3章13話 頑張る理由なのです
今更ですか皆様のおかげで総合評価が300を超えました。残り200……目指せない数字ではない!
綺麗な外観と真っ白い美しい壁が特徴的な商人ギルド。今回だけは変に目をかけられたくないので一人で行かせてもらった。推薦状を持っている時点でそれは無理だと思うけど、冒険者ギルドのようなナンパ野郎とかは見たくないしね。商人の方が損得勘定で動くから厄介そうだし。……悪い奴だと無理やり奴隷化させる人もいるかもしれないからね。
大切だから待っていてくれ、と言ったら恥ずかしがりながらミッチェルとシロも許してくれた。今度からこうやればいいんだね。サプライズの時も『楽しみが減るよ?』とか言えば待っていてくれそうだし。ムフフな気持ちが増える。
今日の服装は黒スーツだ。
エルドがミッチェルに僕のサイズを聞いて報酬からプレゼントしてきた。僕のためにお金を使うのはやめて欲しいのと、何で僕のサイズをミッチェルが知っているのかが不思議だったけど、一応受け取っておいた。そのうち冒険者間で奢りとかもしないといけないから取っておけばいいのにね。
特注品だったのでかなり動きやすい性能になっているらしい。今はミッチェルが裁縫の技術を得るためにその店でアルバイトするみたい。皆、向上心の塊だね。エルドが『店の主を初めて見た時は驚きました』と言っていたけどどんな人なんだろう。……性別不明の化け物とか? まさかね……。
「いらっしゃいませ。どのようなご要件でしょうか」
美しい女性が受付嬢のようだ。
セストアもかなり礼儀正しかったけど商人ギルドの方がより丁寧だ。仕事柄、腕っ節の冒険者と外聞重視の商人ではどうしないといけないのか変わってくるしね。
「……あの、ご用がないのでしょうか?」
「……すいません、少し考え事をしていました。ジオさんからこちらを見せれば済むと聞いたのです。どうすればよろしいですか?」
「冒険者ギルドカードですね。……それとこの紙はなんでしょうか?」
「ギルドマスターに見せれば通じるかと思います。すみませんが僕はあまり語彙力がないのでこのようにしか言えません」
というか細かく言えばグリフ家のことがバレる。僕の表情を見て表沙汰に出来ないものだと勘繰った受付嬢が「少々お待ちください」と奥に下がって行った。
表情を変えてはいけない。
商人ギルドでは商談も含めてギルドマスターが出ることは少なくない。だからなぜ呼ぶのかは重要な話だし他の商人もおかしな話とは思わないはずだ。
目をかけられるのは嫌だ。
僕がやるのは自由な商売。誰かに指図される商売は面白くないからね。スポンサーとかがついた結果、面白くなくなる番組とかがあるようにやっぱり初期の方がいい時もある。僕のやることを奪われたくないし合同でやるだけ無駄なことだ。何も商売するだけのお金はあるからスポンサーも僕からしたら要らない。
売れるかどうかは分からないよ。
日本の文化が異世界で通用するなんて確実性はない。だからギリギリでいい性能のポーションとかも売るつもりだし、赤字には絶対にさせるつもりもない。僕のバックにいるのは誰だと思っているんだ。イフ様だぞ?
【勝手なことを言いますね】
頼りにしています。
普通に安い武器屋とかを目指す予定だけどね。ただ身内以外に指図されると変な方向に行きかねないというか。……ミッチェルに卑猥な服を着せて売り子をさせるとか言われたらブチ切れそうだし。軽く街を半壊してしまうと思うよ、うん。
シワのない黒スーツを着た肥満気味の男性が奥から出てきた。ガタイはあまり良くなく少しだけ弱そうに見える反面、ある程度の品格はそなえている。
「奥へどうぞ。話を聞きましょう」
「よろしくお願いします」
僕の前で軽く一礼をしてから奥を手で指して合図してくる。肥満気味の男の人は近くにいた受付の男性に「書記の役割を担ってくれないかな」と言って連れてきた。
受付の男性も黒スーツをビシッと着こなし礼儀もそなえている。僕からすればここまで商人は礼儀正しくないといけないのか、と冷や汗をたくさんかいているんだけど。男の人は男の人で違う意味で汗をかいているけど。
通路の奥の部屋へと通される。
冒険者ギルドと変わらないんだね。
中は冒険者よりも綺麗だ。イフの言う通りだったね。ここで商談をすることも多いから綺麗にするのも当然か。
「どうぞ、お座り下さい」
「失礼します」
すごい汗だな。
汗っかきって結構辛いんだよね。日本にいた時は僕も汗っかきだから分かるけど、些細な室温変化でも汗がブワッで吹き出すんだよ。前の男の人はそれとは違うかもしれないけど。
「私は商人ギルドのギルドマスター、チコといいます。書記を担当するのはルークです。どうぞ、お見知り置きを」
「ルークです。今日はよろしくお願いします」
チコって……可愛い名前だな。
人は見た目に寄らないとは言うけど本当にそうだね。……意味は違うと思うけど。
それにしてもルークか。
名前からしてカッコイイ。僕だったらジャックとか付けそうだな。ギドもいいけどジャックとかクロウとかそういうのも良かったな。
「僕はギドといいます。ギルドカードは見たのでしょうか?」
「ええ、しっかりと確認させて頂きました。ああ、どうやってと思うかもしれませんがギルド間で通話が出来る魔法具があるんですよ」
「なるほど……」
少し疑問はあるけど……後回しでいいか。
今言っても不信感を煽るだけだし。
「それで冒険者と商人を両立するつもりなのでしょうか。私としては断然ありがたいのですが、時間があるのかと不思議に思いまして。ジオが目をかけるほどの逸材と聞きましたよ?」
視線には悪意の欠けらも無い。
見抜けないだけかもしれないけどイフからも何も言われないから、本当に純粋な疑問なんだろうね。
「それは言い過ぎですよ。今でさえBランク止まりなのですから」
「……その年でBランクというのがすごいのですけどね。いえ、それならいいのです。冒険者ギルド同様、才能のある人や商人を志す者にはいくらでも手を差し伸べる。それが商人ギルドです」
「そうなんですね。あまりギルドのことには疎くて……廃れた村の生まれなので許して貰えるとありがたいです」
無知であることは最初に話しておく。
嘘で隠せるものは嘘だけだ。嘘に嘘を重ねれば更に嘘で隠さなければいけなくなる。それなら最初に話しておいた方が仲良くやれるからね。
「それはそれは、地方でも才能のある方がいるなんて知りませんでした。だから話を聞かなかったのですね」
「えーと……そうですね。ところでルークさんは座らないのですか?」
「……私は書記ですから」
「……いえ、ルークも座った方がいいですよ。この人は予想よりも鋭いようです」
「なんのことでしょう。商人には気遣いが重要だと聞いただけですよ」
そこは嘘ではない。
何事も気遣いが大事だ。お客様は神様なのだ、なんて古臭い文化は要らないけど必要不可欠なことはする。それだけで店も店員も信用されるようになるからね。僕が考える商売の基本だよ。
「……そうですか。ああ、それでこちらが商人ギルドカードの効果を適応した冒険者ギルドカードです。今のうちにお返ししておきます。それとこちらの紹介状も拝見させて頂きました」
「あまり畏まらなくてもいいですよ。僕自身が偉い訳ではありませんから」
「そんなわけがありません! グリフ家から多大なる援助を受け、自身の力でBランクまで上り詰める! それもここ二週間の話と聞きました! そのような方が偉い、またはこれから偉くならないわけがありません!」
「なるほど……先行投資に近いものですね」
「ええ、商人の基礎は人を見抜く力を持つことです。……もうお気づきなのでしょう?」
ええ……仕草が変だったのかな。
とりあえずは探りでも入れておくか。
「……なんのことでしょう?」
「ギルドマスターの話ですよ」
「……そうですね。そちらの書記職を受けた男性が本当のギルドマスター、ということでしょうか?」
いや、まあ、さ。
僕の魔眼の鑑定で誰がギルドマスターか、とか簡単な嘘なら見抜けるんだよね。それでルークさんを連れてきた時点でギルド内でも身分が高いと思って、その人のステータスを見るのも普通じゃん。マナーを考えれば駄目なことだけど騙されるよりはマシだし。
そうしたらビンゴでルークさんがギルドマスター、チコさんが副ギルドマスターって出たし。……なくても分かったっちゃ分かったけどさ。
「ルークさんに気を使いすぎですよ。顔色を伺うようにチラチラと見ては勘繰るのも普通ではありませんか?」
「……何分、なりたてなものでして」
「あなたはいつも些細な失敗をしますね。今回は相手が悪かったと思うしかありません。隠していて申し訳ありませんでした」
「いえ、役職を隠して相手の才能を見る。それをやることは悪いことではありません。逆にこの短時間で測れたのか、と不安に思っていますけど」
「……そのような対応をされて、見抜かれて才能がないとは言えませんよ。私は商人ギルドのギルドマスター、ルークです。その名においてギドさんをEランク商人として迎え入れます」
「……Eランクですか?」
Eランク商人……って、詳しくないから分かんないや。すごいことなの?
【冒険者ギルドと同じように考えればよろしいかと。最初っから即戦力として数えられていますね。ただギルドの規約上その上には入れられないという考えでしょう】
へー、即戦力かー。
嬉しいようで嬉しくないな。
「商人ギルドの説明を聞かせてもらってもよろしいですか? 確認の意味も込めて聞いておきたいです」
「分かりました。これをどうぞ」
ルークさんが空中に指で何かを書いていく。
もしかしたら異世界特有の言語なのかもしれかいけど、書かれている言葉は日本語の羅列なので読めなくはない。いや、癖もない綺麗な字だから読みやすいか。
大まかな点は冒険者と変わらない。ランクの最低から最高とかね。
ランクは配達や売上で上がるらしいけどランクによっては売上の書類を出す期間が長くなる。最初は一月からSSSランクなら一年に一回出せばいいみたい。Eランクなら一ヶ月と半月の間に一回みたいだ。
税も最初は高めのようだね。
これは福祉の問題なのかな。失敗の補填をギルドが多少請け負ってくれるから必要なものみたい。丁寧にルークさんが空中に説明を書いていた。生活保護とかはないけどしっかり働く人にはギルドの補助があるなんて最高だね。人材派遣とかもやってくれるみたいだけどそれは要らないかな。
自分の店はCランクからだ。
それまでは街の商人ギルドに道具を売って稼がないといけないらしいね。そこでこれが効いてくるわけですな。
「説明はもう大丈夫です。聞いた通りでした」
「良かったです。早速ですが売るものはございますか。今なら私自ら査定しますので無能に値を下げられることもありませんよ」
おおう、結構毒舌……。
その口振りから察するに商人ギルドに売上を詐称する奴がいるよってことか。商人ギルドに直接売っている今なら売上帳とか名簿帳とかは要らないけど、これからは秘書役に誤魔化すことが出来ないようにしよう。
「これです。冒険者ギルドに直接売るのも手でしたがこちらで売る方がランクなども考慮して良いと考えました」
「……かなりの量の体力回復ポーションですね。それに空中から道具を……新しい魔法具か空間魔法……いや、まさか」
あー、そういえば忘れていた。
空間魔法ってかなり稀有なんだよね。アキとか普通に手に入れちゃったけどさ。この街で使えることが分かっているのはグリフ家の人間だけだし。
商人としてはかなり欲しいスキルのはずだし食いつくのも仕方ないか。今度からはしっかりしないとね。何かで誤魔化そう。
「一応、僕の知人に作ってもらったものです。安く仕入れたのと効き目が高いことから高く売れそうだ、と考え最初の商談に持ってきました」
「……六割が並の最高回復値で残りの四割が良の最高回復値ですか。……これならたくさん仕入れても売れないことはない……」
「これでいくらぐらいになるでしょうか。販売価格で買取ってください、とは言いません。これならルークさんはいくらで買い取っていくらで売るのでしょうか。少し相場に疎いところがありまして」
「……ええ、これだけの量があれば高く買取るしかありません。加えて薬師ギルドに喧嘩を売らない程度に少しずつ売りさばくしかありませんね」
顎に手を添えて考えた素振りをする。
実際はもう決まっているんだろうな。商人ギルドが相手だから公正な価格になるとは思うけどドキドキする。いくらで買い取るかなんてその人によって変わるからイフじゃ分からないし。
「並が一本銀貨一枚、良が銀貨三枚ですね」
「うーん、それでいいですよ。もう少し安いかと思っていました」
「いえ、最高回復値である最高品質のポーションであればこのくらいでいいでしょう。売るとすれば並が銀貨三枚、良が銀貨八枚で売れるでしょうからね」
「それならこれを売るのも手ですよね。……作ってもらおうと思えば簡単に作って貰えますし」
「ほどほどで多くで回り過ぎないようにすれば簡単に売れるでしょう。店を持つ時に売るのはいいですが薬師ギルドを敵に回すことになりますので気をつけてください」
それは知っている。
大した品質でもないのに相場よりも大幅に高い値段で打っていたら、そりゃあ、駄目だって。僕だって予備で買った程度だし。今となっては要らないからね。
だからわざと喧嘩を売ろうとか思っていた。
あんなのは商売じゃなくて闇金と似たようなものだしね。買いたいなら他のものを売ってでも買うんだなって。そのせいで借金奴隷、奴隷落ちする人も少なくないみたいだし。
冒険者でもポーションを買う人が少ないのはそれが原因らしい。買う人が少ないから値段も高くなる。悪循環だよね、ギリギリでもいいから安く売る時を作れば平常でも売れるのに。
机上の空論から出る利益を求めるギルドだよ。
「ええ、別に喧嘩を売って買われても勝てる気がしていますから。僕の商売相手は市民もそうですけど、その前に同業者の冒険者達を救いたい気持ちもありますし」
「……その気概、嫌いじゃないですよ」
「やるなら隠れてではなくて本気で潰す覚悟でやります。それで安くするのなら僕の思う壷ですし、安くしないのなら僕の方に客が流れるだけです。どちらにせよ、薬師ギルドには痛い目を見てもらうだけです」
「……グリフ家とジオが好む理由が分かりましたよ。ええ、微力ながら商人ギルドも手を貸しましょう」
「そのためにも早くランクを上げますよ」
ルークさんと握手をする。
見た目によらず大きな手で湿り気もある。ポーカーフェイスを気取っていたけど緊張していたのかもしれない。別に手助けをしてもらいたいわけではないけど、商人ギルドからしたら冒険者ギルドは同業者だ。持ちつ持たれつの会社を助けたいのは当たり前かな。働いたことがないから分からないけど。
だから応援するのかもしれない。
分からないよ? 僕が成功するかなんて?
【良の回復ポーションを持ち込んだ人が何を言うんですか?】
さぁね?
ただ失敗する気はない。
「お願いですけどポーションは出来る限り安く売ってください。そのさじ加減は商人ギルドに任せますけど、本当のお願いです」
「任せてください。冒険者ギルドとの関係はこれからも必要でしょうし、そのようにして拗らせるつもりもありません」
最後のお願いは聞き取られた。
これで充分かな。売るものもないし早く帰ろう。
日本の時とは違って暖かい明るい家が待っているからね。早くランクを上げて働かずとも稼げる毎日を送る。そして快適を求めるために日本の文化でこの街から次第に侵食していってやる。
普段よりも赤い夕日に手を掲げて僕はそう心に決めた。
3章の序盤の日常編がこれで終わりです。
これからイベントに入っていくのですが用事で一月二十一日まで投稿を中断します。先が気になったり面白いと思ったら評価やブックマークをよろしくお願いします。




