜りの話と薬草採取だ。他のことを考えている暇はない。
「このことは内緒にして。魔力溜りがなくなったことは内緒にして欲しい」
力なくイアは言った。
内緒にして、それはイアが言えない理由にあるのかもしれない。もしくはこれ自体がイレギュラーだから心配してなのか。……どっちも関係がありそうだね。現にステータスの魔法面に関しては少しだけ強化されているし、空間魔法のレベルも上がっている。
僕が吸収したのか。
そう考えると結構、納得がいくなぁ。
「……分かった。他ならぬイアの頼みだからね」
「……何でも言うことは聞く。やっぱり私にはギドが必要。愛している」
「何でもって……いや、気にしないで」
危ない危ない。
何でも言うことを聞くなんて同人誌でしか見た事がないシチュエーションだったからね。ちょっといけない妄想をしてしまった。……可愛いイアが悪いね。
「ふぁっ……!?」
「それじゃあ、これくらいは許してくれよ」
「……Aランク冒険者に貸しを作ったのに……そんなのでいいの……?」
そんなのとは失敬な。
僕からすれば頭を撫でる行為自体が僕のこころを鎮めてくれる。言わば鎮魂歌なんだよ。それだけ大切なことなんだ。
「……これじゃあ、ただのご褒美」
「良いんだよ。僕が良ければそれでいいだろ。別にイアが苦しむところなんて見たくないしね」
「……女ったらし」
「失敬だね! 変態なだけだ!」
「誇らしく言うことじゃない。……だけど……ありがとう。大好きだよ」
頬に柔らかい感触がした。
それがキスだっていうことには少しして気が付いたけど、何かを言う前にイアは僕の背中に乗っていた。何も言えないままに黒い種を回収した。最後まで空気になっていたアキはなぜか嬉しそうに「やっと手を出してくれるのでは」とか言っていたけど何を言っているんだろうね。童貞にリードさせようだなんて難しすぎるよ。
近場に魔力溜りの影響か、たくさんの薬草と魔力草、そして上位の高薬草と高魔力草があったので採取しておく。これがポーションの上位版である高密度回復ポーションになるのでとてもありがたい。イフいわくエリクサーの原料にもなるらしいのであるにこしたことはないね。
採取を終える頃には良い時間帯になっていた。街に飛んでギルドに報告をすると依頼報酬が上がって一人大金貨一枚に変わった。少しだけ安い気がするけど……お金には困っていないから良しとしよう。
「おっ、三人でイチャついていたのか?」
「……エミに先を越されたから仕返し」
「私だけが残されているのか。……こんなことならナンパをしなければ良かった……」
受け付けに戻ると鉄の処女の二人がいた。
エミさんとリリさんだ。イアが言っていたようにリリさんは今日もナンパをしていたようだ。そんなに綺麗な子がいるのなら僕にも紹介してもらいたいね。ミッチェル達に勝てればの話だけど。
「エミさん、お久しぶりです。あの時は助かりました」
「おう! あんなのは助けに入らねえよ! ギドに暴れられることに比べれば全然、マシだからな!」
「さすがに暴れませんって。……暗殺は考えるかもしれませんけど」
「そういうことを言えるギドが怖ぇよ。あの時に間に入って正解だったな」
最初は痛く感じていたエミさんの背中を叩く行為も今では触られている程度にしか感じない。ちょっと衝撃は感じるけどね。
「ああ、君に暗殺されたい」
「そういうことを言わなければリリさんは麗しい貴婦人に見えるんですけどね」
「嬉しいことを言ってくれる。だが不可能な話だ。美しいものを美しいという行為を止められるものはいない」
うん、変わってているけどこれが平常運転なんだもんね。いろんなイタズラをすればどうなるのか気になるなぁ。イアなら「ふぁっ」って悲鳴をあげるね。
「……仕方ない」
「そういうことにするよ。……って、そうだ。鉄の処女の三人は今からって暇ですか?」
「……どういうこと……ああ、分かった」
「オレ達は暇だけどよ」
「これはデートのお誘いかな。うん、率直な気持ちを述べることはいいことだよ」
……言えない。
僕の家で一緒に食事とかどうですか、なんて言えない。言ったら絶対にそっちの意味で捉えられてしまう。……何かないかな。
「フェンリルとの合同での依頼の話を聞きたかったので僕の家でご飯を食べて行きませんか、って聞こうとしたんですけど。……その調子なら必要なさそうですね。帰るか、アキ」
「ごめん! 冗談だったんだ!」
「本当にそんな話だったなんて思わなくて」
「エミもリリも謝っている。許してやって欲しい」
「……分かりました。それでどうしますか。あまり高級とはいきませんが美味しい食事とお風呂は用意しますけど」
自分から美味しいと言っていいものか。
いや、ミッチェルが作る料理は全部美味しいしそう言っても過言じゃない。というか今の僕っていきなり同僚とかを家に呼ぶ夫みたいな立ち位置だよね。報告もなしにそんなことをするのは最低か。やっぱりやめようかな。
【ミッチェルに連絡したところ任せて欲しいらしいです】
……うん、それなら呼ぼう。
別にミッチェルが良いと言ったら大丈夫だよね。そこら辺は人の本心とか見透かせないので断言は出来ないけど。
「どうしますか?」
「もちろん、行かせてもらおう」
キザったらしく前髪を撫でてリリは笑う。
本当に悪戯心がくすぐられるなぁ。
「それなら早く行こうぜ。ギドが貰った家とか少し気になっていたんだ」
「……私達も買う?」
「いいですね。ギドの家の近くにでも買いますか。都合のいいことに貯金もあることですし」
「そうだな。……って、イアとギド達は?」
「三人ならもう行きましたよ」
冒険者ギルドに大声が響いた。
うん、外の大通りを歩いていた僕達にも聞こえるくらい大きな声だったね。
「おいおい、なんで置いていったんだ?」
「それは私も気になるかな?」
「……恋は早い者勝ち。ノロマは置いていかれて……負け犬になる運命」
すぐに追いついてきた二人だったけど集まって早々に喧嘩腰なんですけど。なんでイアは誇らしげに挑発しているのかな……?
「……それは何も言えねぇな」
「……せめて一泡吹かせてみせよう」
「手伝う」
と思っていたら全然、喧嘩にはならない。
おかしいな……挑発って喧嘩する時にすることじゃないのかな。もしかして発破でもかけていたのかな。
「普段通りにしていれば嫁の貰い手なんてたくさんありますよ」
「……ギド……無意識に酷いことを言っている」
「あれが無自覚ってやつなんだな……」
「……ミッチェル殿が傾倒する理由もなぜだか分かる気がする」
無意識に酷いこと……はて?
もしかして普段通りにってことかな?
「普段通りでも可愛らしいという意味です」
「……少し着眼点が違うが、まぁ、褒め言葉として取っておこう。……可愛らしい」
「これでエミが落ちた」
「……私も可愛らしいのだろうか……?」
「うーん、リリさんは麗しいという言葉の方が似合いますね。エミさんは粗野な所に隠れた優しさがとても愛らしいですし」
「優しさ……愛らしい……」
「麗しい……皆から言われても嬉しくなかったはず、なのに……」
「……鉄の処女全滅……」
イアがいちいち何か言っているけど意味が分からない。三人が僕のことを好きになっているとかかな。いやまぁエミさんとイアは何となく気付いているけどリリさんは違う気がする。だから言うことも抑えたしね。
「……ところでなんでイアは当然のようにギドの背に乗っているのかな?」
「特等席、隣はアキのものだから譲った」
「ここは何としても守り通してみせます」
おうおう、可愛らしいな。
大きな胸を揺さぶらせながら僕の腕に巻きついてくる。うんうん、もっと感じていたい感触が心地よすぎる……。
「オレも……乗りたい……」
「えっ?」
「……いや、オレは何を言っているんだ……」
エミさんのキャラが崩れてきている気がする。あれ? こんなに甘えるようなキャラだったのか?
「……人前じゃないのなら前回みたいなこととこれくらいなら許しますよ」
「本当か! それなら今夜だな!」
泊まる気マンマンですね。
いや、良いけどさ。あんまり寝具とか……あるわ……もしもって言ってセイラから多めに貰っていたわ……。
「それなら私も同行しよう」
訳するのなら「私もされたいから一緒にいさせてもらおう」かな。いや、まさかね。リリさんまでキャラが崩壊するわけがない。断じてない。
「……ここは譲らない」
「僕の家に戻ったらシロの特等席に変わるかもしれないからな。まぁ頑張ってくれ」
シロ対イア。
ちみっ子対決はどちらが勝つのか。
十中八九、ステータス的に言えばシロだろうね。魔法ではイアに圧倒的な軍配があるだろうけど。
祝70話です!
そしてここで生きてくるヒロイン多すぎ問題。
メインはミッチェルですが他のヒロイン達にもスポットライトを浴びせていかなければ……。
後々シリアスな展開はあります。
その時は今回みたいなのほほんとした感じではないと思います。……そう信じています。




